嫡男たちの密談
ちょっと裏側の話。
スティーブ・ライトは紳士クラブの個室に誘われた。
「コーベット子爵家のウィリー殿。カードゲームのコツでも教えてくれるのかな?」
次期侯爵の自分に声をかけるなど不遜ではないかと、言外に皮肉を混ぜる。下位貴族からの媚びにいちいち付き合っていられない。
ウィリーはそんな扱いには慣れているとばかりに、怯むことなく要件を切り出した。
「高貴な方に不躾に声をかけましたこと、お許しいただきたい。
貴家のご令嬢の要望と、我が家の次男の初恋が利害の一致をみまして」
スティーブの片眉があがった。
我が儘で浪費家の妹。
それだけでも嫁ぎ先を見つけるのは大変なのに、「ジャック・ホッブスよりいい男でなければ嫌だ」とだだをこねている。
正直、修道院にでも放り込みたいのだが、溺愛する父親がそれを認める様子はない。
「……話を聞こう」
スティーブは呼び鈴を鳴らし、飲み物とつまみを用意させた。
給仕が部屋を出ると、ウィリーは扉の前に椅子を置く。
「鍵をかけてしまうといかにも『密談』でしょう。
ですから、扉を開けようとした者がいたときの用心に」
ウィリーがなんてことはないという風情で言う。
ただの下位貴族ではないかもしれない、そんな予感がスティーブの頭をよぎった。
互いのグラスに口をつけ、スティーブは目線で話すように促す。
「貴方の妹サマンサ様は、ホッブス伯爵に片想い継続中で、言葉は悪いですが嫁き遅れ。貴方にとって頭痛の種ですよね」
「君の末弟が養子縁組に入った家の主に、な」
忌々しいと顔が語っている。
「ホッブス卿をはめて、妹さんと結婚させませんか?」
「……今の妻は?」
「離婚したら、うちの次男が求婚します」
とんでもない発言に、スティーブは目を丸くした。
「おいおい。何を言っているんだ!」
「白い結婚ですから、問題無いと思います」
「なに? いや、少女小説で流行しているのは知っているが、実際にあるのか……生理的嫌悪がなければ、普通に抱くだろう?」
「キャリー嬢の義妹が、彼女の悪評を振りまいていたのをご存じですか。
ホッブス卿はそれを真に受けて、『悪女に騙されないぞ』とばかりに相互不干渉の契約を結んだのです」
「バカなのか?
調べればすぐにわかるようなお粗末な流言だったし、本人を見れば……。
しかし、なんで彼女から離婚しないんだ? 実家に戻れないからか?」
女性の地位が低いのでそう簡単ではないだろうが、あまりにも屈辱的な立場だろう。
「それが、閨も出産もしないですむのはラッキーだそうです。
離婚して次の縁組みで、『まともな結婚生活』をするより自由でいいと」
「そういう考え方もあるのか。『女の幸せ』を諦めたんだな」
実家で虐げられ、婚家でぞんざいに扱われたら、期待しなくなるかと同情する。
「いえ、それは『男が考える女の幸せ』だそうですよ。
意表を突いた発言が飛び出すので、次男も目が離せないようです。
貴方も散財する妹を片付けられて好都合ではありませんか」
……深く考えるのはやめよう。妹さえ片付けばいいと割り切ったほうがいい。
スティーブは、自分がとても常識的で保守的な人間だと感じた。
「ところで、肝心の彼女の気持ちは?」
「離婚が成立した後に必死で口説くでしょう。そこまでは面倒見ませんよ」
「はは、じゃあ、弟君の健闘を祝して、乾杯」
世話焼きのお兄ちゃんでした。




