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第三話

回 想

 視察のために部下を連れて工事現場に向かった私は、また退屈な時間を過ごしていた。所長という立場で、現場の細かい説明など聞く意味もない。私の肝いりの工事だったから視察に同行しただけのことだ。それにしても暑い。さっさと終わらせて、冷房の効いた涼しいオフィスに早く戻りたい。

「所長、やっとこの工事が完成しますね。やっとここまで漕ぎ着けましたね。本当にお疲れ様でした」

 工事課長が感慨深そうに、私に語り掛けてきた。

「そうだな。長かったな」

 私はそれなりの表情を浮かべて返事をしておいた。

「所長の長年の夢でしたからね。ぼくらも所長を見習って、市民の方々のお役に立てることをやっていきます」

「その意気だ。頑張ってくれよ」

 工事課長は涙目でそう言うのだが、どうも私には茶番に思えて仕方がない。


 それにしても、主任監督の後ろに並んでいる作業員たちの態度が目障りだ。主任監督が汗だくで説明をしているのに、ぺちゃくちゃとにやけた顔をしながら、作業員同士で雑談をしていた。明らかに私たちへのリスペクトなどないようだ。私たちの大切なプロジェクトの最終工程を視察に来ているのに、そんなことはお構いなしのようだ。この橋梁が、市民の方々にとって生活の利便性を大きく変える。そんな自意識など欠片も感じない。どうやら私と彼らとでは、住んでいる世界が違うようだ。


 主任監督は説明を終えると、私たちに作業開始の意思をアイコンタクトで伝えてきた。工事課長が頷いて見せると、主任監督は私たちがいる場所からはるか後方に待機していた重機のオペレーターに手を振って合図を送った。重機たちから地を振るわせるようなエンジン音が鳴り響き、橋梁に向かって移動を開始した。私の目の前を通過して行ったのは、アスファルト合材を敷き均す自走式フィニッシャー、それを転圧するタイヤローラーだ。いつ見てもでかいマシンだ。

 工程は最初にアスファルト乳剤をコンクリート床版の上に散布する。アスファルト乳剤はコンクリートにアスファルト合材をしっかり接着させる役割がある。その上にアスファルト合材を敷き均して行くのだが、大きな重機が狭い橋梁の上でひしめき合うことは事故につながる。だから、綿密な機材の配置計画が必要になる。


 アスファルトの敷設は、当然だが橋梁の端から行われる。プラントで作られたアスファルト合材を積載したダンプカーは、私たちがいる橋梁端からまだ舗装されていないコンクリート床版の上を走行し、もう一方の橋梁端で待機するフィニッシャーに取り付けられているホッパーの中に、アスファルト合材を落とし込んで行く。積み荷が空になると再びコンクリート床版の上をバックで走行し現場から離脱する。入れ替わるように別のダンプカーが同じ作業を繰り返して行く。このような手順を踏めば、ダンプカーは敷き均されたアスファルトの上を走行することなく作業を行うことができる。


 フィニッシャーが合材を吐き出しながら敷き均して行くのだが、そうしても隅々までケアすることができない。そこで、その後を追うように作業員がT字型のトンボと呼ばれる道具を使って合材の敷き均しを補助していく。トンボとは2mほどの長さの木の棒の先に、平たい板が取り付けられた道具で、その形がトンボに似ていることからそう名付けられたらしい。野球場の土を均すときにも使われているものと同じものだ。言うなれば、敷き均し作業の仕上げをするようなものだ。さらにその後からタイヤローラーで敷き均された合材の転圧を行うことになる。合材自体はぱさぱさした物質であり、自動車が走れるほどに固くするには転圧が必要になる。


 主任監督の合図により、フィニッシャーとタイヤローラーが反対側の橋梁端に向かって移動を開始した。移動が完了すると、アスファルト乳剤の散布が始まった。アスファルト乳剤は、いわば接着剤のようなものだ。白いコンクリート床版の表面が黒く塗りつぶされていく。私は何かきれいなコンクリートが汚されていくような気がしたが、これも必要な工程だ。それなのに・・・。乳剤も隅々まで機械で散布することができないため、後追いで作業員が手作業で散布するのだが、その作業が実に雑だ。橋梁の左右には通行する車両がハンドル操作を誤って路下に落下しないように、暑さ20~30センチメートルの鉄筋コンクリートで造られた壁高欄が設置されている。その壁高欄は磨かれたようにきれいに仕上げられているのに、作業員たちは遠慮なく乳剤で壁高欄を黒く汚していった。


 コンクリートの床版は舗装に隠れてしまうが、壁高欄はこの先何十年もドライバーの目に触れる。汚れたまま永遠に放置されることになる。現場監督たちはきれいな橋を造ろうと努力してきたはずだ。それに、市民の方々だったきれいな橋を渡りたいはずだ。それなのに・・・、きれいな状態で竣工を迎えるように配慮しようという意識が、彼らにはないのだろうか。見た目も汚らしい人間は、やることも雑になるのだろうか。なんとも嘆かわしいことだ。

 なぜなのだろうか、私はふと工事課長が昨日言ったことを思い出した。

 ―舗装工事中に行方不明になる人がいる。

 なぜ思い出したのかはわからない。フィニッシャーに人間が巻き込まれたら、跡形もなくなる。タイヤローラーに踏み潰されたら、遺体は残るだろうが誰なのか見分けがつかないだろう。過去に起こった行方不明事件は、あってはならない事故によるものなのだと重機を見ながら、私はそう思っていた・・・。


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