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第九話

回 想

 失意の私に老女が声を掛けてくれた。私の過去の行いに生きる希望をもらったと言ってくれた。私はその言葉に報いるために、ひたすら単調な仕事に耐え続けた。そんな私に神様がチャンスを与えてくれた。神様はまだ私を見捨ててはいなかった。これがラストチャンスかもしれない。私はこのチャンスに人生を賭けようと思った。

 幸いにも工事課の上司は、福祉課にいた頃の上司と違って、話しを理解してくれる人だった。私があまりにしつこかったので、とうとう音を上げて、調査を行うことまでは許可してくれた。私にはそれだけで十分だった。

 私は都市計画を専門に研究をされている大学教授を訪ね、打開策についてアドバイスをいただいた。教授は交差点を跨ぐ跨線橋を建設して、物流車両を交差点に進入させないようにし、生活用の車両と分別することを提案してくれた。生活用の車両は東西南北の方向から交差点に流入してくるが、比較的速度が遅い大型の物流車両や工事用車両は、主に東西方向に走っている。この大型車両が生活車両に足止めされて動けなくなり、渋滞を引き起こしていると教授は分析した。

 大型車両は市街地へ向かうことはないため、交差点を通過させても問題はない。交差点の上空に跨線橋を作って、東西方向に大型車両を流してやれば、生活車両が動きやすくなり、渋滞は解消されるはずだ。


 私は設計コンサルタントに、跨線橋の建設が可能か否か調べてもらった。答えはイエスだった。周辺に住宅地があって難工事にはなるが、工場で製作したいくつもの鋼製の橋桁を現地でつなぎ合わせ、一度に架設する工法なら不可能ではないと言う返答だった。

 私はこの跨線橋の建設を推進すべきだと、市役所の中で強く主張した。市民の方々が不便極まりない生活を余儀なくされている、市役所職員が立ち上がらなくてどうするんだ、その思いを胸に私は上司に掛け合った。しかし、やはり建設コストが高過ぎる、予算の無駄使いだと市役所内部から猛反対を受けた。

 ―また志半ばで諦めなければならないのか。

 いや、私はもうあの時のような二の轍は踏まない。武子さんに必ず市民の役に立つことを成し遂げると約束したのだ。私は粘り強く上司を説いて回ったが、いつものことながら予算がないとの一点張りだった。


 私は予算の捻出方法を考えに考えた。寝ても覚めても考え続けた。しかし、どうしても妙案が浮かばない。どれくらい考えただろうか。二、三日の話ではない。何ヶ月もそのことばかりを考えながら仕事をしていた。絶対に諦めたくない、その思いはいつか現実のものになると信じ続けた。そして、ある日のこと、いつもと変わらずに工事の予算書を作成していると、ふと思い立ったことがあった。毎年何十件とある小さな修繕工事の中から、少しずつ予算を余すことはできないだろうか。今までは何十年も市役所に出入りしている土建屋が、何十年も変わらない施工方法で修繕工事を行なってきた。時代は進んで、低コストで品質の良い工法や新しい材料が開発されている。それを使って少しずつ予算を確保していけば、何年かかるかわからないが、いつかは塵も積もれば山となる。毎日飽きもせずに続けてきた予算書作成の知識が、こんなところで役に立つとは夢にも思わなかった。


 私の提案が受け入れられ、私は日本中の修繕工事に関する最新情報をかき集めた。新しい工法や材料は溢れるほどに市場に出回っていることがわかった。もっと早くに気が付いていれば、いろいろなことに予算を回せたものを・・・。私は古参の施工会社から総スカンを食らったが、そんなことで立ち止まっている暇はなかった。私はひたすら前に進み続けた。


 それから十年。私がかき集めた金は数億円に膨れ上がっていた。その間にあちこちから自分の部署にも金を回せと責め立てられたが、私は一銭たりとも譲歩することはなかった。一度譲歩すれば、水の入ったビニール袋に穴を開けたように、金は流れ出ることを止めない。私は市役所内で非難の的となり、孤立することになってしまった。市役所内に一日いても一言も会話をしない日もあった。気がおかしくなりそうな衝動に駆られる日もあった。しかし、私はあの武子さんとの約束を果たさなければ、私が私でなくなる。ただの役に立たない人間で人生を終えることになる。それだけは絶対に嫌だった。


 この頃になると、私も工事発注に対して采配を振るえる役職に就いていた。半ば強引に跨線橋の工事発注を推し進めた。内部から猛反発を喰らったが、資金を集めたのは本人を目の前にして発注の中止を主張するものは誰もいなかった。私の十年に渡る執念がやっと身を結んだのだが、度重なるバッシングに長年耐え続けたからだろうか、すでに私の身も心もボロボロになっていた。しかし、そんな私の健康状態とは裏葉に、市役所内での私の評価が突如として鰻登りに高くなっていった。


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