第35話 広がる音色、近づく旅立ち
演奏会が終わってから、数日が経った。
その評判は、私たちが想像していた以上の速さで街中へと広がっていた。
「あの子供たちの演奏、聴いたか?」
「ああ!それに、あんな楽器は初めて見たぞ」
「歌ってる子も素晴らしかったな。まるで物語の中にいるような気分だったよ」
街を歩けば、そんな会話が耳に入ってくる。
演奏を直接聴いた者が家族や友人に話し、それを聞いた者がさらに別の人へと伝える。
そして、いつの間にか私とカノンの演奏は、街のちょっとした話題になっていた。
そして、その影響はガルドさんの店にも及んでいた。
「……きたか」
「「こんにちは」」
「……また、今日も問い合わせが来たんですか?」
「ああ。朝から三組だ」
ガルドさんの店を訪れた私は、疲れたような声で答えるガルドさんを見上げた。
店内には、弦楽器がいくつも並んでいる。
その一角には、私が演奏会で使ったものと、同じ形をした楽器が置かれていた。
もちろん、実際に演奏会で使った私のギターそのものじゃない。
街で演奏を聴いた人たちから問い合わせがあったらしく、ガルドさんはそれを受けて新たに製作し、店頭に並べるようになったそうだ。
「あの新しい楽器はなんだ、どこで手に入るのか、作ってもらうことはできるのか、とな。中には、演奏していた子供を紹介してくれなんて言うやつまでいたぞ……」
「……それは」
「人気者だな」
ガルドさんは呆れたように肩をすくめた。
隣にいたカノンは、目を輝かせている。
「すごい! みんな、また聴きたいって思ってくれてるんだね!」
「まあ、そういうことだな」
「また演奏会をしたら、もっとたくさんの人が聴きに来てくれるかな?」
カノンは期待に満ちた表情で私を見た。
だけど、私はすぐには答えられなかった。
確かに、演奏を喜んでもらえたのは嬉しい。
自分の音楽が誰かの心に届いた。
前世では得られなかった喜びを、この世界で少しずつ感じられるようになっている。
だからこそ、もう一度演奏したいという気持ちはあった。
けれど――
(……これ以上、目立つのは危険かもしれない)
あの日の広場には、想像以上の人が集まっていた。
演奏中、ルナの能力が発動したことに気づいた者もいるかもしれない。
それに、私たちを監視している何者かの存在も、頭から離れなかった。
相手の正体も目的も分からない。
そんな状況で、さらに人目を集めるのは避けた方がいいのではないか。
考えた結果、これ以上は危険だと思った。
「……今は、やめておいた方がいいと思う」
「えっ?」
カノンが目を瞬かせた。
「……また大勢の前で演奏すれば、もっと注目される。今は、それを避けたい」
「……そっか」
カノンは少し残念そうに視線を落とした。
だが、すぐに顔を上げる。
「うん。シオンがそう考えてるなら、私も今は我慢する」
「……ごめん」
「どうして謝るの? また演奏できる機会はあるんだから!」
そう言って、カノンは笑った。
そのやり取りを聞いていたガルドさんも、ゆっくりと頷いた。
「俺もシオンと同じ意見だ。演奏を喜んでもらえるのはありがたい。だが、今のお前たちは、まだ自分たちの力を、その大きさを、十分に理解できていないだろう?」
「……はい」
「なら、これ以上無理に目立つ必要はない。演奏する機会なら、これからいくらでも作れる。まずは自分たちの力をきちんと把握し、理解することだ」
ガルドさんはそう言いながら、店の外へと目を向けた。
「それに、お前たちには、もうひとつ考えなければならないことがあるだろう?」
「……?」
シオンとカノンは顔を見合わせた。
「学園だよ。入学まで、あと四ヶ月ほどしかないんじゃないのか?」
「あっ!」
カノンが声を上げた。
「そ、そうだった!」
「……忘れていたわけじゃない」
「本当に?」
「……少しだけ」
「やっぱり!」
カノンが頬を膨らませる。
私は小さく視線を逸らした。
学園への入学について、忘れていたわけではない。
ただ、冒険者としての活動や、ルナの能力の検証、そして先日の演奏会と、考えることが重なっていた。
結果として、具体的な準備はあまり進んでいない。
「四ヶ月あるとはいえ、そろそろ本格的に考えておいた方がいいだろうな」
ガルドさんの言葉に、私は頷いた。
「……そうですね」
「まずは、学園までの移動方法だな。馬車を使うのか、それとも徒歩で進むのか」
「徒歩だと、かなり時間がかかりそうだね」
「……途中の街で宿泊する必要もある」
「そうだな。道中にどんな街があるのかも調べておいた方がいい。宿の場所や、物資を補給できる場所も知っておけば安心だ」
ガルドさんは指を折りながら、必要なことを挙げていく。
「それから旅費だ。移動にかかる金だけじゃない。食費や宿泊費、万が一のための予備も必要になる」
「……冒険者の依頼を続けて、少しずつ貯めているから、このまま貯めていけば大丈夫……のはず」
「うん。私も頑張る!」
カノンが元気よく手を挙げた。
私はその様子を見て、少しだけ表情を和らげた。
「焦る必要はない。入学まで四ヶ月あるんだ。今から準備を始めれば、十分に間に合うだろう」
「……そうですね」
ただし、出発までの時間をすべて準備に使えるわけではない。
途中で何日もかかる移動を考えれば、学園のある街へ余裕を持って到着できるよう、出発日も決めておかなければならない。
必要な物資の確認や装備の整備もある。
旅先で何が起きるか分からない以上、準備は念入りにしておくべきだろう。
「……一度、道中の街と移動にかかる日数を調べてみます」
「そうしろ。俺に分かることなら、いくらでも教えてやる」
「ありがとうございます」
「私も地図を見てみたい!」
カノンも身を乗り出す。
「どんな街があるのかな? 途中で珍しい食べ物とかも食べてみたいな!」
「……食べ物が目的になってない?」
「そんなことないよ! 街を見るのも楽しみだもん!」
「はははっ。まあ、旅の楽しみがあるのはいいことだ」
ガルドさんは楽しそうに笑った。
しばらくの間、三人は移動方法や道中の街について話し合った。
馬車を利用する場合の費用、街道沿いの宿場町、物資の補給ができる場所。
まだ決めなければならないことは多い。
それでも、少しずつ旅の形が見えてきた。
そんな中、ガルドさんがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、途中で通る伯爵領に、お前たちと同じくらいの年頃の令嬢がいるらしいんだがな」
「令嬢?」
カノンが首を傾げた。
「ああ。貴族の娘だな。詳しいことまでは知らんが、なかなか珍しい力を持っているという噂だ」
「珍しい力?」
私は顔を上げた。
ガルドさんは頷いた。
「なんでも、ユニークスキルを持っているらしい」
「……ユニークスキル」
その言葉に、私は小さく呟いた。
この世界において、ユニークスキルは誰もが持っているものではない。
通常のスキルとは異なる、特別な力。
その詳細を知る者は限られており、持ち主によって能力も大きく異なる。
私たちにも、ほかの者にはない力がある。
だからこそ、その言葉には少しばかり興味を引かれた。
「どんな能力なの?」
カノンが尋ねる。
「そこまでは分からん。俺も人づてに聞いただけだからな」
「そっか……」
カノンは少し残念そうにしたものの、すぐに笑顔に戻った。
「でも、私たちと同じくらいの年齢なんだよね? どんな人なんだろう!」
「まあ、同じくらいの歳なら、学園で会えるかもしれないな。貴族の子供は基本的に学園へ通うからな」
「……会えるとは限らないけどね」
「それはそうだけど!」
カノンは頬を膨らませた。
それに苦笑を返してから、私は地図へ視線を落とした。
その伯爵領は、学園へ向かう道中に位置しているらしい。
予定通りに進めば、立ち寄ることになる可能性は高い。
(……ユニークスキルを持つ令嬢、か)
どんな力を持っているのだろう。
そして、その力を持つ彼女は、どのような生活を送っているのだろうか。
特別な力を持つということは、必ずしも良いことばかりではない。
自分たちも、従魔やスキルのことで周囲から注目され始めている。
彼女もまた、何かしらの事情を抱えているのかもしれない。
「……機会があれば、話してみたいな」
「えっ? シオン、興味あるの?」
「……少しだけ」
「じゃあ、会えるといいね!」
カノンは嬉しそうに笑った。
ガルドさんも頷きながら、地図を指で叩いた。
「まずは、そこまでの道のりを調べることだな。噂の令嬢に会うにしても、学園へ向かうにしても、準備ができていなければ話にならん」
「……分かっています」
私は地図を見つめた。
この街で始まった音楽。
新しく得た従魔たち。
そして、まだ知らない世界と、そこに暮らす人々。
これから先、どんな出会いが待っているのかは分からない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
学園へ向かう日が来れば、自分たちはこの街を離れることになる。
それまでに、やっておくべきことは多い。
「……まずは、準備」
そう呟くと、カノンが元気よく頷いた。
「うん! 一緒に頑張ろうね、シオン!」
「うん」
四ヶ月後に始まる新しい生活。
そこへ至るまでの時間もまた、私たちにとって大切な旅の一部になるのだろう。
私は地図の上に視線を落とし、まだ見ぬ道の先に思いを巡らせた。
その先に待つ出会いが、私たちの旅をどのように変えていくのか。
今はまだ、誰も知らなかった。
読んでくださりありがとうございますm(_ _)m
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