第10話
ローヴェンの冒険者ギルド。
雑貨屋で出会ったカイルも加えて、パーティを組むことになった3人はクエストボードを眺めていた。
ボードには採集系の簡単な依頼から、討伐対象となった魔物の特徴など、様々な情報が掲示されている。
ギルドのお知らせを除いて、全ての張り紙にはランクが振られており、着手する際の目安になっているらしい。
依頼受注なら手続きも必要なので、原則パーティいる最高ランク冒険者の1つ上までしか請けることは出来ない。
討伐対象のランクについては、ギルドが戦わせるか否かを制御できないため、あくまで目安となっている。
圧倒的に格上の相手と遭遇をしてしまった場合、賢い冒険者は一目散に逃げるのだ。
そして挑んだ者は、その戦利品をギルドに提示することで、懸けられた討伐報酬を受け取る事が出来る。
「ってまぁそんな感じで、こまめに目を通して損はねぇってわけだな」
カイルは一通り説明して、得意げな顔をして見せた。
リクは知りたかった情報が盛り沢山なので傾聴していたが、ラフィーネは少しうとうとしている。
そろそろ日も傾いてきた頃だ。朝から慣れない街で人と接して、気疲れしたのかも知れない。
「リク達は今日泊まるとこ決めてあんのか?」
「それがまだでさ。手頃で良い宿を知ってたりしない?」
「それならよ——」
そうカイルが宿情報を教えてくれようとした時だった。
バタン!——とギルドの正面扉が乱暴に開かれる。
「大変だ!! 塩の採掘場に強ぇ魔物が出やがった!」
「はぁ? あそこは持ち回りの冒険者も詰めてんだろうが!」
「歯が立たなかったんだよ! 何人か吹っ飛ばされて、作業員逃がして撤退すんのが精一杯だったんだ!」
ギルドにいる者達の会話から見るに、緊迫した状況のようだ。
怪我をした仲間を引きずってギルドに帰った冒険者の話では、突然鹿系の大きな魔物が現れて暴れ回ったらしい。
特徴から推測されたのは、巨大な角を持つヘラジカのような魔物『ドレッドディアー』だ。
ギルドのランク設定ではBランクの魔物となっており、同じランクの冒険者がいるパーティでようやく互角と言うレベルである。
ガヤガヤと、冒険者たちはどうしたものかと議論を重ねる。
「まずいぜ。Bランク以上なんてほとんど別の依頼に出払っちまってる」
「Cランクでもかき集めりゃまだ……」
「いやいや、俺ぁドレッドディアーと戦うなんざごめんだぜ!」
「命あっての物種だしなぁ」
「でも採掘場が動かなくなったら、その内塩が無くなんぞ?」
確かに塩が不足するのは困ったものだろう。
リクは森からこのローヴェンまで来た道のりと、周辺の景色を思い浮かべる。
少なくとも海が近い場所とは思えず、ここは内陸の街であるはずだ。
となれば、岩塩で街の塩は賄われていると言う事であり、採掘場が稼働できなくなるのは、料理の味どうこうではなく非常にまずい。
飽食の日本では、健康のために塩分を減らすことに苦心しているが、昔は内陸部だと塩の有無は死活問題だったのだ。
とは言え相手はBランクの魔物。Cランク剣士のカイルですら戦いを避けるべき相手だ。
「ま、まぁ塩が無いと困るけど、さすがにBランクってやばそうだよな。えっと……カイル?」
この騒ぎからは距離を置こうとカイルに話しかけるも、この男は拳を握りしめて口元に笑みを浮かべている。
リクも男だ。こう言う顔をした男が何を考えているかは何となく分かる。
「なぁカイル。まさかこの戦いに参加しようなんて……」
「ったりめぇだろ! 街のみんなが困ってんだぜ? それに格上相手に俺の剣を試せる機会は滅多にねぇ!」
やっぱりだ。依頼は1つ上のランクまで受注可能なら、討伐も1つ上なら喧嘩上等とか言い出すのだ。
そして困ったことは重なる。
「リク。そのドッ……ディアー? っておいしい?」
騒ぎに興味なさげだったラフィーネが、好奇心を滲ませた顔でこちらを見てくる。
『神眼』で測れるのは見たものだけだ。リクが回答に困っているとカイルが——
「めっちゃ美味いぜ! 身体もでけぇから、1頭倒せりゃ小さい街ならお祭り騒ぎよ!」
「じゃあ、食べよう」
カイルの奴、余計なことを!
「乗り気じゃねぇか! リクはどうなんだよ? 男ならここは格好付けてぇだろ?」
「いやまて。俺とラフィーネはそもそもEランクで……」
ほんの少しだけ言い淀む。
冒険者としては嘘ではないのだが、少なくとも強さと言う面でラフィーネだけは別次元だ。
「いこう。リク! 食べたことない肉、たべたい」
「やるだけやってみようぜ! 前線は俺がこいつで張るからよ!」
ラフィーネは裾を掴んで小さく揺らしてくるし、カイルの方は腰の剣をポンポンとしながらドヤ顔を向けてくる。
表現方法は違うが、こういう状況になると抑えが効かないのはもう読めていた。
敵によってはラフィーネの正体を誤魔化せなくなるかもしれないが、その時は打ち明けるしかないだろう。
最悪の場合、カイルの口に糸を巻き付けてもらって物理的に口を硬くすればいい。
リクは呆れ気味に頷くしかなかった。
「はぁ~~~~~~~。分かったよ。じゃあ明日の朝出発で良いか?」
「うん。お肉、楽しみ!」
「おうよ! やっぱ冒険者はこうでないとな!」
「言っとくけど、ヤバそうだったらすぐ逃げるからな!」
「わぁってるって」
こうしてギルドの騒ぎもひと段落したところで一行は退散することにした。
ドレッドディアーの討伐依頼書もすぐさま張り出され、ボードの前で様々なやり取りが繰り広げられていた。
みんな尻込みしているのか、大人数で討伐隊を組んでから出発するようだ。
つまり明日の朝に出発する3人は、ドレッドディアーの貸し切り状態である。
本来そんな恐ろしい状況は勘弁だが、見方を変えればラフィーネの正体が多数に露見することは無い。
決まった以上はなるようにしかならないのだ。
そうして日も傾き、街の真ん中を貫く石畳の通りは、街灯にふんわりと照らされている。
3人はそれぞれの宿屋へ向かう途中だった。
「じゃ俺の宿はこっちだから、明日はよろしくな!」
「うん、また明日な」
「それと、眠れなくなるようなことはほどほどにしとけよ~」
「だからそう言うのじゃねぇって!」
「はいはい~」
にやけ面のカイルはそのまま手を振って、路地を曲がって行った。
その後は別れる前に教えてもらった宿にチェックを澄まし、部屋を確保する。
費用のこともあってツインベッドの部屋にしたが、そこの女将さんからもカイルのような視線を向けられた。
勘繰る気持ちはわかるのだが、それでも多少の配慮はして欲しいものである。
リクとしては、彼女を見て何も感じないと言えば嘘になるだろう。
ラフィーネは危険度SSSの魔族とは言え、自然体で全く害意が感じられない。
それどころか人間的な常識にも疎いので、無意識にとても距離感が近いこともある。
表情とやり取りを見れば、特別な感情じゃないことは分かっていた。
単に純粋なだけなのだ。
だからこそ、それにつけ込むような事もしたくない。
今のリクはこの世界を満喫する夢と同時に、料理を楽しみにしてくれる彼女の期待に応えたいのだ。
既に明かりを落とした部屋では、眠りに落ちたラフィーネの寝息が小さく聞こえる。
少しはだけていた布団をかけ直して、リクも自分のベッドに籠ってさっさと寝ることにした。
明日は大変な1日になりそうだ。




