第四幕第三場
二〇三一年七月 銀座
「結論から申し上げますと、」
ごほん。とピノコが咳払いをした。
「二人の男とは、連絡が、途絶えました」
「それは……ご愁傷様デス」
先輩が菩薩のように目を細めて頷く。脚のことをカミングアウトした翌日からです。と、ピノコは彼に言わなかった。最初からマッチングアプリのプロフィール欄に両脚義足だと書いていたほうがよかったのだろうか? 恋活において、障がいや病気についてのカミングアウトのタイミングって他の人はどうしてるんだろうなとピノコは思った。
「やはり、いま読んでる本の話になって、そのときカバンの中に入っていたのが福田恆存の『保守とは何か』だったのが、まずかったですかね?」
「それはあんまり関係ないと思うけど」
「でも、そんなの電車の中で読んでる女子、イヤですよね?」
「イヤとは思わないでしょうが、世間一般の男へのウケがいいとは、残念ながら、言えないでしょう」
先輩から至極尤もな見解を頂戴する。はあ、とピノコは肩を落として溜め息をついた。
不定期でしか営業しない、隠れ家的な喫茶店〈アルテ〉のカウンター席で先輩とコーヒーを横に並んで飲む。〈アルテ〉のマスターは、夏でも常にニット帽を被り、瓶底眼鏡をかけ、いつもくたびれたシャツを着ている腰の曲がった好々爺だが、淹れるコーヒーは絶妙に旨い。しかし口下手なのか耳が遠いのか、彼と会話という会話ができたことはあまりなく、先輩が通訳及び解説をしてくれなければ意思疎通すら難しいため、ひとりで通うにはなかなかハードルの高い喫茶店でもあった。
「ピノコさんは福田恆存を読んでいることも含めて十分魅力的な女性だと思うのですが、やはり問題は男の質が低下したことにあるんじゃないですかね。男はプライドが高い動物ですから、愛する行為の対象が自分よりも人間社会に対する視野が広かったり、能力が高かったりすると、往々にして好ましく思わないものです。弊社にもいるよね。『情報機関員としてのプライドを持てぇ!』などと研修で喚くプライドばかりが高い昭和のおじさんたちが」
「こちらとしては、情報機関とわざわざ名乗るのもお恥ずかしいレベルなのですが」
「その点、K主幹は『プライドなーんか後生大事に持ってて何の情報が取れますかね』と仰っていたのはさすがです。盲目的な愛国主義を部下に押しつける人間に人格者はいません」
「『日本の禍機』を読んで出直してこいという話です」
ピノコと先輩が、うんうんと頷き合う。
「福田恆存を私淑しているピノコさんにはわかっていただけるとは思いますが、俺もこの組織に入るとき、官庁訪問の面接で最近読んだ本を訊かれて『私の幸福論』を話した覚えがあります。面接官はポカンとしていましたが」
「あの本は読みやすいですが、初めて手に取ったとき、『醜く生れたものが美人同様のあつかいを世間に望んではいけないということです。』[1] という一文に、頭をぶたれたような心地がしたのを憶えています」
「その通りですが、鋭すぎますよね。まあ、文学というのは、現実世界で言ったら刺されそうなことを、問題提起するところではありますが」
「ハゲしく同意です。顔が醜いのに美人のようにもったいぶってちゃダメなんですよ」
「それ、鄧小平が言ったんだっけ?」
「はい」と、年々進歩がめざましい形成手術を幾度となく繰り返して出来上がった顔を、ぷうと両手で挟みながらピノコが言った。
二人はほぼ同時にソーサーからカップを持ち上げ、ぐいとそれを傾けてコーヒーを口に含んだ。「……私は、」とピノコがコーヒーの昏い液面を見ながら、ぼそりと呟く。
「福田の〈一匹と九十九匹と〉[2] を読んで、なんだか、救われた気がしたんです」
いつか、緑の平原が広がる国で見た、群れからはぐれそうになった一匹の子羊を、ピノコは思い出した。
「この世界は、ひどく不条理なのに、合理的であることを求められる。でも、そんなあぶれた一匹を救うために文学があるんだって」
非モテなのはわかってる。自分が変わっていることもわかってる。外界に対して素直で、消費者的に生きられないこともわかってる。でも、
「政治が救えない一匹のために、文学はあるんだ、って」
ピノコがカップをソーサーに置いて、ふ、と軽く息をついた。
先輩が「そうですね」と大きく頷いてみせる。
「文学は阿片ですから」
「重篤な阿片中毒者です」
「俺も常用者です」
「大陸だと即極刑になっちゃいますね」
「民主化革命が失敗に終わった彼の国は、今も昔も〝法〟治国家ですから」
「ひゃー。日本で育ってよかったです……」
互いに笑みを湛えながら肩を震わせる。そのとき、カウンターで黙々と食器を磨いていたマスターが、「……おかわり、いかがですかな」とそれはそれは小さく呟いた。
[1] 福田恆存(一九九八年)『私の幸福論』、ちくま文庫、「ふたたび美醜について」
[2] 福田恆存、浜崎洋介編(二〇一三年)『保守とは何か』、文藝春秋、「一匹と九十九匹と――ひとつの反時代的考察」




