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異世界アウトドア紀行 ~食べて作って、愉快な仲間と気ままな冒険~  作者: 深嶋ねむり
第1章 -出会って、食べて、狩りをして-

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プロローグ

 川のせせらぎが聞こえる森の中。


 ——すん、すん。


 薄紫の銀髪を揺らす小柄な美少女から、リクは匂いを嗅がれていた。


 鎖に繋がれているわけでもないのに、身動きが全く取れない。

 動こうとすれば周囲が軋んだ音を立てて、よく見ると強靭な糸に絡めとられている。



 リクこと『建石 陸』は、ソロキャンプをしていたら異世界の森に飛ばされていた。


 今日は転移した日から数えて3日目。

 朝に釣った川魚を下処理してからテーブルに置き、使える野草が無いか周囲を軽く探していた。

 

 必要な分だけ摘んでから拠点へと戻ると、この少女がテーブルの魚を見つめていたのだ。


 今まで人間どころか獣すら見かけなかったので、声をかけようと迂闊に近寄ったのが失敗だった。

 一瞬の違和感が走って、身体は強靭な糸で絡めとられてしまったのである。


 その後はゆっくりと近付いてきた少女に、なぜか匂いを嗅がれている。



「え、えっと! ……食べても、美味しくないです」

 自分でも笑ってしまえそうなほど、上擦ったトーンで少女に訴えかける。

 思いが通じたのか、少女はアメジストの瞳で一瞥して、特に返答もなく嗅ぎ続けるのをやめた。


 リクが震えているのは、何も拘束されているだけが理由ではない。

 ここが異世界だと確信した理由の1つとして、リクの眼には特殊なスキルが宿っている。


 『神眼Lv.1』

 

 注視した対象の名前、種別、特徴などが、浮き上がったウィンドウに表示されるスキルだ。

 これのおかげでこの3日間わりと快適に過ごせてきたのだが、こんな極限のピンチを脱する力はない。

 

 その神眼で彼女を見た内容がこうだ。


 ---------------------------------------------

 『ヴェルグラフィーネ・アラクネ=ロード』

 アリアドネ属 アラクネ種 ロード

 ステータス:解析不能

 スキル:解析不能

 危険度:SSS

 ---------------------------------------------


 終わったかも……


 おそらく一番上が、見た目だけなら10代後半くらいな少女の名前だ。

 アリアドネやアラクネはよく分からないが、記憶では蜘蛛っぽいモンスターに使われるワードだった気がする。

 ステータスやスキルについては『神眼』のレベルが足りないのだろうか?

 

 何より恐ろしいのは、最下段の——危険度:SSS


 ステータスのランク構成は分からないが、明らかにトップクラスの危険度だろう。

 今はこの少女の気分次第で、生きるか死ぬかが決まるのだ。


 そんな恐怖に震えるリクの気持ちはいざ知らず、少女は小さくつぶやいた。


「おなか、へった」

「そそそれならえっと! ……俺が料理するから! 魚、食べな……いや、食べませんか?」

 リクは必死の形相で訴えかける。

 ここで喰われて終わるくらいなら、出来ることは何だってするのだ。


 無機質な表情の少女は、少しだけ首を傾げた後にこくりと頷いた。


「おいしくなるなら、食べたい」

 ほんの少しだけ。その少女のアメジストの瞳が、期待の色を滲ませた気がした。



 リクを拘束していた糸がするりと解かれる。

 

 改めて見るとその太さはたこ糸ほどで、強靭かつ羽のように軽かった。

 本来この太さなら近付く前に見えるはずな気もするが……?

 

 下手に疑問を投げかけて藪蛇も怖いので、リクは一旦飲み込むことにした。

 

「じ……じゃぁ、とりあえず一品作るから! ちょっと待ってて欲しい」

「うん、いいよ」

 彼女はそう答えて、近くの岩にちょこんと腰掛けた。


 リクの行動を興味本位で見ている感じはあるが、逃げ出す事への警戒心は全くない。

 大人しく待っていただけるなら、出来る事をこなすしかない。


 元々お昼の食材は決まっていたので、改めて現状を整理する。


 サラダ油は充分な量があるし、この川魚(フットヒルパーチと言うらしい)と、森で摘んできた香草もある。

 塩コショウをベースに味付けするだけでも、ちゃんと美味しくなるはずだ。

 文字通り命運を分ける一品となるので、ここで出来る最大減に丁寧な仕事をしよう。

 

 いざ調理開始だ!


 下処理済みのフットヒルパーチを切り身にして、塩コショウを振りかけてから一旦置く。

 スキレットにサラダ油を引いて、細葉の香草(ティーモ)を投入して香りを立たせた。


 温度も香りも高まってきたところで、切り身を皮目からスキレットに乗せる。

 油がパチパチと音を立てながら、皮がパリパリになるまでしっかり火を通すのだ。

 その後、もう一方の面に香り付けした油を身にかけたりしながら、優しく熱を入れていく。


「これくらい、かな」

 経験と勘を頼りにして、火の通った切り身をスキレットから皿に引き揚げる。

  

 ここからは仕上げだ。

 

 柑橘の香りがする香草(シトラリーフ)を手に載せ、パンッ! と音を立てて潰す。

 その音に少女は首をかしげて見ていたが、その視線に殺気は無い。

 その叩いたシトラリーフを細かく刻んでいけば、レモンのように爽やかな香りがふんわりと広がった。

 

 皿の上で待つ切り身にシトラリーフを振りかけて、油の香り付けに使ったティーモも彩りに添えて完成だ。


「お待ちどうさん!」

 リクは待ちわびていた少女の前に、『フットヒルパーチの爽やかポワレ』を元気よく差し出した。

 この勢いは職場で、ホールスタッフに料理を渡していた際のクセである。


 あっ……と気付いた時には、冷や汗が苦笑いの頬を伝っていた。

 勢いよく喋りかけて、刺激したらまずいだろうか?


 なんて不安は、彼女の表情を見れば杞憂だった。

 神眼の情報に引っ張られていたが、目の前の少女ヴェルグラフィーネは、リクの差し出した料理に目を輝かせている。


 ——すん、すん!


 その香りも鼻腔いっぱいに感じようとしている。

 彼女はきっと魔物的なのだろうが、目の前の料理に期待を膨らませる表情は、人と何ら変わりなかった。


「食べて良いの?」

「もちろん! 熱いからこれでほぐしながらどうぞ」

 少しホッとしながら少女にフォークを渡す。

 

 ついでにリクも、気持ち大雑把に盛り付けた皿をテーブルに置いて座った。

 『神眼』で食用だと分かるとは言え、初めて口にする食材には緊張感も入り混じる。


 ふと、少女の視線を感じた。


 渡されたフォークと、皿に盛られた切り身、そしてリクの様子にくるくると視線を移していた。

 どのように食べるのか、観察しているのかも知れない。


「えっと……じゃぁ、いただきます」

「いた、きます」


 リクのいただきますに合わせて、少女も真似して小さく呟く。

 先ほどまでリクが感じていた恐怖心は、いつの間にかどこかへ飛んでいた。


 リクはまだ熱々な白身にフォークをうずめて、パリパリの皮にはちょっとだけ力を込めて割る。

 ほぐした身から湯気が立ち上がれば、香草の爽やかな香りがふわりと漂って清々しい。


 一口、放り込む。


 その白身はとてもたんぱくで不快な臭みなく、食感も心地いい。

 パリパリな皮とふわふわな身の境目に、ほんのりと脂が感じられるのもグッドだ。

 初めて口にした異世界魚だが、日本の店でも十分通用するほどの味だった。


 対して彼女の様子は、見よう見まねのぎこちない手つきでようやくひと口を味わう。


 ——目を見開いていた。


「おい、しい!」

 そこからフォークを入れて、ぱくり。

 少し噛んで、飲み込んで、またフォークを入れて、ぱくり。

 飲み込んで、ぱくり。


 美味しそうに食べる彼女を眺めていると、あっという間に皿の上を平らげてしまった。


 とても満足そうに緩んだ顔。

 どうやら命の危機は去ったようである。

 

 きっと無機質だったその表情と、ステータスのあまりな異様さに印象を引っ張られていた。

 美味しそうに食べる彼女の表情は、とても可愛かった。

 

 ---

 

 食べ終わって一息ついたところで、改めて少女と向き合う。


「ちょっとだけ、聞いても良い?」

「うん」

 最初に遭遇した頃の無機質な表情に戻っているが、今は少しだけ柔らかいような気もした。


「名前とか聞いても良い? ちなみに俺はリク。タテイシ、リク」

「ヴェル、グ、ラフィーネ。あとは長くてめんどくさい」


 『神眼』で見ていたが、やはり一番上の表記は名前で合っていたらしい。


「言いにくくて、好きじゃない」

 親が名付けたのか分からないが、彼女は自身のお名前にご不満らしい。


「それならさ、後ろの方を取ってラフィーネは、どう?」

「ら、ふぃーね……ラフィーネ。良いかも」

 ご納得の様子である。

 その響きを確認するように、小さく何度か呟いて、彼女はアメジストの視線をリクに向ける。


「さっきの、料理? こういうのまた食べたい!」

「うん、また作るよ!」

 リクは思わず即答してしまう。

 

 美少女だからとか、味方になったら心強そうとかではない。

 作った料理を喜んでくれる相手と、一緒に食卓を囲めることが純粋に嬉しかった。

 


 リクは元々、居酒屋の厨房で働く料理人である。

 昔から料理が好きで、いろんな調理法は趣味で身に付けたものもあった。

 厨房では店長の愛弟子のように扱われて、充実するも忙しい日々に終われていた。

 

 そんなリクがなぜ命の危機を感じたり、危険度SSSの美少女と食卓を囲んでいるのか。

 

 きっかけと、ここ3日間の事を思い返す。







お読みいただきありがとうございます!


このプロローグとリクの回想パートは、同時公開しています。

明日からは1章の終了まで、毎日更新の予定です。


もしお口に合いましたら、ブックマークや反応などいただけると幸いです!

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