第三幕第二場
二〇二八年十二月 台北
「――昔者、莊周夢爲胡蝶〈昔、莊周夢に胡蝶と爲る。〉[1]」
「栩栩然胡蝶也〈栩栩然として胡蝶なり。〉」
「自喩適志與、不知周也〈自ら志に適へるかなと喩み、周なるを知らざるなり。〉」
「俄然覺、則蘧蘧然周也〈俄然として覺むれば、則ち蘧蘧然として周なり。〉」
「不知周之夢爲胡蝶與、胡蝶之夢爲周與〈知らず周の夢に胡蝶と爲れるか、胡蝶の夢に周と爲れるかを。〉」
「周與胡蝶、則必有分矣〈周と胡蝶には、則ち必ず分有らん。〉」
「此之謂物化〈此を之れ物の化と謂ふ。〉」
「あ、南瓜だ!」
「好きですか?」
「はい!」
野菜の中では、たぶん南瓜が一番好きだ。過去の自分の日記にも、好物だと書かれていた。
意味もなく文言文を口遊みながら、〝ヴァイオラ〟とアリスが夕餉の支度をする。
「ぬ」
……切れ、ぬ。まるで歯が……刃が立たない。
南瓜に包丁を差し込み、一方の手で峰を押さえながら一気にまな板に向かって刃を下ろそうとするが、肝心の南瓜がびくともしてくれなかった。自分の力が足りないのか、あるいは南瓜が硬すぎるのか。アリスが全体重をかける勢いで南瓜と格闘しようとしたとき、不意に背後からヴァイオラの腕が回り、アリスの手にしなやかな手が添えられた。次の瞬間、ダンッと勢いよくまな板が鳴る。
「あ、ありがとう、ございます」
触れた手の柔らかさと、背に感じた人の温かさに一瞬どぎまぎしながらアリスが礼を言うと、「最初に、切り込みを入れると切りやすいですよ」と言って、何事もなかったかのようにヴァイオラが彼女から身を離した。
「……ぉお、そうなんですね」
憶えておきます! とヴァイオラがもう一つの南瓜に手をかけて手際よく切るのを見ながらアリスが笑った。
ヴァイオラの隣に立つのは至極楽だった。他のエージェントと違い、彼女はアリスをからかったり、難題を吹っかけて試したりもしない。だがアリスは、不思議と彼らを衒学的な学者のように感じたことはなかった。彼らと会話をしていて、純粋に楽しいと感じる自分がいることに気づいたからだ。自分の無知を恥じる暇があれば、それ相応の知る努力をする必要がある、とアリスは思った。わからないことをわからないと言うのは、何ら恥ずかしいことではない。ただ、知らないことが当たり前であると自分の中で完結して、知ろうともしないのが、愚かなのではないか。しかし、時にエージェントたちは、真実を知ることすらアリスに強要しないのだ。
そんな、彼らの残酷な優しさを、いつも感じていた。
「黄表紙に、『金々先生栄花夢』って、ありますよね」
「ええ」
「私、それを、大学で、読んだんですけど」
専攻に関係なく、自分が興味のある授業は躰の数が許す限り選択していたから、他学科の学生に混じって授業を受けることも少なくなかった。
「まずそれまでの青本とか黒本とかと違って、最初の序文で婦女子が脱落するように書かれているのが、面白かったです」
「ふりがなも振られてあるのに、知っていないと笑えないところとか」草双紙特有の紙質を思い出しながらアリスが微笑んだ。
例えば、外国人の中に入り混じって、外国語を聞き取れず、周りは笑ってるのに、何を言っているか自分だけ理解できなくて、笑えない、という心境に似ている。
江戸時代、平仮名しか読めないのはつまり、知識層でないことの証だった。そんな階層の読者に向けてふりがなを振ってやっているのはいいが、読めても何が何だかわからない。そもそも恋川春町が自分で絵を描き、文も書いた『金々先生栄花夢』は、初めから読者が不特定多数存在するとして世に出されたものではないとされている。
「『文に曰く、浮世は夢の如し。歡びをなす事いくばくぞやと。誠にしかり。金々先生の一生の榮花も、邯鄲のまくらの夢も、ともに粟粒一すひの如し。金々先生は何人といふことを知らず。おもふに古今三鳥の傳授の如し。金ある者は金々先生となり、金なきものはゆふで頓直となる。さすれば金〻先生は、一人の名にして壹人の名にあらず。神錢論にいわゆる、是を得るものは前にたち、これを失ふものは後にたつと。それ是、これを言ふかと云云。』[2]――という序文でしたっけ」
「そう、それです。本当は『銭神論』なのに『神銭論』となっているのも面白いですよね」
――ちょっと絵本にも手を出してみようかな。そんな軽い気持ちで、されど本気で。
歴とした武士、しかもエリート中のエリートの手によって描かれたもの。黄表紙の第一号となった『金々先生栄花夢』は、安永四年、鱗形屋によって発刊された。
時代は田沼。金に糸目をつけない世界。戯作文学は大いに隆盛を誇り、一時人気を博したが、後に松平が政を執ったため、文学は無駄なもの、風紀を乱すものとして取締まりの対象となり、衰退の一途を辿った。
いつの時代もそうだ。文学と経済の建て直しは相容れない。実用性のないものとして第一に挙げられ、早々に切り捨てられる。本が読める、というのは、世の中が平和であることの象徴とも言えるのだ。そんな天下泰平の江戸で一世を風靡したのが、草双紙や読本といった小説類だ。中でも黄表紙は、それまで婦女子を対象とした小型絵本の黒本や青本を発展させ、成人を読者対象としたものであり、洒落や滑稽を主とした表現が知識人の間で好評を呼んだ。
当世を穿つ。それが黄表紙の目的だった。
俺がパロってみるよ。と手を挙げ、通俗小説として流布していた洒落本を絵本にすることで、既存のものをパロディ化したのが春町たち武士の新しい遊びであり、留守居役の仲間内で描いたものが存外ウケたため、だんだん商売物に発展したといわれている。源氏物語も同じで、今となっては世界的に有名だが、最初は女房内だけのことだった。
「今で言う、同人誌というやつですよ」
コミケっていうんですかね。
定年間近のおじいちゃん先生がそんなことを言ったから、教室の隅で思わず笑ってしまったのを憶えている。同人の誌とは元来そういうものだ。換骨奪胎の精神が日本人に根づいていったのは当然と言えば当然の話だったと言える。江戸時代、恋川春町の描いた同人誌は絵を読める者だけが真の読者となっていった。先生もよく学生に向けて、飄々と言っていた。
おつむの訓練をしてください。皮肉を皮肉である、と気づける力を養ってください。
大学とは、そういう場なんです。――と。
知る、ということは同時に、知ったことに対する責任をもつことを意味する。
世界は、思ったより残酷であると、気づくことを、意味する。
「――人偏の」
それまでアリスの感想を黙って聞いていたヴァイオラが、肉の下処理をする手元から視線を外さないまま、ぽつり、と言葉をこぼした。
「……あるとないとが、品の客?」
アリスが玉ねぎを櫛形に切っていた手を止め、しばしばと瞬きを繰り返しながら、ヴァイオラと目を合わせる。ふっ、と隣で彼女が優しく笑った。ヴァイオラの笑みを見られたことに驚いたアリスが、玉ねぎの香に圧されて潤んだ瞳をさらに細めて、嬉しそうに笑う。
――ヴァイオラは、知っているだろうか。いや、当然知っているだろう。
恋川春町は、留守居添役という、大名家における外交のエキスパートだったことを。
留守居役とはすなわち、大名家の渉外担当官のことだ。他藩との間にトラブルが生じたときには、藩重役の手足となって交渉や根回しに奔走し、場合によっては全権を委任されることもある。有能な留守居は藩の外交政策に参画もするし、藩主の外交上の相談相手となることもあった。そして彼らにとって最も重要だったのが、留守居どうしが紡ぐ情報網である。高級料亭や茶屋、遊廓等でその情報交換は頻繁に行われた。本音と建て前、損得勘定が綯い交ぜになる世界で、相手に情報を与え、相手から情報を引き出すには、そういった遊び場での遊興が必要不可欠であった。泰平な世界であるからこそ、水面下で繰り広げられる情報合戦を生き抜くために留守居は存在した。そんな、優秀な人間たちが集められた会合で、当世を穿つために、同じく江戸留守居役であった朋誠堂喜三二などの変わり者によって始められた、仲間内の遊戯。
彼らは何の変哲もない日常に、俳優を求めたのだ。
普通に生きることを、彼らの才能が、許さなかった。
「あの、」
「……何ですか?」
野菜を切り終わり、ガスコンロに掛けた鍋で肉を炒めていたアリスが、ふと宙に視線を留めて、呟いた。ヴァイオラが、動きを止めた彼女の姿を、黙然と見つめる。アリスは口を小さく開いたり、閉じたりするのを何度か繰り返したあと、きゅっと唇を引き結んだ。
――自分は、何を言おうとしたのか。いったい、何を、伝えたいのだろう。
彼女に、最後。
エージェントは任務ごとに暗号名を使い分ける。また、後任がそれを引き継ぐことも当然ありうる。
次に〝ヴァイオラ〟と会うとき、今隣に立つヴァイオラである保証は、何一つなかった。
火元に立っていたせいか、アリスのこめかみに、ひとすじ、汗が伝う。それを手の甲で拭いながら、アリスは頭を振った。静かに、目を閉じる。瞼の裏に、ひらりと美しい蝶が舞った。
「私、あなたから教わった料理、忘れません」
ずっと。
己が思い出せる、最大限の自分の笑顔を、アリスがヴァイオラに向ける。
眉の下がった、彼女の等身大の笑みに、少し驚いたのか、ヴァイオラが目を見開いた。
「――そのまま、笑っていてくださいね」
「え?」
アリスが思わず訊き返す。
「最後に笑うのは、あなたなんですよ」
ヴァイオラがある種、自信ありげに微笑んだ。
[1] 赤塚忠(一九七四年)『荘子 上』、集英社、「斉物論 第二」第七 胡蝶夢――物化寓話
[2] 水野稔 校注(一九五八年)『黄表紙 洒落本集』、岩波書店、「金々先生栄花夢」恋川春町画作




