act-6 諦めから始めましょうか…
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
紘一は諦めたように、フードコートの端の席で美咲と顔を突き合わせていた。
とりあえず龍騎のおかげで、テレビタレントとあわよくば知り合いになりたい一般人疑惑は解いてもらえたらしい。
が、代わりに、視線が紘一の胸ポケットに注がれている。
どこまでいっても、問題になるのは依り代らしい。
ただ、今回ばかりは、龍騎が悪いとは言えない。
「見せて!」
「だから……」
紘一から溜息が漏れる。
どう考えても、生成AIではない。
いや、最近のAIは大したものだと思う。
話しかければ、こちらの意図を汲み、会話の流れに合わせて返事をしてくれる。
ときには、息遣いまでご丁寧に再現する。
友達の代わりになるという話も聞くくらいだ。
そのうち、人と見分けのつかないヒューマノイドも登場するかもしれない。
あの少年も、いまでは子供時代の面影を残さないおじさまに成長しているが…本当に映画で描いた世界が実現するのかもしれない、などと思ってしまう。
言葉にしきれないニュアンスまで察したような受け答え。
かと思えば、時々ずれたことを言い、間違いを指摘すれば素直に認める。
そんなやり取りを繰り返しながら、少しずつ会話が噛み合っていくようになる。
人の話を聞けない老害に比べてもずっと人らしい。
いや、そんな話をしている場合じゃない。
そもそも、こいつはどうやってしゃべっているんだ?
考えたこともなかったが…
ぬいぐるみなのに…
口も動かないの…
後で聞いたら教えてくれるだろうか。
龍騎の中に詰まっているのは綿だ。
一応、宝玉というものが入っていて、それを依り代にしているのだが…
どう考えてもオカルトな状態。
そんな説明をしたら、おかしな人と思われるのは必須だ。
どうして、咄嗟とはいえ、生成AIなどと口走ってしまったのだろう。
我ながら、苦しい言い訳だ。
「ねえ! 聞いてる?」
美咲の声に紘一がびくっとして顔を上げた。
「ああ、聞いてる。聞いてるけど……」
紘一は胸ポケットに手を当てた。
どう説明したものか。
言い訳をした本人が、いちばん説明できずにいた。
「あ」
「何?」
「電話、無事?」
「え?」
「戻ってきてもらわないと、帰れないぞ」
「………」
美咲の瞳が一気に潤んでいく。
こぼれそうで零れずに留まっている水の玉にドキドキしてしまう。
この状況は反則でしかない。
「おい、あれは泣く手前の顔だぞ」
囁くように、『僕はぬいぐるみです』のような顔で微動だにせずに龍騎が言う。
もう泣いている…と龍騎には教えてあげるべきだろうか。
ただ……見なかったことにするのが、礼儀かもしれない。
「紘一…お前の出番だろう」
余計なことをタヌキが囁く。
「なんで俺の出番なんだ」
小声で言い返してから、紘一は気づいた。
龍騎の声は、いつもより少しだけ静かなことに。
それでも、その声は美咲に届いていた。
そう思ったとき、彼女がふとこちらを向いた。
目が合った。
「あ~、車で宮城入りする予定だった?」
咄嗟にこぼれた言葉が火に油を注いだ。
美咲の頬を涙が伝い、テーブルへと落ちた。
結局、男は戻ってこなかった。
美咲のスマホもうんともすんとも言わないし、美咲自身連絡をつける気が無いように見える。
これはいったい何の罰ゲームだろうか。
ふとそんな事を考えながら美咲を眺めてしまう。
それにしても…
光の下で見る神谷美咲は、また違った印象を与える女性だった。
すらりと伸びた手足に、均整の取れたスタイル。
整った顔立ちに、すっと通った鼻筋。
長い睫毛に縁取られた瞳は印象的で、柔らかな光を受けると、その奥に確かな輝きが宿る。
32歳という年齢にふさわしい大人の落ち着きと、見る者の視線を自然に引きつける華やかさ。
ただ美しいだけでは、芸能という世界でいつまでもいることはできない。
そこには様々な努力が必要なのだろうと思う。
それに加えて、人前に立つ人には幾つかの要件がいるようだ。
それを彩といい、華というらしい。
まぁ、その辺は疎い紘一が判るわけもないのだが…
そもそも…神谷 美咲は、かつて人気絶頂を誇ったアイドルグループのメンバーだった。
時代の流行廃りというのは、ときには残酷なものだ。流行程度に浅識だがその程度のことは紘一も押さえている。グループのデビュー期から人気が最高潮に達するまで在籍していたこともあり、いかに疎くとも紘一も名前だけは知っていた。
美咲は、十代でデビューし、歌やダンス、テレビ出演など、華やかな世界の中で経験を積んできた。均整の取れたスタイルと整った顔立ち。人目を引く華やかさに加え、カメラを向けられたときに自然と表情を作れる天性の勘も持ち合わせていた。
ただ十年近く、第一線を走り続けた彼女は、人気絶頂の時期に卒業を決意した。それも人気絶頂時に卒業を決意する。
惜しむ声は少なくなかった。まだまだグループの中心として活躍できる。そんな周囲の声を振り切っての決断だった。事務所側は卒業後の厳しさを分かっていたからこそ、引き留めていたのかもしれない。
そして遺留されたことで、自分を勘違いしたのかもしれない。
卒業後は、ソロタレントとして新たな道を歩み始める。
でも、グループ時代の人気が、そのまま個人の活動につながるほど芸能界は甘くない。
思うように仕事が増えない時期もあった。
かつては当たり前のように届いていた出演依頼も、いつしか待つことの方が多くなった。
それでも、この世界で食べていくと決めたのだろう。
オーディションにも積極的に参加し、それなりにテレビに出続けることは成功した。
何よりもそれを支えるのは、美咲を忘れずに応援し続けるファンの存在だ。
出演情報を追い、イベントに足を運び、今も変わらず声援を送ってくれる人たち。世間の関心が新しいアイドルやタレントへと移っていく中でも、彼女を応援することをやめないファンがいた。だからこそ、美咲も簡単に立ち止まるわけにはいかなかった…のかもしれない。
応援してくれる人たちの期待に応えたい。その気持ちは、いまも変わらない。
だが、芸能界で仕事を続けていれば、好意的な人間ばかりに出会うわけではない。
表向きは応援しているように振る舞いながら、結局は自分に都合のいい関係を期待している者。仕事上の付き合いを利用して、あわよくば親密な関係になれないかと距離を詰めてくる者。美咲の容姿や知名度に惹かれて近づいてくる人は、決して少なくないだろう。
もちろん、誰もがそうだというわけではない。純粋に仕事を評価してくれる人もいれば、長年応援してくれるファンもいる。
だからこそ、相手の言葉の裏にあるものを見極めなければならない。
愛想よく振る舞うことも、笑顔で受け流すことも、芸能活動を続ける上では必要だった。
でも、それが好意と勘違いされることもある。
一度や二度なら、笑って済ませることもできただろう。
それでも、同じような経験が積み重なれば、人を信じることにも慎重になったのかもしれない。
何にせよ、人前に立つことを仕事にする者が持つ、独特の存在感が美咲にはあった。
表情ひとつ、視線の動きひとつで、その場の空気を変えてしまうような力。意識して作り上げたものなのか、それとも生まれ持ったものなのか。龍騎に聞けば考えるかもしれないが…彼女には、人に見られることを仕事にする者としての輝きのようなものがあった。
だが、今の彼女からは、その片鱗さえ感じられない。
乱れた髪。力なく落ちた肩。焦点の定まらない瞳。
本来なら人目を引くはずの美貌も、今は疲労の中に埋もれていた。
当たり前と言えば当たり前だが…
「なぁ、もう飽きた」
ポツリと龍騎が呟く。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です。
よろしければお付き合いください。




