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その恋、僕には関係ないはずですが…手を放しませんか?  作者: 麒麟


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9/9

act-7 君子危うきに近寄らず…だったかな……

本作品はフィクションです。

登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。

また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。

「さて…そろそろ行きますね」

 紘一は、龍騎の呟きをこれ幸いと美咲に声を掛けた。

 とりあえず、スマホの無事を確認した。痴話喧嘩の仲裁は役目ではない。よしトラブルの解消……トラブルは自分には全く関係がないのにと、小さく息が漏れた。

「えっ…」

「俺、運転しないといけないので」

「……それで?」

 美咲は、細い首を少し傾げ、整った瞳でじっと紘一を見上げてくる。

 その瞳は、素でしていても、演技でしていても反則にしか思えない。

 少なくとも、遠巻きに様子をチラチラと見ているギャラリーにすればいいネタにしかなっていない。

 ……確か、女優の真似事のようなこともしていた。

 演技力はよく解らないが、台詞は棒読みだった気がする。

(え…そっち?)

 瞳がウルウルとしはじめる。

 その潤んだ眼差しで『まさか私をここに置いていくの?』と無言で訴えかけてくる。

 気のせい!

 そんな言葉を頭に浮かべながらも、その瞳には、それを伝えるだけの目力があると感じてしまう。

 連れて行くのは問題がない。目的地が一緒なのだから…

 ただ、男と女。

 美咲は痴話喧嘩中。

 連れて行ってトラブル以外になるとは思えなかった。

「取り敢えずトイレ済ませよう」

 ポツリとこぼして、紘一はレストルームへと足を向ける。

「あ、ちょっと…つめたくない?」


 トイレを済ませると、紘一は律義にフードコートに足を向けた。

 美咲の姿は見えなかった。

 一応、ショップを一通り見て回ってから外へと出た。

 夜の空気が、昼間より少し冷たく感じられた。

 トイレも済ませたことだし、飲み物でも買おうと歩き出したときだった。

「だから、放して!」

 女の声が響いた。

 紘一は思わず足を止める。

 声の主は、美咲と見知らぬ男。

 美咲の横にキャリーケースがある。

 どうやら恋人同士らしい。

「もういいって言ってるでしょ!」

 美咲の声がエキサイトし始めている。

 何が起きたのだろう。

 男はさっき騒ぎを起こした男ではないようだ。

 ただ、美咲も相手のことを知っているような対応に見えなくもない。

 そして、人の目を惹く美咲は、人の少ないはずのSAで人だかりを創り出す。

 いい意味でも、悪い意味でも、注目を集めるタイプのようだ。

 周囲にも人はいる。

 だからこそ、大声を張り上げる二人が妙に目立っていた。

 そして、お約束のように誰も助けにいかない。

 厄介事にしかならないのは目に見えている。

 だから、紘一も、こそっと車に戻ることにした。

「もう放っておいて!」

 ぱん!

 美咲の手が、男の頬を打った。

「待てよ」

 男が美咲の腕を掴む。

「こんなところでどうするんだ。帰れないだろう」

「そんな言い方……貴方には関係ないでしょ!」

「じゃあ、どうするつもりだ!」

 ついに男の声も張り上げられた。

 美咲が男の腕を振りほどいた。

 そのままフードコートの方へと向かう。

「あ」

「……どういうこと?」

 エキサイト中の美咲は声こそ張り上げていないが、刺々しい雰囲気で紘一に声をかける。

 当然のように、周囲の視線も紘一に集まる。

「えっと…いなかったから」

「………」

 美咲の口にきゅっと力が入った。

 鼻がひくひくと動く。

 目に涙がいっぱい溜まるまでそれほどの時間はかからない。

 キャリーケースにかけた手に力が入るのがわかってしまう。

「あ…お迎えはいいの?」

「………」

「ちっ! 勝手にしろ!!」

 吐き捨てるような怒声が響いた。

 その騒ぎが拡散されるまでに時間はかからなかった。

 美咲は、キッと紘一を睨みつけてレストルームへと足を向けた。

 そんな美咲の後ろで、タイヤに悲鳴をあげさせながら、車が走り抜けていった。

 脇を抜けていく美咲の背を紘一は見送るしかなかった。

 周りの視線に混ざって向けられているスマホの数々に。


 紘一は、寝具を片付けると運転席に回って準備を始める。

 龍騎はセンターコンソールに座って、その様子を眺めている。

 紘一にバージョンアップしてもらった右手で器用に旧スマホを操作する。

 導電繊維とかいうものを編み込んであるスマホタッチペンの先っぽを移植してもらった。

 これはこれで快適に使えていて満足だ。

「今日はこれにしようかな…何て読む?」

「墜落と廃人…だな」

「JKの意味は」

「女子高生…」

「大人のドラマか?」

「子供向けではないな…」

 答えてから、紘一は小さく息を吐く。

「……龍騎」

「なんだ?」

「俺、飲み物買ってくる」

「さっき買ったぞ」

「そうだったな」

 わざとらしくそう返して、ドアを閉めて紘一は自動販売機の方へ歩いた。

 トイレ前のベンチで座ったまま動きそうにない女を見つけてため息を漏らす。

「……大丈夫か?」

 結局、声を掛けてしまった。

 美咲が顔を上げる。

 泣いていたことを隠そうとするように、慌てて目元を拭った。

「……大丈夫です」

 大丈夫な人間は、そんな顔をしない。

 そう思ったが、紘一は口にしなかった。

「そうか」

 それだけ言って、自動販売機に向き直る。

「温かいのと冷たいの、どっちがいい?」

「……え?」

「飲み物」

 美咲は困ったように紘一を見る。

「……温かいの」

「了解」

 がこん!

 ペットボトルのお茶を手に取り、差し出す。

「どうぞ」

「お茶?……ありがとうございます」

 受け取る指先が、少し震えていた。

「まあ……ここ、SAだからな」

「知っています」

「6時間は車の移動だよ」

「……いいの?」

「ただ…」

「ただ?」

「変な生き物がいるけど」

「…爬虫類も昆虫も大丈夫です」

「あ、そう。おしっこはいい?」

「いなくなりませんか?」

「信用ないな」

「逃げたくせに」

「………」

 紘一は苦笑を添えて、手を上げ気味に『さぁ?』とジェスチャーをして見せる。

 美咲は「もぅ」と言い残してトイレの中へと消えていった。

 紘一の足元にキャリーケースを置いて…


 紘一は、何も聞かなかった。

 恋愛の話なんて、聞いたところで他人がどうこうできるものでもない。

 ただ、泣いている人間に温かいものを渡すくらいなら、してもいい。

 そう思っただけだった。

 自分の行動を正当化しておく。

 そもそも、人に施しができるほど裕福な生活はしていない。

「お待たせ」

 美咲が笑った。

 目元には、まだ涙の名残がある。

 それなのに、口元にはいつもの愛らしい笑みが浮かんでいた。

 きっと、こういう顔をすることに慣れているのだろう。

 心配をかけないように。

 何でもなかったことにするように。

 でも、笑顔を作るまでのわずかな間を、紘一は見ていた。

 それでも彼女は、何事もなかったように笑ってみせる。

 その笑顔が、妙に胸に残った。

 テレビで何度か見た笑顔とは違う。

 誰かに見せるために整えられたものではなく、泣いて、困って、それでも笑おうとした人間の顔だった。

 紘一は、何も言わずに視線を外した。

「じゃあ、俺は行くから」

「え?」

「俺の車、あの辺に停まっている黒のバンね…2~3時間は走るから必要なものは買っておいで」

 紘一は,キャリーケースに手をかけた。

 そのまま、外に出ようとする

「あの……」

 呼び止められる。

「ん?」

「……どうして、声を掛けてくれたんですか?」

 紘一は少しだけ考えた。

「さあ」

 そして、いつものように笑う。

「放っておけなかったんじゃないか?」

 美咲は答えなかった。

 ただ、缶コーヒーを両手で包むように持った。

 紘一はそれ以上何も言わず、龍騎の待つ車へ戻った。


「お前、また拾ったのか?」

 キャリーバックを車に積もうとした紘一に龍騎が声をかける。

「『また』ってなんだ。それに拾ってねえよ」

「泣いてたぞ」

「見れば分かる」

「そういうところだぞ」

「何がだよ」

「後ろ…」

「……あ、邪魔じゃない?」

 美咲が車内を覗き込みながら声をかけた。

 しっかりと言い合いをしている。

 自分がいま喧嘩したばかりだから、気になってしまう。

「変な生き物がいるけど…嫌じゃなかったら」

 紘一は、美咲が車に乗れるように助手席の方へと身体をずらした。

「あ、前の方がいい?」

「大丈夫ですよ、お邪魔にならなければ、後ろで」

お読みいただきありがとうございます。


基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。

ご意見、ご要望あればうれしいです。

アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。


今回、チャレンジ企画に挑戦!です。

よろしければお付き合いください。

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