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契約結婚を解約する方法  作者: 紡里


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7/8

無責任に逃げた者たち

元凶も「ざまぁ」されないと、ね。

暴力と犯罪の描写があります。

 煌びやかな夜会の入り口で、もめている夫婦がいた。


 従僕が招待状のない人は通せないと説明しても、いつもは入場できると言って譲らない。


 会場全体を統括している執事がやってきた。


「ようやく話がわかる者が来たか。ホッブス家のレイリーだ。入るぞ」

「いいえ、お通しするわけには参りません。平民となられたレイリー様」

 執事は腰を折ることなく、直立のまま言い切った。


「なんだと。話にならん。当主を呼べ」

「今までは前伯爵でいらっしゃいましたし、お取引先ということで便宜を図っていたにすぎません。他の招待客に迷惑にならないうちにお引き取りください」


「では、次回はちゃんと招待するように!」

 懲りずに、命令口調で言うレイリー。妻は彼の腕に手を置き、「今日は仕方ないですわね」と呟いた。


「招待する予定はございません。ホッブス家は爵位返上も秒読みとうかがっております。夜会どころではないのでは?」

「それは、息子の話だ。わしには関係ない」

 本気で、そう思っているレイリー。


 当然、執事は眉をひそめた。

「息子の話……ですか? ご自身は籍を抜いたから関係ないと?

 そんな理屈が通用するわけがないでしょう。

 積極的にご子息を支援して、共に領地を守るべきなのでは?

 責任を果たそうとせず自分だけよければいいという者を、当家の主人は大変嫌悪しておられます。ご存じですよね。

 では」


 話している間に、警備の者たちが夫婦を囲んでいた。



 離れたところから、当主と招待客たちがこちらを眺めている。

 華やかな照明に照らされ、手にグラスを持ち、闇を背負うこちらをニヤニヤと見ている顔。

 余興にするつもりだと気づき、怒りで血が逆流した。



 門で馬車を通してもらえなかったので、広い庭を歩いて屋敷まで来た二人は、また徒歩で戻らなくてはならない。

「普通、そこで帰るだろう」

「最近まで貴族だった者の行動とは思えないな」

 一緒に歩きながら、警備員たちは好き勝手におしゃべりをする。



 伯爵家の紋が入った馬車は息子に取り上げられたので、貸馬車で来たのだ。

 門を出ると、その馬車が消えていた。

 遠くから玄関でもめているのを見た御者は、貴族のもめ事に巻き込まれたくないと帰ってしまった。


 警備員たちは、途方に暮れる夫婦に構うことなく門の外に追い出した。

 一部は引き返し、残りは夫婦が再度入ってこないよう見張っている。



 こんなに明確に線を引かれるとは思っていなかった。



 仕事上、平民と接することもあったし、裕福な平民が爵位を買うこともよくあるし、近年、身分の垣根は低くなっている。

 今までの偉大な個人的功績の前には、肩書きなど大したことはない。領地は補佐官に任せ、新しい事業を拡大してきたのは自分だ。つまり、領地がなくても、「私自身」に価値があるということ。

 だから、関係を壊すような愚か者がいるとは考えもしなかった。


「もう、贔屓にしてやらん。後で吠え面かくなよ」と言わずにいられない。

 妻は「本当にねぇ」と、夫の気分を害さないように相槌を打つ。


「でも、馬車も駄目、家にも泊めてくれないなんて、親不孝者よねぇ。新婚さんの邪魔なんかしないのに」と、親子の縁を切ったことを理解していないような発言をする。

 夫は妻の言葉など聞いていないので、ぶつぶつと愚痴を重ねた。




 憤慨しながらホテルに向かって歩いている途中、突然、路地裏に引きずり込まれた。

 馬車で移動し、侍従や護衛がつくのは防犯のためでもある。

 それらを手放し、夜会に出る格好で歩いている者など、格好の餌食だ。


 恐怖に怯える二人の耳に、聞いたことがある声が飛び込んで来た。


「旦那様、奥様、お久しゅうございます」

 記憶にあるそれよりも、しゃがれて乾いた声。

 やつれて、汚れているが、息子がクビにしたというタウンハウスの執事だ。


 妻は助けを呼びに走ることなく、夫の袖をつかんでいる。


「お前、懐かしいのはわかるが、乱暴だぞ。

 それにしても汚いな。身なりを整えるのは基本だぞ」

 レイリーは怯えた自分を悟られないように、いつもより威張ってみせた。



 元執事は顔を伏せて、ぶるぶると震えだした。レイリーは感動しているのかと思ったが、そうではなかった。


「あなたたちが、息子をちゃんと育てないからこんなことになったのですよ!」

 元執事は、ぐしゃぐしゃになった新聞を開いて見せた。



「ホッブス家の凋落」という記事を要約すると……。


 妻を冷遇し、夜会にて破廉恥な浮気をして離婚。浮気相手と再婚。

 醜聞を嫌う取引先に切られ、慰謝料と新妻の散財で破産寸前。



「わしのせいじゃない。息子が不甲斐ないせいで……」と言いかけたとき、後ろから突き飛ばされた。


 膝をついてしまい、痛む後頭部を押さえながら顔をあげると、妻が羽交い締めにされていた。

 その男にも見覚えがある。


「いただけなかった退職金を、回収させてもらいますよ」

 別の女に、私は指輪を盗られた。この色っぽい泣きぼくろは、接客を主にしていたメイドだったかもしれない。


 妻のネックレスも耳飾りも外された。


「元使用人たちに襲われたとでも言いますか?」

 バチンと頬を張られた。


「もう貴族じゃないんでしょう? 平民同士なら、バレても即処刑ってことはないですからね」

 懐を探られ、財布と懐中時計を盗られる。


「私たちが自業自得というなら、旦那様たちも無罪放免とはいかないのでは?」

 上着を脱がされ、ステッキを取り上げられ、みぞおちを殴られた。


「元から愛情がないとは言え、坊ちゃまを見捨てるのは、どうなんでしょうねぇ」

 男が、せせら笑う。見覚えがあるような、ないような男だ。


「あ、愛情は、あるわ」震えるように妻が抗議した。


「幼い頃は気にかけず、構ってほしいとまとわりつくお坊ちゃまを払いのけ。

 青年になっても世間のことを教える時間も取らず、『わしの息子ならできるはずだ』と励ますつもりで、放置して。

 手探りで成長する猶予も与えず、早く成果を出せと追い詰め、失敗したら見捨てておいて?」

 元執事は、ステッキでレイリーの顎をあげさせた。


 次に、妻の額を軽く小突いた。

「産んだだけで手もかけず、女性恐怖症になるまで盛りのついたご令嬢たちの家に抗議もせず、傷を癒やすこともなく放っておいた……。

 そのどこに愛があるのでしょう?」 


 ステッキを土に突き立て、元執事は狂ったように叫んだ。

「そんなお坊ちゃまを大切に守らなければと奮闘し、追い出された我々も滑稽だ。

 あの女を無視するだけで、好きに外出させたのが悪かったか。しっかりと屋敷の奥に監禁すべきだったか。

 清廉潔白なお坊ちゃまには反対されたが、契約など無視して本当の夫婦にしてしまえばよかったのか」


 元メイドのひとりが元執事の背中に手を当てた。

 はっと、正気に返り、深く息を吐き出す。


「失礼いたしました。

 あなたたちがここまで堕ちてきたなら、先輩としていろいろ教えて差し上げますよ。

 その日を楽しみにしています」

 そう言って、元使用人たちは去って行った。


歪んだ愛情。

酒場や日雇い労働が続かなかったメンバーが、詐欺や窃盗で助け合っている状況。いずれ捕まったときに、さらに「お坊ちゃま」を苦しめるとは考えていない。

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― 新着の感想 ―
前当主夫妻を責めてるけど、元奥様への発言で執事も割とイやな人間だと分かるなぁ。 夫や実家だけじゃなく、結婚を認めた義両親や使用人元凶すべてにきちんとざまぁがあるのは意外に珍しいかも。
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