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第十二話(最終話)

回 想

 走馬灯の回転が止まった。私はその時点で死ぬはずだった。しかし、なぜだろうか、死ぬ間際になって、生きる希望が小さなつぼみのように膨らんでいった。失望に流され、失望に心を支配され、失望に奪われた生きる気力が、なぜ人生が終わる瞬間に私の心に蘇ってくるのだろうか。ここから脱出したい、そしてまた生きたい・・・。


 私の叫び声とともにもう一度、右腕に力を入れてみた。今度は簡単には諦めない。

 ―必ず突き破ってみせる。

 アスファルトは相変わらず頑丈だ。しかし、今度の私にはエネルギーがみなぎっている。私ののどが割れようが、腕が引きちぎれようが、このアスファルトを破壊してみせる。少しだが、ほんの少しだが、右手の指先が動いた。今までびくともしなかったアスファルトが、ほんの少しだが動いた、

 ―やれる!

 私は一旦力を抜いた。次のトライに全てを賭ける。深呼吸を何度も繰り返し、呼吸を小刻みに繰り返した。そして呼吸が整った瞬間に、全神経を右腕に集中させた。

 ―動けっぇぇぇぇぇ!

 右手の手首が起きかがった。親指以外の指の第一関節から先が、アスファルトの表面に飛び出した。飛び出した指に厚みを感じる。私はまだ固まりきらないアスファルトを、右手の指で少しずつ握りつぶしていった。やがて、右手の手の平がアスファルトの外に出た。今度は手の平に厚みを感じる。

 次は右肘を起点にして、右腕を力の限り曲げてみた。なかなかアスファルトは動かない、それでも諦める訳にいなかい。しかし、なかなかアスファルトは砕けない。

 ―やはりだめか。

 その時だった、武子さんの顔が私の目の前を過った。

 ―ここで諦められるかぁ。

 もう一度、右腕に力を込めた。なぜなのか急に力が沸いてきた。私はその勢いのまま、右腕でアスファルトを突き破った。今度はアスファルトから外に出た右腕全体に、厚みの感覚が戻っている。

 ―次は左腕だぁ。

 今度は私の左腕がアスファルトを粉砕した。そして自由になった両腕でアスファルトを押し返して、上半身を持ち上げようとした。アスファルトは粘り強く私の上半身にまとわりつく。しかし、少しずつ、少しずつ、アスファルトがひび割れていった。

 ―これで終わりだぁぁぁぁぁー。

 私の上半身が、ゆっくりと粉々になったアスファルトの中から、真夏の陽炎の中のその姿を現した。



 次は私の両足がアスファルトを破壊した。全身に厚みを取り戻し、アスファルトの上に立ち上がった私の身体は、元通りに戻っていた。全身の持てる力を一瞬で使い果たしたようだ。何とか起き上がったが、歩くことすらままならない。しかし確かに身体の感覚が戻っている。

 —生きている。

 その実感を抱えたまま、私はふらふらと作業員たちがいる方へと歩いて行った。作業員たちは私に気付いていたようだが、皆知らぬ顔をしていた。


 私は夢遊病者のように歩き寄り、作業員の一人にもたれかかると、無意識に彼の手からトンボを奪い取っていた。その作業員は呆気にとられて、私の顔を見ていた。私は奪い取ったトンボで、一心不乱にアスファルトを敷き均し始めた。

 熱い、辛い、苦しい、しかしなぜか無性に嬉しい。私は我を忘れて敷き均し作業を続けた。その私の右腕を、だれかがそっと掴んだ。

「ぼくの仕事ですから・・・」

 作業員の一人が優しい目でそう言ってくれた。私の目から止めどなく涙が溢れ出た。そして心の底から思った。

 —この人たちが閉じ込められなくてよかった。





「おい、ちゃんと敷き均したのか。ここ、ばかでかい穴が空いてるぞ」

 主任監督が怒鳴り声を上げた。

「えっ、ちゃんと均して転圧もしましたよ」

 作業員の一人が怪訝そうな顔で、現場監督のもとに駆け寄ってきた。

「えっ、監督、この穴、なんか人の形・・・してませんか?」

 その作業員は不思議そうに言った。

「あぁ、そう言われれば、そう見えるなぁ。何でもいい、固まる前に早く埋めてしまえ」

 主任監督がそう言うと、作業員たちはあっという間にその穴を埋めてしまった。


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