回想2
森の中、小さく開けた場所。
リクは目を覚ます。
寝ていたのはせいぜい2~3時間くらいだろうか。
明るさに目を慣らすよう、瞬きしながら周囲を見渡す。
設営したテントとタープ、調理器具や道具が広げられたままのテーブル。
付近は何も変わらないが、視界がハッキリしてくると妙な違和感を覚えた。
周囲が森に囲まれている。
すぐ近くにあった川のせせらぎも、今は遠くに感じられた。
何より他のテントやトイレなどの施設が、どこにも見当たらない。
「おかしいな……」
ひとまず身を預けていたハンモックから降りて、テントや持ち物の確認を始めた。
道具や食材に変化はないのだが、1つだけ小さな喪失感があった。
「スマホがない!?」
全てのポケット、テントの中やリュックは勿論、クーラーボックスの中まで確認したがどこにも無い。
ここがどこなのか見当もつかない状況で、最も重要な物を失ってしまった。
改めてこの開けた場所に覗く空を見つめる。
スマホを探し回っていた内に、日がだんだん傾いてきたようだ。
周囲がキャンプ場ではない以上、今から森に入るのは大きなリスクである。
本来なら駐車場は歩いて数分程度の距離だが、そもそも駐車場があるのかすら不明だ。
リクは頭を切り替える。
元々2泊の予定で準備してきたため、この拠点には道具や食料などが揃っている。
やりくりすれば、数日先まで無補給でも生存に問題は無い。
幸いにもここは鳥のさえずりが聞こえる程度で、獣の気配は感じない。
とは言っても、最優先で火起こしはすべきだろう。
日が落ちればシンプルに暗いし、夜中は獣が活発になる可能性もある。
リクは焚火台に薪を積んで、道具袋から着火剤を取り出した。
せっかくなら化学に頼らず火を起こしたいところだが、あいにくその手の技術は無い。
無理に挑戦して体力を減らすくらいなら、今は状況を整えて夜を迎えるのが賢明だろう。
化学の力に感謝しつつ、リクは手元の着火剤を見つめる。
すると視界に変化が現れた。
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着火剤(ブロックタイプ)
特徴:容易に火が付くが持続しない。
用途:種火として利用。
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え?
空中に青白いウィンドウが浮かんで、そこに情報が表示されたのだ。
内容はまさに着火剤の説明だが、普通は何かを見つめたところでウィンドウなど浮かんでこない。
——まさか、異世界!?
漫画やアニメも見ているので、異世界モノでのお決まりパターンに心当たりはある。
とは言え神隠し的な状況でもあったし、異世界を疑うかどうかは悩んでいたのだ。
「もし、異世界だって言うなら」
ステータス! 的なニュアンスを念じてみる。反応はない。
先ほどは着火剤を見つめたらウィンドウが出現した。
であれば見ることによって発動する類のスキルなのかも知れない。
鏡や水面に姿を映して見ることも考えたが、あいにく付近にそれらはない。
ひとまずリクは、己の内面を見るようなイメージでステータスを念じる。
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『リク・タテイシ』
ヒューマン属 ヒューマン種
STR:D
AGI:D
DEX:B
INT:C
HP:C
MP:E
スキル:神眼Lv.1
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また視界にウィンドウが表示された。
どうやら自身のステータスは、己を見つめるように念じると表示されるらしい。
名前や種族的な表記も気になるが、このステータス一覧はきっとリクのものだろう。
上からSTR(力)、AGI(素早さ)、DEX(器用さ)、CON(体力)、INT(賢さ)、で良いのだろうか。
HPはおそらく耐久力で、気になるのはMPだ。
ゲーム的な世界観ならマジックポイントだろうが、現状は不明だ。
「ってかこう、パッとしないステータスだよな……これ」
どのアルファベットが最低で、どれが最高なのか分からないが、DやEにあまり良い印象は無いだろう。
唯一DEX(器用さ)がそこそこ高そうなのは、料理人として報われる気分だった。
そして何より気になるのは、最下段の『神眼Lv.1』
こんなウィンドウが出ること自体も異常なわけだが、この神眼スキルは謎に拍車をかける。
日本で普通に生きてきたリクにとって、明らかに異常な能力だった。
こうなるといろんな事が気になってしまう。
リクは周囲の物を気の向くままに注視してみた。
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『調理用ナイフ』
特徴:ステンレス素材で錆びにくい。
用途:主に調理用。
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『真空断熱マグカップ』
特徴:注いだ液体の温度が外に漏れにくい。
用途:飲料容器。
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持ち込んだ物の詳細は把握しているわけだが、神眼の情報と照らし合わせるのには意味がある。
少なくともここまで見た情報に嘘はなかったので、それなりに信用して良さそうだ。
となればこの世界特有の物も、見れば特徴が分かるかも知れない。
リクは生物学やサバイバルに詳しいわけではないので、この能力が想像通りならとても助かる。
とは言え暗くなってきた今となっては、火起こしに集中すべきだろう。
リクは焚火台に薪を載せ、投入した着火剤に火をつける。
火力が安定するまでの間、夕飯の食材や調味料などを揃え始めた。
こんな状況だが腹は減るし、こんな状況だからこそ食べられる時に食べた方が良い。
テーブルに並べた食材たちの中には、ひと際の高級感と異彩を放つ食材が存在した。
無論リクは頭で理解しているが、そんなもの注目せずにはいられない。
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『牛肉』
特徴:肥育された個体のサーロイン。
用途:食用。
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最高の夜を迎えるため、奮発して買ったのだ!
サシと鮮やかな赤身のコントラストが美しい。
これを見れば誰もが期待感に胸を膨らませるだろう。
異世界初日から飛ばしているかも知れないが、これには理由があった。
氷を入手する方法がない以上、生鮮食材は早めに消費した方が良い。
傷んで食べられないくらいなら、美味しい内に食べてしまう方が潔いと言うもの。
目の前の食材に感謝して、美味しくいただいてしまおうと言うわけだ。
いざ調理開始!
まず取り出したステーキ肉に、脂肪のスジへと切れ込みを入れていく。
冷やしていた肉が常温に戻るまでの間、塩コショウで下味を付けて少し待つ。
狙った焼き加減にするためには、この待ち時間が大事なのだ。
その間に炭火の様子を見ながら、マシュマロを焼いたりして暇潰し。
時が満ちたら網を載せて、常温に戻ったステーキ肉を投下する!
少しずつ肉の焼ける音がこだまし、辺りに香しい匂いが立ち込めた。
ここからは火の入り具合を見極める。
店では炭火調理も多く経験したが、ステーキ肉を焼くことは滅多にない。
それでも多くの肉を焼いて来た経験値で、タイミングを見極めるのだ。
「これくらい、か!」
ここぞで肉を引き揚げ、ホイルに包んで休ませる。
待つこと数分。
満を持してホイルを開けて、香ばしい匂いを放つステーキをまな板の上に置いた。
淀みない手つきでひと口サイズにカットしていく。
断面の中心には赤くみずみずしい層が残っていた。
焼き具合は完璧だ!
下味は付いているので、仕上げにBBQスパイスをサッと振りかける。
様々な香辛料の入り混じった香りが、リクの鼻孔をくすぐった。
シンプルな手順、シンプルな味付け、これでいい。
『和牛の炭焼きステーキ』の完成だ!
本来なら他の食材も添えたいところだが、リクはもう待ちきれなかった。
細かい事はこの肉を食べてから考えれば良い。
「いただきます!」
——ぱくり。
「んんんんん!! うまああああ!!!」
思わずリクの顔は綻ぶ。
この瞬間だけは、今が異常事態であることを忘れさせてくれた。
口の中には旨味と甘さがじんわりと広がり、スパイスの風味がそれを一層際立たせる。
上質な脂と複雑な香りのハーモニーに、脳内は染め上げられてしまったのだ。
余韻と共にリクは空を見上げた。
太陽は地平の向こうへと落ちており、トワイライトの薄暗さが辺りを包んでいる。
今だけはこの幸せを純粋に味わいたかった。
もう一度肉に視線を戻し、残りの美味を堪能する。
肉を口に運ぶ度、感嘆がこぼれた。
——ありがとう和牛。
こうして幸せな食事を終えたリクは、淡々と就寝の準備を進めていた。
火を保ちながらテントに寝床を整えて、最低限の荷物はいつでも持ち出せるようにまとめて置く。
他にも調理で散らかしたものを整理したり、合間にお茶を淹れてブレイクしたり。
周囲が気になりつつも、幸い夜は穏やかにふけていった。
ひと通りやる事は済んだので、リクはテントに入って横になる。
この時のリクは、周囲に獣がいない理由を分かっていなかった。




