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第一幕第二場





 二〇三一年四月 永田町 


 先輩は、ああ言っていたけれど。


「こんな閉鎖空間で、新しい出会いなんてあるわけないよね」

「就職するまでは霞ヶ関にお勤めの人ってかっこいいなって思ってたけど、入ってみたら、まったく、大したことなかったわ」

「わかりみすぎてありあまる」


 同期のR子と官邸まで出かけて、二階の食堂で昼食を共にする。A定食に百円の小鉢を付けて、NinPay(ニンペイ)で支払うと「ニンニン」と軽薄な音が鳴った。レジのおばちゃんのネイルがいつも可愛いなとピノコはひそかに思っている。


「てか、またAさんと飲みに行ったの? この前もどっか行ってなかったっけ」

「うん。休日に谷根千の喫茶店巡りしたよ」

「うわ。うちが奥さんだったら絶対いやだわ」


 既婚者と二人きりで休日に遊んだことを軽く非難するようにR子が眉を顰めた。アラサー女が「うち」っていうのもどうなんだろなとは口に出さず、「まあ、そりゃ、そうだよね」とピノコが割箸をパチンと割りながら返す。この間は深夜寄席を一緒に観て始発で帰路に就いたなんてことまで伝えたら、愛人説がさらに濃厚になり、明日には同僚全体に広まっていそうだと思った。〈滑稽〉とは何かを愉しんでいるだけで色気もクソもないのに、深夜に二人で出かけて朝帰り、という部分だけが切り抜かれるのだろう。確かに、指摘されるまで先輩の配偶者のお気持ちを想像できなかったのは反省すべき点だ。先輩のことだから、誰と会うだの何をするだのまで微に入り細を穿って伝えているとは思わない。ただ、火のないところに煙は立たないとあるように、配偶者がいる方との外出は、自重するに越したことはないのだろう。

 ふむ。


「そろそろ、先輩から卒業しないとか」









「ということで主幹。オミアイしてきます」

「へ?」


 聞き取れなかったのか、K主幹が抜けた声を出す。主幹室で今週のレク資料の最終チェックをしてもらっているところで、いきなりピノコが口火を切った。


「今流行りの相性診断型自動お見合いサービスNumber(ナンバー)というやつです」

「何、それ」

「NINJが提供するマッチングアプリですよ」

「出会い系サイトってこと?」


 直截的に言えば、そうですね。

 先ほどインストールしたアプリをペンホで起動して見せると、開いた口が塞がらないとでも言うように主幹がポカンと口を開けたまま固まった。


「ピノコさん彼氏いなかったっけ」

「フラれた話、させます?」

「ごめんごめん」


 主幹がタブレット端末〈ペンパッド〉を机上に置いて椅子をくるんと回し、傍らに立っているピノコと向き合う。おかしくて仕方ないのか、マスコットキャラクター〈まりもっこり〉のような目をして笑っていた。まったく失礼な人だ。


「ところで、私ってこれしていいんですかね」

「しちゃだめに決まってるじゃん」


 過去にはマッチングアプリを通じて出会った男性とトラブルになったことがきっかけで、女性公務員が退職を余儀なくされたそうだが、戦争にもマッチングアプリが利用されるご時勢だ。諸々の抜け穴となっていることには間違いない。そもそも顔写真をネットの海に晒さなければマッチングすら難しいと聞く。が、ピノコは非モテの男にさえ出会えたらいいので、顔出しまでするつもりは更々なかった。


「頭の固いおじさんたちは首を捻ると思いますが、主幹は頭の柔らかいおじさんなので、お見過ごしください。ただの恋活ですよ。恋活」


 なんせ、AIがパートナーを決める時代ですから。とピノコが言えば、主幹は露骨に顔を歪めてみせた。


「今の若い子は、そんなにやってるの?」

「はい。普遍的っちゃ普遍的です。若い子だけでなく、おじさんもおばさんもやってますよ。ほら、最近結婚したかの独身補佐の御三方なんかは皆々様こちらのマッチングアプリでお相手と出会ったそうです」

「えー!」


 驚愕の事実だったのか、主幹が声を上げる。昨今はアラフィフでもマッチングアプリを使っているという実態が信じられないようだった。これでパパ活、ママ活などと呼ばれている売買春のゆるふわ変換市場の状況なんて詳しく説明したら卒倒しそうな勢いだ。


「そもそもピノコさん結婚願望あるんだっけ」

「早く寿退社したいくらいですわ」

「やめて。それはやめてね」


 お願い。と主幹が眉根を寄せてパチパチと上目遣いをする。最近、立て続けに若手が辞職する状況に思うところがあるのか、この前も主幹は「そして誰もいなくなった、か……」と遠いところを見て悄然としていた。


「一応、報告でした。奮って応援してください」

「う、うん……。変なことに巻き込まれないようにね」


 主幹がコクコクと頷く。二年目の係員が参事官にこんな口を利いていたら警察では切腹ものであろうが、それを許されるのがNIIAの数少ない良いところだ。弊社で主幹といえば部署にもよるが、警察でいう本部長レベルが座るポストである。風通しの良い職場、とNIIAの採用パンフレットで謳われていたのには思わず鼻で笑ってしまったが、K主幹のようなプロパー職員が上司に座っているところの風通しは確かにいい。そのため、「部署による」としか言えないのが実態だ。警視長や警視監がトップだとそこは警察庁に、一佐がトップだとそこは防衛省に部屋の空気もガラリと変わるというわけだ。

 情報は生ものだ。スピード重視で、六割の確度でも上げていけるものは上げていかねばならない時がある。上司への忖度なんてものは必要がない。せっかくの情報を腐らせてしまっては無意味だからだ。主幹の上は国家情報庁長官、その上はもう総理だ。係員からたったの三段階で総理に情報が上がる組織は、さすがに他省庁には類を見ないし、NIIAだけの専売特許であろう。

 ピノコは別にこの職場が嫌いなわけではないのだ。ただ、苦しんでいる若手や係長を見て、ままならない、と思うことが多いだけだ。

 それに今は、仕事よりも人生において重大事案が差し迫っている。


「オミアイ、がんばりますッ!」









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