act−4 必然、偶然?
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
男の声だけが虚しく響いていた。
女は何もなかったように歩いていく。
男の声が届いていないのか、それとも無視しているのか。
一目瞭然すぎて、逆に眺めている方が戸惑ってしまいそうだ。
ここで男が取れる選択肢はたぶん二つ。
追いかけるか……去っていくか……
どちらにしても、みっとも良いものではない。
まぁどちらにしても、紘一には関係がない。
「おい!」
男の声が女の背を追いかけるように張り上げられた。
女は何事もなかったように建物へと向かっていく。
それを男は声だけで戻そうとする。
これまでの力関係が垣間見えるような横柄ぶりだ。
だが、それに応じる気配は女にはない。
焦れたのか、男は駆け出し、後ろから女の手首を掴んだ。
そのまま、強引に振り返らせる。
「おい!」
「放して!」
女が強引に腕を振りほどいた。
「ちっ、勝手にしろ!」
男は、吐き捨てるように叫んだ。
感情に任せて怒鳴りつける。
相手がびっくりして、自分を見失ったところで優しい声をかける。
それで、女はいうことを聞くはずだったのだろう。
そうやって今まで女を思い通りにコントロールしてきたのだろう。
そのとき、男のポケットからメッセージアプリの新着通知音がピロンと響いた。
見落としたくないのかもしれないが…彼女じゃなくても気づくだろう。
ちらっとスマホを見れば、モニターには必要な情報が踊るだろう。
「ほら、返事しなくていいの?」
ぱん!
女の冷ややかな一言にキレたのか、次の瞬間、乾いた音が夜の駐車場に響いた。
左頬を打たれた女の体が、大きくよろめいて右へと倒れ込む。
その瞬間が、どこかスローモーションのように見えた。
ただ手で叩いた。
そんな言い訳でも用意しているのだろうか。
残念ながら、振り上げられた男の腕は野次馬に確認されている。
そんなことを咄嗟に考えるほど、女は勢いよくバランスを崩して倒れた。
男へと視線が集まる。
その視線は、無言で男が悪いと責めている。
男は横に停めていたセダンへと慌てて戻り乗り込んだ。
ドアの閉まる音が、夜の駐車場に硬く響いた。
次の瞬間、タイヤが悲鳴をあげ、赤いテールランプが本線へと消えていった。
野次馬の視線は、スマホのレンズ越しになっている。
撮影……肖像権など有って無いような扱いになっている。
自分が他人に無許可で写されるのは嫌うくせに……
どれだけの人がこの非道を…いや、醜態を動画で配信するのだろう。
そして、それを、どれだけの人が撒き散らすのだろう。
もっとも、そんな心配をする義理も権利もないので、紘一はスッキリと忘れることにする。
ただ…少し唖然としてしまう。
スマホを二人に向けていた連中は、潮が引くように一斉に散っていく。
不思議なくらいに音が消えた気がする。
もちろん気のせいだ。
昼間ほどではなくても、まだ雑踏は普通にある。
「『シーン』というやつか?」
龍騎が胸ポケットから這い出るようにして肩へよじ登ったかと思うと、耳元でぽつりと囁いた。
その間抜けた一言に、紘一の口元からふっと苦笑が漏れる。
ネットの動画か何かで覚えた知識だろうが、相変わらず間の良い狸だ。
そして……男が去り、何事もなかったかのように夜のサービスエリアは元の静けさを取り戻す。
あとに残されたのは、あまりの出来事に唖然としたままアスファルトの上で尻もちをついたまま、ぼんやりと空を見上げている女だけだった。
灯りの届きにくい駐車枠の片隅で、ぷつりと糸が切れたようにその場にへたり込んでいた。
アスファルトの冷たさも気に留めず、ペタンとお尻をついて座り込んでいる。
投げ出されたスラリと細い足元には、片方だけ脱げかけたハイヒール。
「……はぁ」
小さく吐き出されたため息とともに、彼女は頭を後ろへ反らせ、漆黒の夜空を呆然と見上げていた。
街路灯のオレンジ色の光が、彼女の横顔を鮮明に浮かび上がらせている。
小顔で通った高い鼻筋、すっきりと引き締まったラインを描く顎のシルエット。
三十代前半らしい落ち着きと、ハッとするほど凛とした目元を持つ綺麗な女性だ。
モデルのようにスラリと伸びた背格好は、きちんとしたブラウスとスラックスを着こなしているだけに、路上にへたり込んでいる姿との落差が余計に際立っていた。
乱れた髪が頬に張り付き、疲れと虚無感で焦点の合わない瞳でぼんやりと空を仰いでいる。
整った容姿だからこそ、その『疲れ果てた呆け顔』にはどこか影があるようにも紘一には見えた。
理由のない哀愁……そんなものを漂わせている気がした。
(……踏んだり蹴ったりだな、おい)
紘一はサンダルの踵を鳴らしながら、その整った横顔を遠目に見やった。
男との不毛な押し問答に、心底愛想が尽きたのだろう。
戦う気力も怒る気力もすべて使い果たした。
そんな空気だけを漂わせている。
建物の中から向けられる視線には『あわよくば』という不穏なものが見え隠れするようだ。
ただ、彼女はそんな視線を完全に無視している。
夜空の闇の中に自分の存在を溶かし込もうとしているかのような…
無防備で投げやりな姿……
その横を、何も無かったように紘一は通り過ぎた。
どうせただの痴話喧嘩だ。
頭が冷えれば、あの男も戻ってくるだろう……そう思いかけた瞬間、ふと足が止まる。
(いや待て。ここは高速道路のサービスエリアだぞ? すぐに戻って来られるわけがない)
一度本線に出てしまえば、次のICまで行って折り返してくるしかないのだ。
(……まあ、気にしても仕方がない。行こう)
余計なトラブルを避けようと意識しすぎたのが災いしたのか。
カシャン…
足元で鳴った音に紘一は視線を落とした。
通り過ぎようと……意識しすぎて、落ちていたスマホを…
「あっ…」
すぐ下から柔らかな困惑の声が漏れ聞こえた。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です。
よろしければお付き合いください。




