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第六話

回 想

 厚さ数㎝のアスファルト舗装の中に“私”は取り込まれてしまった。抜け出すことは絶望的だ。身動きが取れない私は、いつも見下していた作業員に屈辱的な思いをさせられ、想像を絶する痛みを味あわされた。私はこのままアスファルトの中で焼かれ、そして朽ちていくのだろうか。何とかここから脱出しなければ・・・。

 作業員が私の視界の中に入ってきた。私は開かない口でも何とかして声を張り上げようとしてみたが、やはりうまく声を出せない。私が被っていたヘルメットは、私が閉じ込められている場所の近くに落ちているはずだ。

 ―その辺にヘルメットが転がっている、私にトラブルが起こったことに気付いてくれ。

私は藁にもすがる思いで近付いてくる作業員の動向を見守った。やがて、作業員が私のすぐ横で立ち止まった。

 ―気付いたか。

 そう思った刹那、無情にも作業員はヘルメットを蹴り飛ばした。

「こんな所にヘルメットを置いていきやがって」

 その作業員は捨て台詞を残して、私の横を歩き去っていった。

 ―ばかな、現場の道具を足蹴りにするやつがあるかぁ。

 私の期待を裏切って、作業員は何も気付いてはくれなかった。もう誰かが私を助けてくれるチャンスは巡って来ないのか・・・。

 ―全く使えないやつらだ。

 私は苛立ちとともに、大きなため息を吐き出した。


 私は動かない口でうめき声をあげ続けた。その声が作業員たちに届く可能性は万に一つもないが、だれかに助けてもらう手立てが、それ以内に思い付かない。しかし、その声もやがて枯れ始めてきた。

 ―なぜだっ、なぜだれも気が付かないんだ。

 ―私は所長だぞ、所長がいなくなったんだから気に留めろよ。

 ―おれがこの工事を発注したんだ、おまえらが給料をもらえるのはおれのお陰だぞ。

 私は作業員たちに対する恨みの念を言葉に変換して心の中で唱えてみたが、それもすぐに虚しくなって止めてしまった。恨み節のリピートが消えた私の頭の中に、思い出したように聞こえてきた声は、バーベキューの時に工事課長が言っていた都市伝説の台詞だった。


『所長、ご存知ですか。舗装工事に最中に現場監督や作業員が行方不明になるって話し。さっきまで作業をしていたのに気が付いたらいなくなっていたらしいですよ。舗装工事の時になると、魔物でも出るんですかね』


 ―まさか人が消えたってのは、人がアスファルトに飲み込まれたからなのか。

 ―確か世の中のルールを乱した人物がターゲットにされていたはずじゃなかったのか。

 ―それならなぜ私なんだ。

 ―市政を淡々とこなしてきた私が消されるなんて、絶対におかしい。

 ―これは何かの間違いだ。私ではない誰かと間違えられたんだ。

 今度は都市伝説に対する恨み節が私の心を席捲した。同じフレーズの恨み節が私の心の中で何度もループしていた。しかし、そのループもやがて虚しくなってしまった。何を恨んだところで、ここから脱出できる訳ではない。


 私は何とかしてアスファルトに閉じ込められたことを誰かに伝えられないかと考えた。作業員たちが何度となく私の近くを通り過ぎたが、声が出せない上に身動き一つ取れず、皆私のすぐ傍を通り過ぎていくばかりだった。

 一人の作業員が私の右の掌と思われる部分を踏んだ瞬間に、私は動かない腕に力を入れてみた。作業員が立ち止まった。

 ―ここだぁ、ここに閉じ込められているぅ!

 私は指先から念を送ってみた。過去に念を送るような行為をした経験はなかったが、やれそうなことは何でもやってみるしかない。作業員が自分の足元を見下ろし、そして私の身体と思われる部分の上に跪いた。

 —そうだ、ここにいる、私を掘り出してくれ!

 その思いも虚しく、作業員は安全靴の紐を結び直すとそそくさと立ち去って行った。私はもう絶望するしかなかった。

 —もうここから出られないのか。

 私はもう一度右腕に力を込めてみた。やはり力が入らない。ペラペラの腕ではアスファルトを突き破るような力にはとても満たない。足も動かそうとしてみても同じだ。あと数日もすれば、車両の供用が開始されてしまう。そうなったら、私が閉じ込められている車道は自動車しか通らない。人に見つけてもらうことは不可能だ。さらには自動車に何度となく踏みつけられる運命が待っている。

 もう絶望しかない。私は脳裏にこのままアスファルトの中に埋もれ続け、焼かれた自分の体が朽ちていく映像が薄っすらと見え始めてきた。その映像は少しずつ鮮明になっていくほどに、生き延びようとする希望が少しずつ薄れていくことがわかった。


 ふと気が付くと、私が生まれてから現在に至るまでの映像が頭の中に映し出されていた。人は死の間際にそんな走馬灯のような映像を見ると聞いたことがある。どうやら私の死が近いようだ。


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