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その恋、僕には関係ないはずですが…手を放しませんか?  作者: 麒麟


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7/9

act-5 恋の始まりは…いつでも突然です?

本作品はフィクションです。

登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。

また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。

 視線を落としたくない。

 咄嗟に紘一はそんなことを思った。

 思った筈なのに…視線が落ちてしまう。

 見事なまでに、つま先の下にスマホがある。

 記憶が正しければ『ディオ』とかいうタイプのスマホだ。

 最上位モデルなら、会社員の月給が丸ごと飛んでいくような高級品だ。

 できれば『ゴリラが踏んでも壊れない』という商品に包まれていることを期待したい。

 …いや、そもそも、紘一(おれ)が悪いのか。

 恐るおそる持ち主だろう女を見る。

 視線が合う。

 女はくすっと笑った。

 その笑みに紘一は溜息をついた。

 不可抗力とはいえ、踏んでしまったのは事実だ。

『足元をよく確認してから歩きなさい!』と美里に言われていたな、と思い出す。

 美里は何故か足元に物を置く癖があった。

 机の上も、リビングも綺麗なものだ。

 来客があっても、慌てて片付ける必要なんてない。

 基本的に誰かを家に招き入れるタイプではない。

 プライベートを見られるのは恥ずかしがる。

 それ故に、人を受け入れる範囲は整理整頓されている。

 編集部のデスクもそうだ。

 左右のデスクが資料で山積みになっていても、美里のデスクだけはきちんと整理されている。。

 それが、寝室だけは別だった。

 普通に誰かを招き入れることはない。

 引き戸を開けても、目に入るナイトテーブルやベッド周りは綺麗に整頓されている。

 掛け布団も、畳まれて置かれている。

 問題があるのは、壁際だ。

 寝室に入らなければ見えない部屋の隅には、読みかけの本やら、買ったまま開けていない雑貨やら、いつか整理するつもりらしい引っ越しの段ボールが積み上がっている。

 それらは時折、何かの拍子に雪崩を起こす。

 その原因になるのは、ほぼ紘一だが…

 本人はそのたびに「あとで片付ける」と言うのだが、その『あとで』がいつ来るのか、紘一は知らない。

 仕事ではあれほど几帳面なくせに……

 いや、いまは美里の話をしている場合じゃない。

 足元には、高級スマホ。

 目の前には、その持ち主。

 紘一は苦笑しながら、頭をかいた。

 どう考えても、現実逃避をしている場合ではなかった。

 困りながらもスマホを拾い上げる。

 画面は割れていない。

「大丈夫かな?」

 スマホを女に差し出しながら、紘一は尋ねた。

「あ……」

 彼女は気まずそうに眉を下げ、立ち上がって小さく頭を下げた。

「すみません。うるさかったですよね」

「いえ。何のことか」

 紘一は、ふっと口角を上げた。

 何もなかった。

 そんな素振りを見せながら、ふらりとなった女性の腕をサッと掴んだ。

「あっと…すまない。つい」

 女は、肩をすくめた。

 少し遅れ気味に笑みを添えてくれる。

 どこか寂しそうな笑みを浮かべる美咲に、紘一は戸惑った。

「えっと…動作チェックをしますか?」

「……あ、そうですね」

 女は、紘一の手からスマホを受け取った。

 自然に添えられた笑顔にドキッとする。

「あ…」

「?」

「神谷美咲…」

「…はい。えっと、嬉しいな。知っていてくれるなんて」

 言葉とは裏腹に、美咲は手を勢いよく引いた。

 紘一の手を振り払うように。

「えっと、ごめん。よくは知らない」

「何言っているの?」

「あ…え~、仙台についてから調べるつもりだったら、資料も見てなくて…その、ごめん」

 紘一は、一歩下がって深々と頭を下げた。

 その勢いに、狸のぬいぐるみが美咲の方へと飛ばされた。

「きゃっ」

 小さな悲鳴とともに、美咲は身を交わそうとする。

 何か黒い塊が突然飛んで来たら、避けるのは普通のことだ。

「ダメ、受け止めて!」

「え」

 美咲は、慌てて手を出して黒い塊を片手でキャッチした。

「ぐえっ」

 握りしめた手から狸の身体だけが飛び出している。

 恐る恐る美咲は手を開いた。

 パサッと軽い音がこぼれる。

「酷い…」

 ムクリと身体を起こしながら龍騎がつぶやく。

 紘一は、その唖然とする美咲を見つめながら、もう一度頭をかいた。

 言い訳というものは、相手が聞いてくれて初めて通用する。

 残念ながら、そういうものは通用しそうにない。

「重ね重ね申し訳ない」

 紘一は、何もなかったように狸のぬいぐるみを拾い上げる。

 何もなかったような顔で胸ポケットに直す。

「いま喋ったよね」

「あ~、いま研究中の生成AIなんだ」

 言ってから苦しい言い訳だと痛感する。

「もう少しマシなこと言えよ」

 龍騎が紘一の顔を見上げながら言う。

 このまま、何処かに投げてしまおうか。

 そんなことを思ってしまう。

「見せて!」

「駄目でしょう」

 紘一が一歩下がる。

 詰め寄られる形で建物の方へと追い詰められていく。

「おい、知り合いだろう?」

 龍騎が、紘一にだけ聞こえる声で言った。

「知り合いにもなっていない。初顔合わせだ」

「! お見合いとかいうやつだな」

「……だから何だ」

「愛は後で育むタイプだ」

 龍騎がドヤ顔で言ってのける。

「全然違う」

「写真をもらって、日時を決めて会うのだろう? 紹介者の手前、断るのは失礼だぞ」

「………」

「なんだよ」

「後で説明するから」

 紘一はジリジリと迫ってくる美咲から下がっていく。

 美咲は、まだ何か言いたそうに紘一を見つめている。

 その視線から逃げるように、紘一は胸ポケットを押さえた。

 スマホを踏んだだけのはずだった。

 それなのに、どうしてこうなった。

「……先が思いやられるな」

 胸ポケットの中から、龍騎の笑い声が聞こえた。

 美咲は、すっかりスマホのことを忘れているらしい。

「ちょっと、見せてってば!」

「だから、駄目だって」

 胸ポケットの中では、龍騎が楽しそうに笑っていた。

「よかったな、紘一。春が来たぞ」

「……お前、あとで覚えてろよ」

 旅は、まだ仙台にすら着いていない。

お読みいただきありがとうございます。


基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。

ご意見、ご要望あればうれしいです。

アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。


今回、チャレンジ企画に挑戦!です。

よろしければお付き合いください。

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