第24話
宿の裏庭。
焙煎器とコフィーミルの完成は数日かかりそうなので、リクはお菓子作りの前にやりたいことがあった。
「と言うわけで、俺らは椅子を作ろう!」
ラフィーネはリクが何を言い出したのか分からない。と言った具合にキョトンとしている。
「俺がやりたいのはチェアリングって言って、外でゆっくり座って食べたり飲んだり、ボーッとしたりするんだよ」
「うん、それで?」
「だから座り心地の良い椅子が必要ってこと!」
一応意図は伝わっているらしい。座ることに拘る意味は分かり兼ねていたようだが。
——チェアリング。
屋外で座るだけの最も手軽なアウトドアであり、コーヒーを嗜む時間とはすこぶる相性がいい。
火を起こせばBBQ、飲食物を持ち込めばピクニックと境界が曖昧になるが、とにかく座ってリラックスする時間を楽しめばチェアリングになるのだ。
今回はイチから工作すると出来る範囲を越えてしまうので、既に3人分の座椅子を用意した。
リクの分は元々持っていた折り畳みのキャンプチェア。カイルとラフィーネの分は、中古品を扱う店から布張りの座椅子を買ってある。
「まずは全部取っ払ってと」
リクは呟きながら、座面と背もたれの布を容赦なく切り裂いていく。
キャンプチェアについては少し抵抗もあったが、中古品の座椅子については傷や汚れも目立っていたので気が軽い。
思えばこの世界に来てから魔物にまで刃を入れるようになったので、ナイフの扱いが慣れてきたものである。
「じゃあラフィーネ。今切った布の部分に糸を網目にして張って欲しい!」
「なるほど。はんもっく、みたいな感じだね」
「そうそう! あの時よりは少しだけ硬めだと座りやすくていいかな。柔らかすぎると沈み込んで寝ちゃうから」
「わかった」
そう言ってラフィーネは、いつものように手をかざす。
未だにラフィーネの糸を扱う能力については、よく分からないところが多い。
発動前には何も見えないのに、少し手を動かしたかと思えば、離れた場所でも糸が出現している。
その上、太さや柔軟性に至るまで思いのままだ。出会ってからお世話になりっぱなしである。
そんな事に思いを馳せていると、椅子にはほのかな光沢を放つ純白の糸が、メッシュ状に張られていた。
特に見た目の要望は出していないのだが、網目の細かさや均一さにおいて、もはや知らなければ蜘蛛の糸とは思えない出来栄えである。
「できた。どう?」
「うん、本当にすごい! 見るからに座り心地の良い椅子だってわかる」
「ふふん、ほうしゅうは期待してる」
「任せてくれって。これに座って甘い物とコフィーを味わえば、最高のチェアリングになるさ! とりあえず座ってみよう」
リクはそう言って、糸のメッシュで張り直されたキャンプチェアに腰を下ろした。
——世界に、包まれる。
五感全てが沸き立ち、何もかもを感じられるような気がした。
それでいて、余計なノイズは意識の水面にはらりと溶けていく。
ここに生きて、ここに在って、己は森羅万象の一部であることを理解するのだ。
この解放された肉体と精神で、コフィーの香しさを受け止めたらどうなるだろう?
そうだ。コフィー……みんなで座って、甘い物と一緒に楽しむ、ため……
「なぁああッ!!!?」
リクは己の存在を確かめるように叫んで、トランス状態から戻ってくることが出来た。
危険だ。この椅子は何の気なしに腰を下ろしてはいけない。
分かっていれば解脱へ飲み込まれることは無く、極上の座り心地を持った座椅子である。
カイルには座る前に警告してあげよう。
「リク、また遠いところにいってたね」
「哀れな目で見るなって。こんな座り心地良いと思わなかったんだよ」
「そっか。いいものが出来て、うれしい?」
「それはもう! ありがとな、ラフィーネ」
「どういたしまして」
ラフィーネは珍しくそのアメジストの目を細めて、真っ直ぐとリクを見て笑う。
最近はどんどんと表情が豊かになる彼女だが、今日の表情はまたこれまでと違う柔らかさがあった。
2人揃って、ただ椅子に座り込む。
後から伸びをしつつ腰を下ろしたラフィーネも、かなりリラックス出来ている様子だ。
今いる宿の裏庭は、隣の店舗や家屋の敷地を隔てた柵で囲まれており、お世辞にも良い景色とは言えない。
しかし女将さんが趣味で植えた鉢植えの花、風に揺れる雑草ですら、季節や情緒を感じさせてくれる。
これはもっと開けた場所でやれば、さらに気分が良いことだろう。
椅子の準備はバッチリだ!
次は無駄に期待値を上げてしまった、お菓子作りに取り組もう。




