act-0 prologue 愛があるからこそ……意外に繋がっています
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
小田切は時計に目を向けた。
スマートウォッチが主流になりつつあるのに、いまだにクロノグラフを愛用している。
色々と便利な機能があるスマートウォッチに憧れないわけではないが…アナログが好きだ。
まぁ、ただの拘り。
そう言われてしまえばそれまでの話だ。
「そろそろ…」
そう呟くと大将がカウンター越しに小さなカードを差し出してくれる。
メモや伝票でもいいのに…小洒落たカードに勘定額を書き、裏返しにして置かれた。
それを受け取り、クレジットカードと一緒に戻すようにして渡す。
会話らしいものもなく、軽く会釈だけのやり取り。
カードと領収書が届くまでの間に、瓶に残っているビールをグラスに注ぐ。
少し店の雰囲気を愉しむように、視線を泳がせてから、ビールを飲むと席を立った。
店を出る際に、クレジットカードを受け取り「ありがとうございました」という声に足を止めた。
声を掛けてくれた店員に、会釈をしてから「ご馳走様」と返して店を後にした。
「恰好良い人ですね」
女性店員が小田切の背を見送りながら大将に声を掛けた。
「そうだな。スマートになったよな…」
「なった?」
「まぁ、アイツは大丈夫だけど、あれと同じ雰囲気のおっさんには騙されるな」
「おっさん?」
「憎めないいい奴だけどな」
大将はニカッと口角を上げて笑う。
その本当に楽しそうな笑顔が店員には印象的だった。
駅へと向かいながら小田切は、歩道橋の上で足を止めた。
スムーズに流れていく車の流れを眺めながらふ~っと息を吐く。
案の定、美里は戻ってこなかった。
葉月も捕まえられたかもわからない。
連絡もくれない…これも想定内だ。
仕事では連絡ミスは少ないのに…私的な要件は報告が抜けまくる。
それはそれで憎めない部分でもある。
三枝美里は、仕事に関しては妙に真面目だった。
気が強くて、言いたいこともはっきり言う。
そのくせ、感情が顔に出るから分かりやすい。
怒っていると思ったら、泣きそうになり、泣きそうになったかと思えば意地を張る。
しっかりしているようで、どこか危なっかしい。
だからなのか、小田切はつい余計な口出しをしてしまう。
…ときどき手出しもしてしまうのは反省点ではある。
少しくらい甘やかしてもいいか、と思わせる妙な可愛げがある。
本人は、そんな周囲の甘さに気づいているのか、いないのか。
小田切にとっては、可愛い後輩だ。
手摺に背を預けるようにして空を見上げると満月?と思わせる月が雲の隙間から顔を出す。
そういえば…あの人…鳴海は神話や御伽噺が好きだったな、とふと思い出す。
月の女神…そんな話もしていた。
やっぱり、一人で飲むのは得意じゃない。
少し飲みすぎたようだ。
余計なことを思い返してしまう。
生暖かい風が頬を撫でてくれるだけでも心地よさを感じてしまう。
ふと居酒屋の店員に振られた話をふと思い出す。
『小田切さんにも、無条件に愛している人、いますよね?』
その問いかけに、小田切は左手の薬指を見せていた。
親指でクイクイッと動かしながら苦笑を添える。
それだけで、それ以上、訊かれることはない。
無条件ということであれば妻を愛している。
デキ婚といわれる形だが、一男一女をもうけた平穏な生活をしている。
お互いが勢い…だから、結婚してから愛を育んでいる。
と、言えるようになるまで…ホントに色々とあった。
記者としての限界を感じることもあれば…
夫であることにも…
父であることにも…
限界というものを突き付けられた気分になった。
荒れるというわけではないが、仕事という言葉に逃げていたのは自覚がある。
求められた以上の仕事はしていた気がする。
そこにしか逃げ場がなくて…いまにすればブラック過ぎる仕事のやり方だ。
苦笑が自嘲気味に漏れてしまう。
別に会社が押し付けたわけではない。
自分で、それを仕事としてやっていただけ。
鳴海も朝倉もその仕事のやり方を良しとはしていなかった。
働くだけ働いたら遊べ。
それが鳴海の口癖だった。
『遊べない奴に、きちんと仕事ができるわけがない』と乱暴な理屈は押し付けてくれるが…
ホント憎めない人だ。
そのおかげで救われた部分も多くある。
『愛の形は、人それぞれだぞ』
そう悪戯な笑みをこぼしながら鳴海が言った。
あの居酒屋の、入り口近くのカウンター席。
家庭の不満を漏らす小田切に『結婚を人生の墓場にしない』と大将が軽口を挟む。
その軽口に唖然としたのは、『大将×2だから、話半分で』と鳴海に言われたからだ。
二人の軽口の応酬。
その終盤で、鳴海が不意に動きを止めた。
店内のガヤガヤとした音の中で、手にしたロックグラスを見つめて、どこか寂しげに笑う。
少しだけ、視線を小田切の方へと流したかと思うとグラスの、氷へとむける。
カラン。
氷が不意に崩れるようにグラスの中で音を立てた。
雑踏が聞こえなくなった気がする。
『でもさ…本当に愛って最初から必要なのかな?』
『一目惚れが悪いわけじゃない』
『溺愛するのも悪くない』
『でも、自分に合った距離で、想いで相手を知ろうとするのが大切だと思うのは俺だけかな』
ポツリポツリと置くように、鳴海は言ってくれた。
照れくさいのか、視線も、身体も小田切には向けないままに。
その言葉のひとつひとつが小田切には染み込んでくるような気がした。
気が付くと涙がこぼれていた。
カウンターに水たまりができるくらいに…ボロボロと零れた。
その瞬間まで、自分が鳴海を素直に認められずにいたことに気づいた。
その理由は明白だった。
朝倉葉月のせいだ。
最初の配属で朝倉に出会った。
朝倉は、絶世の美女というわけではない。
ただ、傍にいると自然と視線が向いてしまう女性だった。
肩口で揃えられた黒髪は、艶を残しながらも、邪魔にならない程度に整えられている。
遊軍と呼ばれる何でも屋にいるのが不思議な人だった。
鳴海と同じく課長が手放したくない記者だと知ったのは朝倉に転属辞令が出たときだった。
様々な雑誌編集部から声がかかるのは、取材力が高いだけではなく企画もこなすからだ。
助っ人先で成績を残してきている仕事のできる女。
周りが頼る分だけ、その期待に応える努力家の面も見え隠れする。
彼女は運というものと無関係なのかもしれない。
全て自分で実力で手繰り寄せている。
細い輪郭。
切れ長の目。
感情を表に出しすぎない視線が、どこか近寄り難い印象を作っていた。
そのことを指摘すると、苦笑いしながら、『女であることを除いて評価されたい』と言った。
雰囲気だけじゃなく、ダーク系を基調とするファッションもそれに拍車をかけていることを伝えた。
すると『単純に汚れが目立たないから、気にしていなかった』と笑う。
その落ち着いた色合いは、不思議と朝倉によく似合っている。
流行を追わない代わりに、自分の空気を持っている女性。
笑えば、周りの男は放っておかないのに、誰にも靡こうとしない。
笑うことも少ないクールな編集者の印象は強くなる。
ただ、ごくたまに口元だけを柔らかく緩める瞬間がある。
その表情を見ると、この女性に惚れる男は少なくないとわかる。
新人だった小田切もその一人だった。
認めてほしくて頑張った。
でも小田切を見染めたのは助っ人先の編集部の先輩だった。
何となくの流れ…
何となくの雰囲気…
そして、繰り返される時間は、届かない想いに蓋をするために。
だから分かっていた。
朝倉が誰に魅かれていたのか。
その想いは鳴海も同じはずだった。
それなのに…
自分へ向けられる想いを放置する鳴海が嫌いだった。
こんなにも、周りのことを見ているのに…
こんなにも、周りを気遣っているのに…
朝倉を幸せにしない鳴海を超えるつもりだったのに…
前日、朝倉に呼ばれて飲んだときには出なかった答えが出された。
朝倉は、妻が相談してくれたことで働き詰めの理由を知ったらしい。
妻は仕事を辞めるという選択も含めて、家族を守れる方法を探すために朝倉を頼った。
『一緒に、いまできることを考えない?』と親身になってくれた。
その話を聞いたとき、小田切は言葉を失った。
朝倉は、鳴海を待っていたわけではない。
鳴海を責めていたわけでもない。
ただ、目の前にいる人間が抱えているものを知ろうとしていた。
それだけだった。
それなのに小田切は、そんな朝倉を幸せにしない鳴海を勝手に敵にしていた。
鳴海を超えればいい。
そう思っていた。
いま思えば……それは、葉月に届かなかった想いのやつあたりだった。
届いたところで、何にもならない。
むしろ、混乱にしかならない。
そして、最後の最後に余計なことに気づいてしまう。
それを確認するように、鳴海に尋ねてみる。
『遅くまで走り回って、恋人は怒っていませんか?』と。
鳴海は苦笑した。
『俺に告白してくれる人はいないし…そういう熱視線もないからな…ほど遠いな』
はにかんだ笑みでそう言う。
グラスを揺すり、カランと音を何度か立てる。
その一言に昨夜の朝倉の言葉が思い出される。
『仕事仕事で面白味のない女に飲みに行こうというのは、後輩と女子社員だけよ』
周りを見れるくせに、自身に向けられる気持ちには疎いらしい。
あの頃から変わってない。
小田切は、鳴海を見送る朝倉の視線を思い出しながらため息をついた。
ポケットに押し込んでいたスマホがピロンと音を立てた。
洋子 ⇒ 雄介 今晩は遅くなるの?
メッセージアプリへの返事を考えながら、小田切雄介は駅へと足早に歩きだした。
雄介 ⇒ 洋子 もう少しで駅だから1時間以内に家に着く
洋子 ⇒ 雄介 お風呂 合わせてためておくね。
洋介がパパと入るって頑張って起きているよ
雄介 ⇒ 洋子 気持ちダッシュで帰ります。愛しているよ。はーと。
時間は、少し前に戻る。
鳴海紘一は、経理で取材経費の前払い金を受け取り、駐車場に向かうために1階でエレベーターを降りた。
駐車場まで降りるエレベーターを待っていると、チン!という音ともに葉月が姿を現した。
「おっ」
「車で?」
「色々と考えるとそっちの方が良さそうな気が…」
「そうね。でも、列車の移動も加味してよ」
「もちろん」
そんな言葉を交わしてから二人は別れた。
葉月は、外に。
紘一は、地下に降りる。
駐車場に降りると警備員が獲物を見つけたような勢いで駆け寄ってくる。
「あ」
「お前の5分はいつになったら日本標準時間になるんだ!」
「ごめんって…だって」
「だっても、5度を超えたらいいわけにもならん!」
「こ、今度、仙台なんだ。お酒買ってくるよ」
「……まぁ、色々あるしな。今回だけだぞ」
「辛口が良かった?」
「地酒が好みだ!」
「へいへい」
紘一は社用車スペースに置いてもらっていた黒のハイエースに乗り込んだ。
「遅いぞ」
狸のぬいぐるみが助手席で腕を組みながら…
腕を組んでいるような恰好をしながら一声かけてくる。
残念なことに腕が短くて、プルプルと震えているだけにしか見えないが…
「仙台だけど…くる?」
「…聞く?」
龍騎は少し寂しそうにいう。
ぬいぐるみだというのに、そういう表情をしているように見えるのが不思議だ。
「留守番するなら、葉月に預けるのも」
「…いい女か?」
「いい女だけど、喋ったらマイク探して体中くまなく点検されるぞ」
「…それって死んじゃうかな?」
「知らね~」
茶色のボディを心なしか真っ青にする龍騎に返しながら紘一はアクセルを踏んだ。
向かうは仙台。
ナビによれば、約400キロ。
時間にしてほぼ5時間。
紘一はハンドルを握り直した。
「行くぞ」
「おう!」
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
今回、チャレンジ企画に挑戦!です。
よろしければお付き合いください。




