第22話
駆けだしたリクがたどり着いた先には、かぐわしい芳香を漂わせて漆黒を湛えた飲み物を売る屋台があった。
「なるほど、リクはコフィーが飲みたかったのか」
「コフィーって言うのか。そう、ずっと探してたんだ!」
リクの顔がほころぶ。この世界では『コフィー』と言うらしい。
転移に持ち込めたドリップパックのコーヒーは、ローヴェンに着く前にはもう切らしていた。
元々コーヒーを飲むのは好きだったし、この世界に来てから外で飲む気持ち良さにも目覚めていた。
改めて屋台のコーヒーを見ると、見慣れないやり方で提供している。
柄が付いた金属の容器に豆の粉と水を入れて、熱した砂の中で沸騰させてから上澄みをカップに注いでいる。
記憶が正しければ、トルココーヒーと言われる淹れ方のはずだ。
先ほどのドネルケバブ的な『デュナーサンド』と言い、カレントの食文化は少し中東チックなところがあるらしい。
「飲むかい? お客さん」
褐色肌の青年がこちらに問いかけてくる。
「いただきます! カイルとラフィーネはどうする?」
「久しぶりに飲むなぁ。俺も1杯!」
「これ、どんな味?」
カイルはこれも飲んだことがあるようで即答だったが、ラフィーネは少し考えている様子だった。
香りからして、出会ってからこれまで口にしてきたものとは異質である。思えばリクが森でコーヒーを飲んでいた時も、彼女は飲みたそうにしていなかった。
「熱くて苦い感じかな。この香りと独特な味が好きなんだ」
「リクが好きな味なら、飲んでみる」
「じゃあ店主さん、コフィーを3杯お願いします!」
「はいさ、ちょっと待ってな」
そう言って店主の青年は、極細に挽いて粉上になった豆、砂糖、水を入れる。
それを熱した砂の中に埋めていき、ふつふつと泡が立ってくるまで煮立たせた。
何度か加熱を繰り返したところで、用意していたカップにゆっくりと優しく注いでいく。
『リベルタ式コフィー』の完成だ!
「ほら、兄さんらとお嬢さん。熱いから気を付けて飲んでな」
青年は出来上がったコフィーのマグを渡して、リクからお代を受け取ると柔らかく微笑んだ。
「ども。めっちゃ良い香りですね」
「そうだろう? 南部の高地で丁寧に栽培された品種だ。きっと気に入ると思う」
手元にはそんなまだ見ぬ高原と、南の大地を感じさせる漆黒の液体。
香りで鼻腔を満たせば、その光景と繋がれるのだ。これはメンタリティの話である。
——すすっ。
ゆっくり口を付けて、含む。
爽やかかつ酸を感じる芳醇な果実味と、炭火で焙煎された香ばしさに脳が包まれる。
カフェインだ。久しぶりにこの身へカフェインが入って来たのだ!
この街に来て本当に良かったと。改めて感じさせてくれる一杯だった。
カイルの方も飲み方は心得ているようで、珍しく瞼を閉じながらゆっくりと堪能している。
ラフィーネの方は……?
「む……すんっ、するる。ちょとにがい」
素直な感想だった。
「苦手だった?」
とリクが訪ねる。
「ううん。初めての味で少しおどろいた。匂いは好きかも」
「そういやラフィーネはエールもいける口だったもんな? コフィーもいけそうだと思ってたぜ?」
「……!」
リクは少しだけ、カイルに無言の圧を与える。
鹿肉の宴の後、宿での出来事を知らないカイルは首を傾げていたが、リクはそれ以上追及するのをやめた。
「店主さん。豆を売ってくれたりしますか?」
「あぁ、良いとも。焙煎した豆もあるのだが、様子を見るにカレントの住人じゃないだろう? 焙煎に心得があれば、生豆で渡そうか?」
これはかなり嬉しい申し出だ。
コーヒー豆、ここではコフィーだが。とにかく豆は熱を通してない生豆の方が、風味を保って長持ちする。
せっかくなら焙煎から始めてみるのも楽しいのでは? と、ワクワクしていたのだ。
「じゃあ、生豆でひと袋お願いします!」
「まいどあり。焙煎では、火の入れ過ぎに注意してね」
褐色の青年はまた柔らかく微笑んで、豆の入った麻袋を渡してくれた。
「では、また」
「はい! ごちそうさまでした!」
3人それぞれにお礼を言いながら青年にマグを返し、リクは上機嫌で豆の袋を抱えて店を離れた。
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その後は食材や調味料、カイルが製作に使いたい素材、ローヴェンでは見かけない品々を気の向くままに買い込んだ。
「ふぃ~、大分充実したな! リク、ラフィーネ」
「だな! 帰ってからが楽しみだよ」
「とても、良かった」
街の中で少し高台になっている場所のフェンスに寄りかかって、3人は夕日を見つめている。
こうして見下ろすと、やはりいつものローヴェンじゃない場所に来ているのだと改めて実感できた。
「そういやカイルに頼みたい事があるんだよ」
「どした?」
フェンスに背中を預けて身体を反っていたカイルが、リクを向く。
「このコフィーを美味しく飲むためにさ、焙煎器とコフィーミル(粉砕機)、作ろうぜ!」
「おもしろそうじゃん! 金属の道具になるだろうから、ボルカンのおっちゃんも巻き込むか」
「助かる! 俺は知り合ったばかりだし、一緒に相談出来たら話しやすい!」
「その辺は任せとけって! それにおっちゃんも頑固そうに見えて、新しい道具を作るの好きなんだよ」
「じゃあ決まりだな!」
「おう!」
リクとカイルは拳を軽く打ち合わせて笑う。
ローヴェンに帰るのが楽しみだ。
「あとラフィーネにも頼みたい事あるから!」
「ん、なに?」
「コフィーを淹れる時に大事な物と、あとゆったり飲む時に欠かせない物を作るの手伝って欲しい!」
「いいけど。ほうしゅうは?」
以前よりも難しい語彙と概念を理解しつつある。
とは言え勿論、タダのつもりはなかったので構わないのだが。
「砂糖をたくさん買えたから、コフィーと一緒に食べると美味しいお菓子を作る! きっと気に入るぞ?」
「おかし……何かおいしそうな感じ。楽しみ!」
アメジストの大きな瞳が、夕日の光と期待に満ちて輝いている。
リクの脳内で、この3人が協力してたどり着く至高のカフェタイムへロードマップが出来上がった。
次なる目標は、のどかな川原でコフィーチェアリングだ!




