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第四幕第二場





 二〇二五年十月 壱岐


「亡国の救世主ジャンヌ・ダルクだの、聖母マリアだの女神だの。人は好き勝手に私をそう呼ぶけれど。せいぜい、私なんてモリアだわ」


 縁側に座って右膝に手を置きながら、桜が自身の脚をぷらぷらと揺らした。


「『愚神礼讃』か」

「ええ」


 満月を抱いた秋の夜空を、桜が仰ぎ見る。桐は彼女の隣に「よっこらせ」と腰を下ろし、胡坐を搔いた。風呂上がりで濡れた彼の前髪は額の前に下りていて、執務室にいる姿よりもずっと若く見える。桜がこの島で桐と過ごすようになったのは、何も最近の話ではない。そしてここは、桐が〝桐〟という仮面を外せる唯一の場でもあった。いや、唯一かどうかはわからない。その仮面の下にあるのが、また新たな別の仮面であろうとなかろうと、桜にとってはどうでもよかった。


「かぐや姫も帰りたくなるような月だな。……『竹取物語』を紡いだのは、下級の役人、ないしは僧侶だという。ならば、その男はなぜわざわざ〈物語〉を書いたのか」

「……何かを、訴えたかったから?」

「何をだ」

「……自分の生きている、時代に対して、……ままならないことを」


 はは、と桐が彼女の自信なさげな解答に笑みをこぼす。桜は伸ばしていた脚を正座し直して、月見酒とした日本酒を彼の持つ盃に注ぎながら「……だって、そうでしょう?」と些か開き直るように口を窄めた。

 現存最古の物語として知られる『竹取物語』。作者は不詳。それはなぜか。理由は簡単だ。物語を書く、という行為は、当時、恥ずべきこととして認識されていたからだ。江戸時代までの文学のヒエラルキーで、ピラミッドの頂点に君臨したのは仏教典。次点が中国の歴史、漢詩文。そしてその次に日本の漢詩文が続き、和歌が下から二番目に位置する。最下層は、散文。物語や草子といった、女、子どもが本来であれば嗜むものだ。しかし『源氏物語』や『枕草子』などの散文の中で示されているように、これらは最下層にあるからこそ、その上部にあるすべての文学体系を取り込むことができる。最下層に位置するからこそ、見えてくるものがある。


「賢人となりて憤怒するより、瘋癲痴愚を装うほうが好まし。とな」

「ホラティウスですか? ……エラスムスは天寿を全うしたけれど、モアは道化の忠告を聞かず、断頭台への道を歩いたんですって。――私って、そんなに愚かでしょうか」


 桜が桐の暗に含めた言葉を受けて、不満げに頬を膨らませる。


「自覚しているだけ上等だよ」

「まあ、ひどいわ。道化(フェステ)みたいなことを言って」


 屋敷の主人が肩を震わせて笑うのに合わせて、秋の影に潜む虫の声もはずんだ。


「――向日葵を、見たんです」


 桜が、丸い月を眺めながらぽつりと小さくこぼす。誰と、とは言わなかった。しかし桐には、当然伝わった。桜が月から視線を落とし、過ぎ去った夏の日を思い出すように瞼を閉じる。この屋敷の玄関で飾っていた向日葵は、疾うに萎れ、項垂れてしまった。残されたのは、干からびた形骸だけ。


「……私、国を出て、初めて、誰かに、」


 喉元が熱くなるのを抑えるように、桜が深呼吸して、口をゆっくりと開く。


「生きてもいいよ、って、言われたような気が、したの」


 誰よりも、何よりも、大切な人に。心から、愛しい人に、生きていることを願われ、祝福される。この世界は、なんて、すばらしいのだろう。と、初めて思えた。

「願える、なら、」桜が声を掠れさせ、誰にも言えなかった、小さな願いを吐露する。


「普通の女の子に、生まれたかった、な」


 ()()の国に生まれて。普通の家庭で育って。普通の人生を歩めるような。「いってきます」とか「ただいま」とか。「おはよう」とか「おやすみ」とか。そんなことを、毎日笑い合って言えるような。手を貸せば助かったであろう、沈みゆく女を見殺しにしたことも。追っ手を手にかけて始末したこともなく。罪悪感なしに、好きな人にいつでも、「好きだ」と伝えられるような。そんな世界に生まれたかった。

 国なんて、人民なんて、背負いたくなかった。〝王依梦〟として生きたくなかった。

 でももう、あの人は、行ってしまったから。残された者は、前に進むしか、ないのだ。

 明日、この島を出て、〝王依梦〟は大陸に向かう。

 好いた男ひとり救うために、死体を用意した。愛してくれた家族を裏切った。

 一生、消えない罪だ。


「Verū hoc quiſque felicior, quo pluribus deſipit modis, Stulticia iudice, modo in eo genere inſaniæ maneat, ut haud ſciam, an ex uniuerſa mortalium ſumma quem piā liceat reperire, qui om nibus horis ſepiat qui que non aliquo inſaniæ genere teneatur.《これは痴愚神たる私の意見ですが、錯乱状態になればなるほど幸福になるものです。――そのわけは、人類のうちで、あらゆる時期を通じて聡明で、いっさいの狂気を脱却しているような人間は、おそらくたったひとりもいないからです。》[1]」


 桐が盃をくいと呷ったあと、流れるように文を諳んじる。


月に触れた姫ルナティック・ビューティーの夢、叶えてやろうかね」


 音の波が空気を伝って耳に入り、脳に届いて言の葉と認識する。桜は息を呑んで、隣を見上げた。すると、優しげに目を細めた桐が、彼女を見下ろし、笑みを浮かべた。


「……ありがとう、ございます」


 何だか、泣きたくなるのを堪えながら、こてんと桐の肩に頭を預け、桜が目を閉じる。


養父(ちち)、と言える人に、なってくれて」


 人間は、人間である限り、たったひとりでなんて、生きていけるわけ、ないのだ。

 だからOSSのエージェントたちも、己が何かに属しているという帰属意識を、皆もっている。それが、彼らにとっての、(よすが)となっている。

 人間の罪は、必ず、死ななければならないこと。人間を、罪ある者として捉えたから、『竹取物語』は物語の祖といわれるのだ。かぐや姫が咎人たちの住まう地上にいた期間というものが、彼女の罪を贖う期間であったのだとすれば。彼女が月で犯した罪とは、いったい何だったのだろうか。

 これが御伽噺ならば、物語の最後は既に決まっている。その世界の秩序と平和を守るために、異端者は必ず消え去らねばならない。それが運命(さだめ)であり、理だ。『竹取物語』の作者は、決して高い地位につくことのできない、身分の低い男性貴族だ。出家していればそれは、世俗を捨てた人であることを意味する。挫折し、現世に諦念を抱いた彼は、かの伝奇物語で、何を訴えたかったのか。九世紀後半から十世紀前半。古く由緒ある家柄の者たち――大伴氏、紀氏、橘氏、在原氏といった貴族たちが藤原北家の台頭によって没落していった時代。作者は、出世不可能な存在だった。だから、この婚姻難題譚を編んだ。平仮名を使うこと自体がアブノーマルで、常軌を逸脱した行為であった。人々が右を向いて生きているなかで、ひとり左を向いた者。彼は、己の生み出した物語が、千年という歳月を息し続けるとは、到底考えなかっただろう。解決した者が、誰ひとりとしていない、この物語を。

 桐が、彼女の震える肩に自身の腕を回す。

 言葉は、何もなかった。それだけで、別れの挨拶は、十分だった。










[1] エラスムス、渡辺一夫・二宮敬訳(二〇〇六年)『痴愚神礼讃』、中央公論新社、「痴愚神は語る39」

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