第7話
ローヴェンの街、中央通り。
時代を感じさせる石畳の道と、商店に宿屋など様々な建物が軒を連ねている。
すれ違う人々は武器を携えた冒険者だったり、この街で暮らす生活感をまとった人だったりと様々だ。
門番のエイダンが言っていた通りなら、この街は辺境になるらしい。
確かに都会的な雰囲気はないが、決して寂れた街ではなかった。
興味を惹かれる店や市場もあるが、無一文では首が回らないので、ひとまず冒険者ギルドに向かう。
商人ギルドや他の専門職の団体もあるにはあるが、どれも仕事にありつけそうなビジョンは浮かばなかった。
行ってみなければ分からないが、冒険者ギルドで取っつきやすい仕事があれば御の字である。
そうしてたどり着いたギルドの扉をいざ開けると、エントランスが広がっていた。
広間にテーブルと椅子、クエストボードに受付カウンター。
異世界作品のシーンで見たような、想像通りの光景が広がっている。
刃こぼれした剣を立てかけてジョッキを煽る屈強な剣士。
フードを目深に被り、表情がいまいち読めない胡乱な雰囲気の男。
荒くれ者の中でも物怖じしない、気高さを感じさせる女冒険者。
いかにも実力が物を言う世界で生きて来た人間の集まり、そんな雰囲気だった。
こうなるとやはり、日本の服装に即席のツノ槍を持ってるだけのリクは浮いてしまう。
しかもその後ろには、白銀と薄紫の綺麗な顔立ちをした美少女を引き連れているのだ。
この状況で注目されない方が不自然だろう。
実際この場にいる何組かは、ヒソヒソとこちらを見て何かを喋っている様子だ。
リクは構わず真っ直ぐに受付カウンターへと向かう。
「すみません。初めてなんですけど、登録をしたくって」
気怠そうなタレ目をした受付嬢が、リクに視線を合わせる。
次いで後ろのラフィーネにも。
「登録料、2人合わせて銀貨2枚。ある?」
「えっと……」
しまった。確かに手続きが無料なんてことあるわけなかった。
荷物の中に渋沢さんなら居られるが、この場では何の価値も持たないだろう。
硬貨なら多少の興味を持ってもらえるだろうか……?
リクがあれこれ思考を巡らせていると、受付嬢の目はツノ槍の方に向く。
「へぇ~、ホーンラビット捕まえられるとかやるじゃん。毛皮の方もある?」
「それなら荷物の方に!」
ここぞとばかりに、剝いでから干しておいた毛皮も引っ張り出して彼女に見せる。
「ん~、毛皮の方はぶっちゃけ処理が甘いけど、買い取れんこともないかぁ」
「本当ですか! いくらになります?」
ここが突破口だと言わんばかりに、リクは目を輝かせて尋ねる。
これが銀貨2枚以上なら登録料問題はクリアだ!
「銅貨5枚」
「うっ……」
異世界はそんなに甘くなかった。
「時期が良くて処理も綺麗だったら、銀貨3枚行く時もあるんだけどね。両方ダメだわぁ」
リクは項垂れる。
こうなれば街の人のお使いでも何でもして、種銭を稼ぐしかないかも知れない。
「でもツノの方は別」
その声を聞いてリクは受付嬢の方に向き直った。
「あのウサギはすぐ突っ込んでくるから状態の良いツノが少ないんだ。そっちなら金貨1枚で換金できるよ」
センキュー、森の幸!
その後は自分達を「東の集落から来た田舎者」と言う設定で、初歩的な説明をしてもらった。
ローヴェンから見ればあまり人の立ち入らない場所だし、方角も合ってるのであながち嘘にはならないだろう。
タレ目の受付嬢は右も左も分からないリクの様子を見て、初歩的なレクチャーもしてくれた。
まずここでの貨幣は、小銅貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨。となるらしい。
金貨まではそれぞれ10枚で上の硬貨1枚と同等、白金貨だけは金貨100枚と同等の価値になるそうだ。
つまり金貨1枚と言うのは、それなりに価値のある高値が付いたと言う事だった。
「金貨1枚ありゃあ、ここの登録は勿論。安い武器なら2人分でもおつりがくるね」
受付嬢はリクがあまりにも世間知らずと言う事で、とても丁寧に説明してくれた。
目も口調も気怠そうだが、こういう人ほど真に気遣いがあってシゴデキなパターンが多い! リク調べ。
「じゃあこれも買取でお願いします!」
「あいよ。あとはこっちのカードに名前とジョブをそれぞれ書いてね」
まさしくこれはギルドカードと言うやつ!
ここでペンを持ったリクは、そもそもの疑問に考えが及ぶ。
——思えば言葉も文字も、全部日本語なのでは?
その疑問を意識してカードを見れば、文字がアルファベットを崩したような文体に変化していく。
耳を澄ませば、先ほどまで日本語で行われていた会話が、聞いたことのない言語で繰り広げられる。
さすがに戸惑ったリクは、目を数度ぱちぱちさせて、もう一度周囲の音も聞き直す。
全てがまた日本語に塗り替わっていた。
どうやら意識しなければ、言語の補助が働いているらしい。
これも『神眼』の力なのだろうか?
「どうかしたかい?」
「いや、何でも! そうだ。このジョブ欄とかは好きに書いて良いんですか?」
「あぁ、そこはねぇ」
と受付嬢はまた、怠そうな雰囲気に反して懇切丁寧に説明してくれた。
まず一般的なジョブは、個人の自由で記載して良いらしい。
剣士、弓使い、槍使い、スカウト、サポーター等々。希望する役割を書くようなイメージだ。
ここで自分の役割とは全く別のジョブを書くことも出来るが、仕事の斡旋やパーティの信用面で不利益が大きい。
更には上級職や専門職と言うカテゴリも存在して、こちらは記載に条件が必要になるそうだ。
魔道士なら魔法が使えることを証明しなくてはいけないし、ソードマスターなら剣士が一定以上の実績をギルドに認められる必要がある。
受付嬢は資料の紙を提示しながら説明してくれて、リクとしてはとても分かりやすくて助かった。
やはりこの人はシゴデキである!
一通り説明を受けたリクはしばし悩んで、自分とラフィーネのカードにそれぞれ記入する。
『リク・タテイシ』
Eランク/サポーター
『ラフィーネ・ストリング』
Eランク/スカウト
先ほどまでツノ槍を持っていたから槍使いも考えたが、リクはエイダンみたいに槍のスキルを持っていない。
今後もし仲間が出来た場合、下手に戦力として期待されると困ったことになる可能性もある。
そして悩んだのはラフィーネの方だ。
この街に来てずっと大人しくしてもらってはいるが、中身は危険度SSSの蜘蛛系魔族なのである。
軽く殴っただけでも大抵の相手には勝負がつきそうだが、武闘家もピンとこないのでスカウトにしておいた。
音もなく移動することや、離れた場所から糸で奇襲をかけるのも朝飯前。
であればスカウト適性と言う事にしておけば実際の力も誤魔化しやすいだろう。
そもそも、本気になったラフィーネをリクも見たことが無いわけだが。
「サポーターにスカウト。まぁ確かに戦士系や魔道士って雰囲気でもないしねぇ」
あはは。とリクは笑顔で誤魔化すしかなかった。
そんなリクの様子を見てか、受付嬢は机から上半身を乗り出してリクに耳打ちしてくる。
「まさか女の子だけを戦わせようってんじゃないよね?」
「それは、まぁ」
「だったらアンタも武器のひとつくらいは買っておきなよ」
そう言って受付嬢は、武器屋と冒険の準備に役立つ店の場所が書かれたメモを渡してくれた。
最初から最後まで、気怠そうに見えて優しさに満ちていた彼女の心遣いにリクは目頭が熱くなる。
「ありがどう、ございまずぅ」
「あんま情けないとこ見せて、その子に見放されないようにね」
初めて気怠い以外の優しい笑顔を見せて、受付嬢は送り出してくれた。
何となく2人の関係性を飛躍して見ているような気もするが、リクは気にするのをやめた。
こうして登録も済んだので、次は買い出しだ!




