無責任に逃げた者たち
元凶も「ざまぁ」されないと、ね。
暴力と犯罪の描写があります。
煌びやかな夜会の入り口で、もめている夫婦がいた。
従僕が招待状のない人は通せないと説明しても、いつもは入場できると言って譲らない。
会場全体を統括している執事がやってきた。
「ようやく話がわかる者が来たか。ホッブス家のレイリーだ。入るぞ」
「いいえ、お通しするわけには参りません。平民となられたレイリー様」
執事は腰を折ることなく、直立のまま言い切った。
「なんだと。話にならん。当主を呼べ」
「今までは前伯爵でいらっしゃいましたし、お取引先ということで便宜を図っていたにすぎません。他の招待客に迷惑にならないうちにお引き取りください」
「では、次回はちゃんと招待するように!」
懲りずに、命令口調で言うレイリー。妻は彼の腕に手を置き、「今日は仕方ないですわね」と呟いた。
「招待する予定はございません。ホッブス家は爵位返上も秒読みとうかがっております。夜会どころではないのでは?」
「それは、息子の話だ。わしには関係ない」
本気で、そう思っているレイリー。
当然、執事は眉をひそめた。
「息子の話……ですか? ご自身は籍を抜いたから関係ないと?
そんな理屈が通用するわけがないでしょう。
積極的にご子息を支援して、共に領地を守るべきなのでは?
責任を果たそうとせず自分だけよければいいという者を、当家の主人は大変嫌悪しておられます。ご存じですよね。
では」
話している間に、警備の者たちが夫婦を囲んでいた。
離れたところから、当主と招待客たちがこちらを眺めている。
華やかな照明に照らされ、手にグラスを持ち、闇を背負うこちらをニヤニヤと見ている顔。
余興にするつもりだと気づき、怒りで血が逆流した。
門で馬車を通してもらえなかったので、広い庭を歩いて屋敷まで来た二人は、また徒歩で戻らなくてはならない。
「普通、そこで帰るだろう」
「最近まで貴族だった者の行動とは思えないな」
一緒に歩きながら、警備員たちは好き勝手におしゃべりをする。
伯爵家の紋が入った馬車は息子に取り上げられたので、貸馬車で来たのだ。
門を出ると、その馬車が消えていた。
遠くから玄関でもめているのを見た御者は、貴族のもめ事に巻き込まれたくないと帰ってしまった。
警備員たちは、途方に暮れる夫婦に構うことなく門の外に追い出した。
一部は引き返し、残りは夫婦が再度入ってこないよう見張っている。
こんなに明確に線を引かれるとは思っていなかった。
仕事上、平民と接することもあったし、裕福な平民が爵位を買うこともよくあるし、近年、身分の垣根は低くなっている。
今までの偉大な個人的功績の前には、肩書きなど大したことはない。領地は補佐官に任せ、新しい事業を拡大してきたのは自分だ。つまり、領地がなくても、「私自身」に価値があるということ。
だから、関係を壊すような愚か者がいるとは考えもしなかった。
「もう、贔屓にしてやらん。後で吠え面かくなよ」と言わずにいられない。
妻は「本当にねぇ」と、夫の気分を害さないように相槌を打つ。
「でも、馬車も駄目、家にも泊めてくれないなんて、親不孝者よねぇ。新婚さんの邪魔なんかしないのに」と、親子の縁を切ったことを理解していないような発言をする。
夫は妻の言葉など聞いていないので、ぶつぶつと愚痴を重ねた。
憤慨しながらホテルに向かって歩いている途中、突然、路地裏に引きずり込まれた。
馬車で移動し、侍従や護衛がつくのは防犯のためでもある。
それらを手放し、夜会に出る格好で歩いている者など、格好の餌食だ。
恐怖に怯える二人の耳に、聞いたことがある声が飛び込んで来た。
「旦那様、奥様、お久しゅうございます」
記憶にあるそれよりも、しゃがれて乾いた声。
やつれて、汚れているが、息子がクビにしたというタウンハウスの執事だ。
妻は助けを呼びに走ることなく、夫の袖をつかんでいる。
「お前、懐かしいのはわかるが、乱暴だぞ。
それにしても汚いな。身なりを整えるのは基本だぞ」
レイリーは怯えた自分を悟られないように、いつもより威張ってみせた。
元執事は顔を伏せて、ぶるぶると震えだした。レイリーは感動しているのかと思ったが、そうではなかった。
「あなたたちが、息子をちゃんと育てないからこんなことになったのですよ!」
元執事は、ぐしゃぐしゃになった新聞を開いて見せた。
「ホッブス家の凋落」という記事を要約すると……。
妻を冷遇し、夜会にて破廉恥な浮気をして離婚。浮気相手と再婚。
醜聞を嫌う取引先に切られ、慰謝料と新妻の散財で破産寸前。
「わしのせいじゃない。息子が不甲斐ないせいで……」と言いかけたとき、後ろから突き飛ばされた。
膝をついてしまい、痛む後頭部を押さえながら顔をあげると、妻が羽交い締めにされていた。
その男にも見覚えがある。
「いただけなかった退職金を、回収させてもらいますよ」
別の女に、私は指輪を盗られた。この色っぽい泣きぼくろは、接客を主にしていたメイドだったかもしれない。
妻のネックレスも耳飾りも外された。
「元使用人たちに襲われたとでも言いますか?」
バチンと頬を張られた。
「もう貴族じゃないんでしょう? 平民同士なら、バレても即処刑ってことはないですからね」
懐を探られ、財布と懐中時計を盗られる。
「私たちが自業自得というなら、旦那様たちも無罪放免とはいかないのでは?」
上着を脱がされ、ステッキを取り上げられ、みぞおちを殴られた。
「元から愛情がないとは言え、坊ちゃまを見捨てるのは、どうなんでしょうねぇ」
男が、せせら笑う。見覚えがあるような、ないような男だ。
「あ、愛情は、あるわ」震えるように妻が抗議した。
「幼い頃は気にかけず、構ってほしいとまとわりつくお坊ちゃまを払いのけ。
青年になっても世間のことを教える時間も取らず、『わしの息子ならできるはずだ』と励ますつもりで、放置して。
手探りで成長する猶予も与えず、早く成果を出せと追い詰め、失敗したら見捨てておいて?」
元執事は、ステッキでレイリーの顎をあげさせた。
次に、妻の額を軽く小突いた。
「産んだだけで手もかけず、女性恐怖症になるまで盛りのついたご令嬢たちの家に抗議もせず、傷を癒やすこともなく放っておいた……。
そのどこに愛があるのでしょう?」
ステッキを土に突き立て、元執事は狂ったように叫んだ。
「そんなお坊ちゃまを大切に守らなければと奮闘し、追い出された我々も滑稽だ。
あの女を無視するだけで、好きに外出させたのが悪かったか。しっかりと屋敷の奥に監禁すべきだったか。
清廉潔白なお坊ちゃまには反対されたが、契約など無視して本当の夫婦にしてしまえばよかったのか」
元メイドのひとりが元執事の背中に手を当てた。
はっと、正気に返り、深く息を吐き出す。
「失礼いたしました。
あなたたちがここまで堕ちてきたなら、先輩としていろいろ教えて差し上げますよ。
その日を楽しみにしています」
そう言って、元使用人たちは去って行った。
歪んだ愛情。
酒場や日雇い労働が続かなかったメンバーが、詐欺や窃盗で助け合っている状況。いずれ捕まったときに、さらに「お坊ちゃま」を苦しめるとは考えていない。




