act-3 出会いって…しれっと?
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
「うまかったか?」
胸ポケットから、龍騎がひょいと顔を出して尋ねた。
蕎麦の匂いにあれだけはしゃいでいたくせに、紘一がラーメンを選んでも、文句のひとつも言わなかった狸のぬいぐるみ……キーホルダーサイズだ。
「ああ。普通」
混雑を避けて時間をずらしたせいで、Pasar守谷の建物を出ると、空の端に残っていた茜色も、すっかり消えていた。
「……ライターのくせに、言葉に火がつかんな」
龍騎は、うなだれるように頭を垂れた。うまいことを言ったつもりだったらしい。
だが、返事はない。紘一は、暗くなった空を見上げていた。
手には、持ち歩いても問題のない茨城土産の袋。干し芋に納豆、守谷のミルク工房のヨーグルトを使ったというバームクーヘン。地元の生産者の名前が入った品を選んでしまうのは、半分は職業病だ。
出入口の手前で足を止め、紘一はスマホを取り出した。
時間を確かめ、メモ機能を起動させたかと思うと、車道へふらりと降りた。
Pasar守谷。首都高を抜け、常磐道に入って最初のサービスエリア。
コンセプトは『憩いの森』だったかな。
そんなことを思いながら建物の方へと振り返る。
木のぬくもりを意識した造りに、やさしい曲線が重なっている。
上り線の建物とは、また少し趣が違うらしい。
取材である以上、裏付けは必要になるが…すでに多くの情報が発信されているだけに…
とりあえず、自分の動きを思い出すために建物をフレームに収めておく。
ショップ棟の明かりは、暗くなった駐車場を柔らかく照らしている。
買い物袋を提げた人々が行き交い、車の間を縫うように歩く家族連れの姿もまだあった。
昼間の賑わいとは違う。
夕暮れの景色とも違う。
夜には夜の表情がある。
紘一は、運転席のドアに手をかけたまま、何となく周囲を見渡した。
乗用車用の駐車スペースには、ちらほらと空きが見える。
大型車用の区画からは、低いエンジン音が途切れることなく響いていた。
このまま走り続けるか、ここで休むか。
急ぐ旅でもない。
「一休みか?」
紙袋の中から、狸の顔がひょっこりと現れた。
「どうするかな。お前は、急ぎたいか?」
「いや……というか、俺に急ぐ理由はないだろう」
龍騎は苦笑するように口元を緩めると、開け放たれた運転席のドアからシートへとぴょんと飛び移った。
いつの間にか、車の中での過ごし方を覚えたらしい。
いまでは、紘一が以前使っていたスマホで動画を見るのが定番になっている。
「まぁ、慌てる必要もないしな」
紘一は運転席のドアを閉め、車の左側面に回ることにした。
ぬいぐるみのはずなのに、スマホに集中していると車酔いを起こす不思議な生き物もいることだし。
スライドドアを開けると、小さな事務スペースの奥に、ベッドが組まれていた。
仕事場であり、寝床でもある。
車中泊を紹介する動画を思い出し、紘一は小さく笑った。
頑張れば、自分も車中泊系の旅ユーチューバーくらいにはなれるかもしれない。
……いや、そんなに簡単なら、誰も苦労はしないか。
そんなことを考えながら、紘一はベッドに身体を横たえた。
「龍騎、何かあったら起こしてくれ」
「何かとは、何だ?」
「さぁな。火事とか、事故とか……」
「ずいぶんと物騒だな」
「冗談だよ。まぁ、外で騒ぎがあったら頼む」
「分かった」
返事だけは頼もしい。
横になっても、頭の中のメモ帳は閉じなかった。
守谷。平将門が少年時代を過ごしたとされる、相馬郡の一角。
終焉の地と伝わる坂東市も、ここからそう遠くない……が、今回の仕事では必要がない。
紘一は自身にそう語りかけ……目を閉じた。それでも苦笑だけは漏れる。
高速道路のサービスエリアは、夜になっても完全な静寂に包まれることはない。
誰かが休み、誰かが旅を続け、誰かがこれから走り出す。
それぞれの事情を抱えた人々が、ほんのひととき同じ場所に集まっている。
紘一は、そんな空気が嫌いではなかった。
やがて、外の音も意識の向こうへと遠ざかっていく。
次に目を覚ましたときも、きっとここは同じ夜の中にある。
少なくとも、そのときの紘一はそう思っていた。
目を覚ましたのは、怒鳴り声のせいだった。
「おい、紘一」
胸の上に、龍騎の重み…気持ち的なものだが…があった。
「騒ぎだ。お前が言っていたやつだ」
「……火事か?」
「違う。人間が揉めている」
紘一は身体を起こし、耳を少し澄ます。
車内外の音は行き来しないように車には加工をしている。
それでも、窓ガラスを通して音は入り込んでくるものだ。
ベッドから這い出るようにして、運転席の影から周囲を確認する。
「あっちだ」
ダッシュボードの上に立ち、龍騎は左横あたりを指した。
紘一は、スライドドアを指一本ぶんだけ開けた。
冷えた夜気が、するりと車内に流れ込んでくる。
少し離れた駐車スペースで、男と女が向かい合っていた。
「信じられない! もう別れたって言ったよね」
「そう言っているだろう!」
男の声は怒声と言ってもいいかもしれない。
「だったらどうして『今晩は来てくれないの?』というメッセージなの?」
「お前、盗み見たのか」
「……だったら、メッセージ表示をやめなさいよ」
女の一言に龍騎がバッと振り返った。
「あ〜、メッセージアプリの機能の一つだよ」
紘一は溜息を添えて言う。
興味に関係なく、自分の知らないことは知りたいらしい。
節操のなさはいいのだが、興味がもてないとそれ以上……追求しない。
「…そうなんだ」
龍騎はクルッと騒ぎの方に視線を戻した。
「だから…行ってないだろう!」
男は声を張り上げた。
こう言う光景をみると妖怪ぬらりひょんを思いだす。
なんお根拠も裏付けもなく、声を大きくして、相手を脅かす。
いまどきでいうなら、ハラスメントというものだ。
自分よりも弱い相手にしかできないのが残念なことだが、別に珍しくもない。
そいつらが使うものは意外に身近なところにある。
例えば会社上の付き合い…上顧客であったり…
年齢…
性別…
虎の威を借るものもいる。
結局、自分の力ではないのが特徴なのかもしれない。
「なぁ、紘一」
「ん?」
「掻い摘んでいうと?」
「………」
「ライターの癖に」
「言えばいいと思っていないか?」
紘一は苦笑をした。
「遅々として進まん」
「…あ〜、感情的になっているからな」
「で?」
「浮気? 男は浮気相手と別れると言ったが、別れていないという奴だろう」
「女々しいというやつか」
「……だいぶん使い方は間違えているけどな」
紘一は苦笑しながら、サンダルを取り出し、ドアを開けた。
静かな夜の駐車場。
ただドアを開けるだけの音でも、視線を引き寄せる。
女と目があう。
知らない顔をして、紘一は、サンダルを履きながら車を降りた。
周囲のトラックの窓でカーテンが揺れる。
覗き見をする人は多数いても…その渦中に首を突っ込む人は少ない。
もちろん、紘一にはそんなつもりはない。
ただ喧嘩を聞きながら安眠できるタイプではない。
やめてほしい。
それだけだ。
男が罰悪そうに振り返った。
そして気づく。
思っている以上に見られているという事実に。
再び視線を女に向ける。
「呆れた。勝手にすれば」
女は、そう言って男に背を向けて建物の中へと足を向けた。
「ふざけるな。こんなところでどこに行く気だ!」
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です。
よろしければお付き合いください。




