第13話
岩塩の採掘場、岸壁付近。
「何とか生き残ったな。痛ってて……」
「大丈夫かよ、カイル」
「心配かけちまったな! ちゃんと剣で受けたし、転がってかすり傷程度なもんよ!」
そう言ってニカっと歯を見せながら掲げた剣は、お得意の魔石機巧が凹んで異音を奏でていた。
赤と青の魔石が組み込まれていたと思うが、赤だった方は割れて黒ずんでいる。
「あ……! 俺の『ギガント両断システム/プロトⅢ』がぁ!!」
ネーミングにツッコミたいところはあるが、涙目のカイルに追い打ちをかける気にはなれなかった。
魔石機巧を剣に組み込むのがどれだけの手間暇か分からないが、壊れて男泣きするほどの代物だ。
きっと眠れない夜もあったろう。と、リクは黙ってカイルの肩に手を置いた。
「にしてもよ、どうやってこのバケモンをこんなにしちまったんだ?」
「えっと、それは……」
やはりこの話題は避けられないか。
「確か吹っ飛ばれて、起き上がろうとしたらいつの間にかラフィーネが前の方にいて、あとは——」
状況を思い出しながら語っていくカイルをよそに、リクの裾がくいくいと引っ張られる。
「お肉、食べないの?」
ラフィーネにとって、リクの複雑な心境などどこ吹く風だった。
自分に向けられている疑問にも興味は無いようで、脳内は肉の事で一杯だろう。
いつもなら少し呆れるところだが、今この場では正直ありがたい。
「えっとラフィーネ。カイルがいろいろ気にしてるみたいだからさ、あとで少し話しても良い?」
「ん? リクが話したいなら、いいよ」
予想通りではあるが、あっけらかんとした答えである。
思えば彼女があまりにも異質だからと、リクの感覚で彼女の判断を狭めていただけかも知れない。
ほんの少しだけ、リクはため息をついてカイルに向き直った。
「えっと、その事については後で話すから、今はあれ何とかしない?」
リクは親指を立てて、横にあるイビルディアーの死体を指し示す。
「確かにな! 解体しねぇとそのまま持って帰れねぇし」
「そうそう。それにカイルだってアイツの味、気になるだろ?」
「そりゃモチロンよ! 期待してっからな大将!」
そう言ってリクの背中をバンと叩いたかと思えば、おもむろに肩を組む。
「今は言う通りにしとくぜ。あとでちゃんと話してくれよな」
リクは神妙な面持ちのカイルに目線を向けて、小さく頷いた。
そうと決まれば、仕事の時間である!
リクはレベルアップしていた『神眼Lv.2』で、その遺体を注視した。
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『イビルディアーの遺体』
特徴:膨大な魔力を内包して角や肉質が変化。
用途:食用、素材、共に珍品として重宝される。
状態:雷をまとう性質から寄生虫リスクは無い。
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これは要約すると、新鮮なら鹿刺しでいけると仰ってる?
さらには神眼を発動させたことで、ウィンドウとは別の変化も表れた。
死体が半透明のように表示され、中身が部位ごとに淡く色分けされている。
大雑把ではあるが、肉なら黄色、骨格は白色、臓器などは赤色。
リクは鹿を丸ごと捌いた経験など無いが、概ね哺乳類として違和感のない構造だと感じる。
ホーンラビットの時はこの表示がなかったので、まさに神眼レベルアップの賜物だろう。
しかし冷静になってみると、困ったことに気付く。
ツノがあること以外は通常サイズだったホーンラビットと違って、イビルディアーは5メートル以上の巨体だ。
通常サイズも未経験だが、うろ覚えの知識だけで太刀打ちできるものでもないだろう。
とは言え、この腹ペコ2人を待たせ続けるのも難しい。
もしリクが匙を投げれば、ラフィーネが骨も内臓もお構いなしで角切りブロックにバラしそうだ。
——やるしかない!
意を決して、リクはショートソードを抜いて構える。
すると半透明で色分けされた表示とは別に、白く光るガイド線のようなものが流れ始めた。
血を抜くため最初に刃を通すべき場所、そこをなぞれば思った結果にたどり着けるかも知れない。
確信はないが、他に指標も無いので素直に刃を入れる。
半デジタル表示された身体から生暖かい感触が伝わって来て、頭がバグりそうになるも意外と冷静だ。
1つ目のガイド通りに切り裂けば、今度は別のガイド線が刃を誘導する。
これも素直に従って切り裂いていく。するとまた次の線が現れてそれをなぞる。
無心で肉塊に向き合うリクを目にして、ラフィーネとカイルは目を見張っていた。
「すげぇな。手慣れた冒険者か職人みたいに切り分けてら」
「——じゅる」
感嘆の他に水っぽい音も聞こえた気がするが、リクの集中は揺らがない。
至近距離でじっと見れば分かる程度だが、リクの瞳はほんのり青白く発光していた。
今この世界この場所でしか味わえない、未知の体験の虜になってしまったのだ。
「そっか、すぐ食べるならこの辺を……」
『神眼Lv.2』は、求める結果を得るため最適な線を引く。
数分もしない内に、リクの左手には新鮮なロース肉の塊が乗っていた。
「カイル、まな板とフォークを出して。ラフィーネは包丁……いや腰のナイフちょうだい」
「お、おう」
「わかった」
研ぎ澄まされた雰囲気を放つリクの言葉に、2人は自然と従ってしまう。
リクは受け取ったまな板の上に鹿肉を載せて、ラフィーネのナイフで刺身にしていく。
味付けはしょうがやごま油でもあれば最高だったが、あいにく手元にはない。
醤油はまだ残りがあるので、切り分けた刺身の半分くらいにざっと回しかける。
そしてここは、岩塩の採掘場だ。
採掘抗の入口に近いこの場所には、運び出されて放置された塩の塊が積んである。
手頃なサイズの塊を持ち上げて、ナイフでざくざくと削っていく。
この間にも神眼で見たので、品質に問題が無いことは確認済みだ。
「お待ちどうさん!」
リクは『イビルディアーの鹿刺し盛り』を2人に差し出した。
リクの眼から青白い光は消えていき、高揚感みたいなものも次第に落ち着いていく。
「お、おう。なんつうか、すげぇな」
「いつものリクじゃないみたい、だった」
「あれ? 何か夢中になってたみたいだわ」
さすがの2人も、リクの様子に驚きを隠せなかったらしい。
「てか、生で食うの? これ」
カイルの戸惑いは最もだ。野生動物の生食は普通なら高リスクである。
そもそもこの世界では、生食文化そのものに抵抗があるかも知れない。
対してラフィーネの方は何となく分かっていたが、全く抵抗感がなさそうだ。
「すごい電撃まとってたし、このまま食べてもいけるはず。嫌なら俺とラフィーネで食べるけどな」
「……リク、もう待てない。食べるよ? いただきます!」
カイルを煽る横で、ラフィーネは待ちきれずにひと切れ「はむっ」と口に含む。
——!!!!
無言だ。無言でゆっくり、噛みしめている。
リクもフォークでひと口放り込んで、ゆっくり噛む。じっくり噛む。
脂は鹿肉らしくさっぱりしており、牛肉のような濃い旨味も感じられる。
少しだけ野性味のような、特有の匂いも感じられるが、決して旨味を邪魔するものではない。
歯ごたえのある食感も、今はアクセントに感じられて心地いい。
時間を置いて熟成させてみても、また違う味わいが楽しめるだろう。
2人が幸せそうに味わっている様子を見て、カイルも恐る恐るひと切れ口にする。
カッとつむっていた目が見開かれ、咀嚼する度に硬かった表情は綻んでいった。
「わっ……わぁ……うめっ、うめぇよ。これ」
「カイルも良さが分かってくれたか~」
味や食感は勿論、この感じなら生食も初めての体験だったのだろう。
リクだって食材として扱ったことはあっても、捌きたてを生で食べた事など勿論ない。
特別な経験を3人で共有できたことが、何だか嬉しかった。
食べ終わった後は、改めて残りの部位を下処理していく。
ひと段落ついたところでカイルは、リクとラフィーネに真剣な眼差しを向けた。
「そろそろラフィーネのこと、聞いても良いよな?」
あとがき
※野生動物の生食を推奨するものではありません!
ちょっとワイルド過ぎたかも知れませんね。
熱を通した料理シーンも、後にご用意しております。




