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第十一話

回 想

 走馬灯の回転が止まった。私はその時点で死ぬはずだった。しかし、なぜだろうか、死ぬ間際になって、生きる希望がつぼみのように小さく膨らんでいた。失望に流され、失望に心を支配され、失望に奪われた生きる気力が、なぜ人生が終わる瞬間に私の心に蘇ってくるのだろうか。

 私が失ったものは何だったのだろうか。所長になってから気にしなかったことが、死ぬ間際になって知りたいと思った。


 ―市民を大切と思える心・・・


 なぜそんな大切なものを手放してしまったのだろう。所長になってもう雑用をしなくてもよくかったからか、市役所内での人間関係に疲れてしまったからか、どちらにしても自分を肯定する理由にはならない。

 私は私の家族も手放すのか。いや、自分の命と引き換えにしても守り抜くはずだ。市民に対する私の覚悟が、その程度のものだったということなのか。何十年も力を尽くしてきたはずなのに、そんなに簡単に手放してしまえるものだったのか。


 ―私にとって大切なもの・・・、家族、市民、市役所の部下たち・・・


 私がいなくなれば、私の家族、妻と子はこれからどうやって生きていくのだろうか。

 私がいなくなれば、私に代わって市民の不満を解消し、生活を向上させてくれるのだろうか。

 私がいなくなれば、部下たちは悲しんでくれるのだろか。


 —このまま死ぬのか。

 諦めと後悔の念が、変わらず私の心を席捲していた。


 私は目を閉じて、身体が焼かれアスファルトの中で腐敗してく運命を受け入れようとした。そして目を閉じると、アスファルトを介して無数の足音が聞こえてきた。その足音のどれもがゆったりとしたリズムなど刻んでいない。何かに追われるように縦横無尽に動いているようだが、適確に統率されている。私は目を開けて、足音が聞こえる方角に目をやってみた。そこには十人余りの作業員の姿があった。皆の顔に笑顔などない。灼熱のアスファルトの上で汗を流し、熱気に顔をゆがめながら、必死でアスファルト合材を敷きならしていた。

 —こんな暑い場所で辛くはないのか。

 私は彼らのことを、身形が汚くて、がさつで、礼儀など知らない男たちと思っていた。しかし、なんだ、どうしてなんだ、この過酷な環境で手を抜くこともせず、一心不乱にアスファルトと格闘をしている。

彼らは私の大切な市民だ、そんなことすらわからなくなっていたのか。


 作業員の傍らで写真を撮り続けている部下たちを見た。作業員に迷惑がられても、良い画像を撮ろうと動き回っている。額の汗は流れ続け、作業服は汗で色が変わっている。

 —こんなに頑張ってくれていたのか。

立身出世のために、私に媚びを売ろうとしている嫌な人間だと思っていた。しかし、彼らの真剣な顔と眼差しに嘘など微塵も感じない。

 彼らも大切な市民だ、私は何を勘違いしていたのか。


 私は何も知らなかった。こんな姿にならなければ、気付きもしなかった。なんと愚かなことだ。こんな後悔の念を抱えたまま、この世と惜別しなければならないのか。そう思うと私の頭の名で走馬灯が再び回転を始めた。いや、違う、走馬灯なんかじゃない、走馬灯にしては哀愁がない。何か若かった頃の私が、今の私にフラッシュバックと共に語り掛けて来るような古き日の映像だ。


 街灯の灯りが消えてしまったと連絡があれば、軽自動車で駆け付けて電球の交換をした。一人暮らしのご老人の家を一件一件回って、元気でいるかどうか調べて回った。台風が近づいてくると、雨具を着て小学生たちが無事に帰宅できるようにずぶ濡れで道路に立ち続けた。市民の方々と汗だくになって街中の清掃を行った。そんなことを数え上げれば切りがない。若かった私は、市民のために街中を駆け回っていた。あの頃の情熱は、どこに消えてしまったのだろうか。私はどこで行くべき道を間違えてしまったのだろうか。


 —生きたい。

 私の心の中にもう一度生きたいという思いが沸々と湧き上がってきた。


 —もっと沸き上がれ、もっと、もっとだぁ。

 私の心中でふつふつと沸騰してきたその念と共に、全身の力を右腕に集中させ、渾身の力を込めて伸びきった腕を肘から屈曲させた。


「うおぉぉぉぉぉ―!」

 体が壊れてもいい、ここから這い出して、生きて、生きて、私はもう一度人生をやり直す。


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