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第四話

回 想

 部下たちは私を労ってくれる。この橋梁工事の完成を心から喜んでくれる。なぜだろうか、私は素直に喜べない。もうこの工事に対する情熱が失せてしまっていたのだろうか。それとも、私がただ単に冷めた人間に成り下がってしまったのだろうか。私のような感情の薄れた人間が、舗装工事中に行方不明になるのかもしれない。

 ダンプカーが続々と現場内に進入してきた。自動車と言うより走る要塞だ。積載しているアスファルト合材の独特の臭いが、現場中に立ち込めた。何かが焦げたような、いや違う、何にも例えられない嫌な臭いだ。

 数台のダンプカーが橋梁の手前で一旦停止すると、一台のダンプカーが地面を響かせながら私たちの前を通り過ぎ、そのまま黒く塗りつぶされたコンクリート床版の上へと進入していった。この橋梁を最初に走る自動車がこれなのかと思うと、現場監督たちが少し気の毒に思えたが、これも市民の方々にこの橋を活用していただくためには必要な工程だ。やがてそのダンプカーが所定の位置に着くと、荷台が持ち上がりアスファルト合材がどっとフィニッシャーのホッパーの中に落とされた。そして、スファルト合材の敷き均し作業が始まった。


 主任監督が近くで作業の状況を見ることができるように、稼働を始めたフィニッシャーの方へと私たちに誘導してくれた。私たちは橋梁の上を歩いて、ダンプカーがいる場所へと少しずつ近づいて行った。

「熱いっ!」

 私はダンプカーから発せられる熱風に、思わず声をあげてしまった。幸いにもその声は作業員たちには聞こえなかったようだ。作業員たちは、フィニッシャーからコンクリート床版に敷き均されていくアスファルト合材の様子に集中していたのか、私の声に気が付かなったようだ。とにかく作業員たちに私の声を聞かれなくてよかった。作業員たちに申し訳ないと言うより、デスクワークに浸っている軟弱者と思われたくないと言うのが本音だ。それにどんなところから悪評が広まって、市民の間に浸透するかわからない。不用意な発言は絶対に聞かれてはならない。


 ダンプカーが入れ替わり立ち代わり現場内に入って来ては、アスファルト合材をフィニッシャーの中に落として去って行った。作業はトラブルもなく順調に進んでいたが、繰り返される同じような光景を何度も見続けていると、さすがに飽きてくる。私はふと目の前の敷き均されたアスファルトが、どれくらいの熱さなのか知りたいという衝動に駆られた。

 部下たちは、いつの間にか工事状況の写真を撮るために私の傍から離れ、作業員たちの迷惑そうな顔を他所に重機の周りを動き回っていた。私は一人、転圧されたアスファルトの上に足を踏み入れてみた。安全靴越しでは足の裏で温度を感じることはできなかった。そこで私はしゃがみこんで右の掌をアスファルトの表面にかざしてみた。近づけただけで軍手越しに手が焼けるような熱さを感じる。やはりアスファルトはまだ飛んでもない温度を保っている。アスファルトが敷き均されている場所は、それなりに気温も高くなっていることだろう。こんな場所に長居をしていては、さらに汗だくになってしまう。必要な作業は部下たちに任せて、私はこの場を早々に立ち去ろう、そう思って腰を上げようとしたその時、私の手元近くでアスファルトが微かだが盛り上がってくる様子が見えた。

 —これはアスファルト特有の現象なのか。


 真夏の炎天下だ。直射日光を受け過ぎて、アスファルト合材の温度が高くなり過ぎると、敷き均した後に部分的に膨らんでしまうような現象でも起きているのか、私は安直にそう思った。それは次第に膨張を増し、手の平くらいの大きさにまで大きくなっていった。高さは2~3㎝くらいだろうか。このまま大きくなってしまえば、車両を走らせることができなくなる。今のうちに転圧し直しておかなければ、後から補修すればまた時間と金がかかる。どうにか収まらないものかと私は右の手の平でそのこぶを上から軽く押してみた。こぶはびくともしない。今度は力を込めて押してみたが、それくらいでは元に戻らない。私はさらに勢いをつけて、渾身の力で押してみた。その瞬間に私の右の手の平がずぼっとそのこぶの中にめり込んでしまった。

 —これはまずい、作業員に余計な仕事を増やしてしまった。

私は悪びれた気持ちと共に、アスファルトの中にめり込んだ右手を引き抜こうとした。しかし、どうしたことかなかなか右手が抜けない。それにアスファルトの中にめり込んだ右の手の平が、底というものを感じない。何かアスファルトの中に別の空間があるような感触だ。

 —一体どうなっているんだ。

 左手で右腕の手首を持って、渾身の力を込めて引き抜こうとしたがびくともしない。私は必死で右手を引っ張りながら得体の知れない違和感を覚えた。アスファルトに埋まっている右の手の平に厚みを感じないのだ。困り果てた私は、大声で作業員を呼ぼうとしたが、重機の陰にいて姿が見えない。その時だった。私の右腕がずるずるとアスファルトの中に引きずり込まれ出した。

「何だ、これはぁ!」

 何かが私の右腕を引っ張っている、まるで舗装の向こう側に別の宇宙があって、引力が私を引きずり込んでくるようだ。右腕に焼けるような熱さを感じるが、底なし沼のように底を突くような感覚がない。さらにはアスファルトに引きずり込まれた右腕は、ぺらぺらの紙のように厚みの感覚が失われていく。

 —何が起きているんだ。このままだと身体ごと飲み込まれるっ!


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