回想1
お客で賑わう居酒屋の厨房。
「お待ちどうさん!」
リクは出来上がった皿をバイトの男子学生に渡す。
その皿では熱々の唐揚げが、刻みキャベツの横にどっしりと鎮座していた。
くし切りレモンやマヨネーズも添えられていて、この店の王道メニューである。
「リクさんあざっす! あと3番テーブルがほぼ食べちゃって次の料理待ちすね」
「ありがと! 先に5番の注文控えてるから、なるはやでそっちもやるわ」
リクは彼の1つ年上で21歳なのだが、厨房内では店長の右腕と称されていた。
元々高校時代からバイトをしていて、卒業後はそのまま居ついたのである。
この店はかき入れ時になると、ちょっとした戦場だ。
一等地と言うほどでもないが、手頃な値段に美味しい料理、店長の人柄もあって繁盛している。
そんな店長の弟子とも言えるリクは、この店では頼りにされる存在だった。
それもあって出勤日数は多いし帰りも遅くなりがちだが、リク自身はそれなりにやりがいを感じている。
今日もそんな慌ただしい時間が過ぎ去って、閉店後の締め作業もひと段落した。
「お疲れさん! 今日も忙しかったなぁ~」
この無精ひげがちらほら目立つ40代ほどの男、この居酒屋の店長だ。
他のスタッフが帰った中で最後まで残ったリクに、ジョッキのハイボールを持ってきてくれる。
店長の存在は上司と言うより、仲の良い親戚のおじさんみたいな関係だ。
特にリクが社員になってからは、店のことなどをゆっくり話す機会も多くなった。
「店長あざっす。じゃ遠慮なく——」
「「乾杯!!」」
2人でジョッキを打ちつけて、キンキンに冷えたハイボールを喉に流し込む。
「っかぁ~~~~!!!!」
「くぅぅ~~~~!!!!」
前者は店長、後者はリク。
2人が会話を始める時は、いつもこんな感じだ。
「そういやリクよぉ、お前もここに来てから結構経つよなぁ」
「高校の時からだし、もう5年くらいすかね」
「もうそんな経つか。ってなると店を開いたのがお前の来た日より7年前くらいだから......設備もガタが来るわなぁ」
そうして店長はしみじみとしながら、2人になって静かにな店内をじっくり見渡す。
オススメ品が書かれた黄ばんだ紙、昔から飾られている芸人のサイン、天板がヘタって趣きの出て来たテーブル。
厨房メインのリクからしても、昔からの設備は機嫌を悪くして困らされることがある。
「だからな、今度設備を入れ替えようと思ってんだ。喜べ! 1週間の長期休暇だぞ!」
「いや良い感じにキメてるっすけど、普通に出勤日数ブラックですからね? ほんとバイトのみんなが止めてくれなかったら何度辞めようかと......しくしく」
「おい大根役......いや、これに関しては真面目に俺が悪ぃな」
その通りではある。
しかしリクにとっては、それでも辞めない理由こそがこの店長の存在だった。
リクが若くしてお客さんを笑顔にできる腕前を持っているのは、店長の教えと日々の忙しさに鍛えられた結果でもある。
「まぁそんなわけで、来月のこの週は丸々休みにするから、ゆっくり羽を伸ばして来てくれや」
「了解です。もう楽し過ぎて店戻れなくなるかもしんないっすね!」
「おいおい、俺ぁお前が帰って来なかったら泣いちまうぞ?」
「んなわけないじゃないすか!」
そんなやりとりをして、ひとしきり笑いながら2人はハイボールを飲み干した。
思えば、リクにはやりたいことがたくさんある。
仕事に忙しくしていたので、まとまった休みを取ることはほとんどなかった。
もちろん過労死ラインほど漆黒だったわけでもないが、どうしても準備や移動時間のことを思うと腰が重くなっていたのは否めない。
そんなリクは、帰宅後にアウトドア動画を漁るのが好きだった。
主に見るのは、キャンプ、釣り、登山、自転車旅やウィンタースポーツ等々。
いつか時間が出来たらまだ見ぬ場所に遠出して、そこの景色を一杯に浴びながら、様々なアクティビティを体感してみたかった。
つまり、この休暇はチャンスなのだ!
その日がやってくるまで、キャンプ道具や釣り道具、持ち運びやすい調理器具などを揃えていく。
他にも現地で手に入りそうな食材からメニューを想像してみたり、キャンプ場近くの川で魚が釣れたらなんて妄想を膨らませてみたり、日々の仕事をこなしながらも心は充実していた。
旅やアウトドアと言うものは、行った先のことを想像して準備している時間が一番楽しいまであるのだ。
そうして迎えた連休初日、リクは軽自動車に用意した品々を詰め込み、夢の地であるキャンプ場へと出発した。
---
道幅の狭い山道を抜けて、リクは目的地のキャンプ場に到着した。
森の中に開けた場所が整地されていて、既に先客がテントやタープを設置しているのが見える。
平日だからか混み具合はまばらで、静かな環境を求めてここに来たから狙い通りだ。
そんな数少ない利用客は、自然とお互いに距離を開けており、リクも少し離れた木陰の静かな場所に陣取った。
このキャンプ場にはすぐ近くを川が流れており、そこでの釣りや水遊びも自由である。
家族連れみたいな一行は見当たらないので、釣りをする場所に気を使う必要は無いだろう。
設備と言えば洗い場やトイレなどの設置はあるが、BBQセットなどの用意はされていない。
全ての準備を自前で済ませて来たリクにとっては、必要充分な環境である。
ひとまず平たい場所にテントを設置して、タープも広げた。
ちょうど良い太さの木もあったので、ずっと寝てみたかったハンモックも設置する。
この森の空気と音に身を委ねて過ごせば、とても開放的な心地になれそうだ。
だがこれで揺られて休むにはまだ早い。
時刻はもうすぐランチタイムだ。
さっそくリクは、食材や道具をバッグの中から取り出していく。
食パン、家で仕込んだ刻み玉ねぎとツナマヨのペースト、スライスチーズ。
それらを挟み込んでこんがり焼き上げるためのホットサンドメーカー。
更に今回は時短料理なので、台が付いているアウトドア用のガスバーナーで加熱する。
まずは食パンにバターを塗って、スライスチーズを載せた。
そこに玉ねぎとツナマヨのペーストを塗って、もう一枚のパンで挟む。
それらをホットサンドメーカーにしっかりと挟み込んで、ガスバーナーの火にかけた。
しばらくすると、パンの焼ける香ばしい匂いが漂って来る。
表面がカリカリになった頃合いで取り出して、狐色に染まったサンドを斜めにカットした。
断面からとろりとチーズが溶けだし、具材のツナマヨ玉ねぎは食べ応えと満足感を期待させる。
手の込んだ料理ではないが、この気軽さは森の空気と共に味わうには充分だった。
ツナマヨチーズのホットサンド、完成!
無論、このサンドにはコーヒーが欠かせない。
パック詰めのドリップだが、こちらも奮発した良いやつなので香りが心地いい。
「いただきます!」
リクはいつものように食材への感謝を口にする。
そしてサクサクに焼かれたホットサンドをがぶり。
パン生地はさくさくふわふわ。チーズのとろみと塩味、そしてツナマヨの油とコショウの刺激がやって来て、玉ねぎのシャキシャキ感がみずみずしい。
「ん~~~!」
えもいわれぬ満足感がそこにはあった。
キャンプ場とは言え、森に囲まれて川のせせらぎが聞こえる大自然の中なのだ。
焼きたてホットサンドを頬張り、香り高いコーヒーを流し込めば、自然と一体になる感覚が胃袋まで染みわたる。
気持ちゆっくりと頬張ったつもりだが、ホットサンドが消えてしまうのはあっという間だった。
今日のところは午後をゆっくり過ごすつもりだったので、片付けを終えたら一休みしよう。
せっかくハンモックがあるのだから、腹を満たしたまどろみに身を任せてみるのも悪くない。
リクは転がり落ちないよう慎重に乗っかって、ハンモックの曲線に身体を預けてみる。
春の陽気と吹き抜ける風も心地いい。
仰向けになった視線の先には、木々の隙間から覗く青空が澄んでいた。
不規則な鳥のさえずりも、なんだかリズミカルに感じて来て......リクはうとうととし始める。
視界はリラックスしたまま暗転。
途中ハンモックの曲線に包まれている感覚とは、別の浮遊感に包まれたような気がした。
初めての感覚だが、非日常な寝床がそんな気分にさせてくるのかも知れない。
——眼が、暖かい。
木漏れ日がちょうどまぶたに当たって、じんわりと暖めているのだろうか。
眩しいわけでも痛いわけでもない。わざわざ目を開けて確認するのも億劫に感じた。
夕飯の用意を始めるにはまだ時間の余裕がある。急ぐ必要はどこにもない。
リクはふと思った。
川のせせらぎが少しばかり遠のいたような。
鳥のさえずりが寝る前と変わったような。
風が運ぶ森の匂いが、先ほどまでとは違うような。
1つ1つは大きな違和感ではない。
しかしいくつも重なれば、少しばかり落ち着かない。
浮かんだ疑問の答えを得るために、リクはゆっくりと目を開けて身体を起こした。




