34話 響きに隠された力
演奏が終わると、広場は大きな拍手と歓声に包まれた。
私はギターを抱えたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
隣ではカノンが満面の笑みを浮かべ、集まった人々に手を振っている。
「すごかったぞ!」
「その楽器、いったい何なんだ?」
「どこで習ったんだ? そんな音、初めて聞いたぞ!」
「お嬢ちゃんの歌も素晴らしかったぞ!」
演奏を終えたばかりだというのに、次々と声が飛んでくる。
気がつけば、私たちの周囲には大勢の人が集まっていた。
「えっと、これはね! シオンが作った楽器で――」
「…………作ったのは私じゃない。ガルドさん」
「そうだった! ガルドさんが作ってくれたんだよ!」
(ガルドさんごめん…………)
私は咄嗟に、ギターについての説明をガルドさんに任せることにした。
「その楽器はエルンとは違うのか?」
「弦が六本もあるぞ。どうやって弾くんだ?」
「さっきの音はどうやって出していたんだ?」
街の人々から質問が途切れない。
次々と声が飛んでくる。 ひとつに答えれば、間髪入れずに別の質問が投げかけられた。
私は少しずつ後ずさった。
……多い。
演奏しているときは、あれほど大勢の視線が気にならなかったのに。
「ねえねえ、もう一曲聴かせてよ!」
「今度は違う歌を頼む!」
「その楽器、俺にも弾けるのか?」
カノンは楽しそうに応じているが、こちらはそろそろ限界だった。
どうしたものか。
そう考えていたところで、聞き覚えのある声が響いた。
「お前たち、少し落ち着け!」
人混みをかき分けて現れたのは、ガルドさんだった。
「こいつらも疲れているんだ。質問なら順番にしろ! それに、楽器について聞きたいなら、まずは俺に聞け!」
ガルドさんが声を張り上げると、集まっていた人々は少しずつ距離を取った。
「なんだよ、ガルド。少しくらいいいだろう?」
「少しくらいで済む人数じゃないだろうが!」
ガルドさんは呆れたようにため息をついた。
そして、私たちに視線を向ける。
「ほら、お前たちはこっちだ。今日はもう十分だろう」
「……助かりました」
「なに、気にするな。俺だって、まさかここまで集まるとは思わなかったがな」
そう言って、ガルドさんは豪快に笑った。
私は小さく息を吐いた。
ようやく解放された。
「シオン、すごかったね!」
隣を歩くカノンは、まだ興奮が冷めていないようだった。
「みんな、すごく楽しそうだった!」
「……そうだね」
演奏を聴いてくれた人たちの表情は、今も頭に残っている。
前世では、思うような演奏ができなかった。
けれど、この世界では違う。
私の音を聴いて、笑ってくれる人がいた。
それだけで、今日の演奏には意味があったと思えた。
ただ――
演奏中に感じた、あの不思議な変化。
いつもより遠くまで届く音。
カノンの歌声が、普段よりもはっきりと響いていたこと。
そして、かすかに光っていたルナの毛並み。
あれは、気のせいではないはず。
私はカノンの肩に乗るルナへ目を向けた。
ルナは何事もなかったかのように、いつも通りの表情でこちらを見返している。
「……ルナ、あなた何をした?」
「きゅ?」
ルナは小さく首を傾げた。
……聞いても分からないか。
翌日——
私とカノンは、家の裏手にあるいつもの場所に集まっていた。
周囲に人の気配はない。
足元にはルナが座り、ヴェルクは少し離れた場所でこちらを見守っている。
「ねえ、シオン」
「……昨日のこと?」
「うん!」
カノンはルナを抱き上げ、自分の目の前に持ち上げた。
「昨日の演奏中、ルナの毛が光ってたよね?」
「うん」
「それに、歌っているとき、いつもより声が遠くまで届いていた気がするの」
「私も気づいてた。音の響き方が変わっていた」
演奏中、私は確かに違和感を覚えていた。
ギターの音が普段よりもよく通り、カノンの歌声も埋もれることなく広場全体に響いていた。
単に大勢の人が静かに聴いてくれていたから、というだけでは説明できない。
「もしかして、ルナの能力なのかな?」
「……その可能性は高い」
ルナは月響狐。
名前から考えても、音に関係する能力を持っている可能性はある。
ただ、名前だけで決めつけるわけにはいかない。
「……確かめてみよう」
「うん!」
私はギターを構えた。
まずは、いつも通りに弾いてみる。
指を動かし、短い旋律を奏でた。
〜♫
音はいつもと変わらない。
次に、カノンが歌声を重ねる。
ラァ〜♫
こちらも普段通りだった。
「うーん……何も起きないね」
「……だね」
ルナは私たちの間に座り、尻尾を揺らしている。
演奏会のときと何が違うのか。
私は少し考えてから、ルナの前にしゃがみ込んだ。
「……ルナ。昨日みたいに、音を響かせられる?」
「きゅう?」
当然、言葉が通じるわけではない。
それでもルナは私の顔をじっと見つめたあと、ギターへ視線を移した。
そして――。
ふわり。
白い毛並みが、淡く光った。
私はすかさずギターを鳴らした。
「わっ!」
その瞬間、カノンが声を上げた。
私が鳴らしていたギターの音が、周囲へ広がっていった。
音が大きくなったわけではない。
耳に刺さるような変化もない。
ただ、音の輪郭がはっきりとし、ひとつひとつの音がきれいに重なっていく。
まるで、音の乱れを整えられているようだった。
私は演奏を止め、ルナを見た。
「……今の」
「聞こえた! シオン、今のすごくきれいだった!」
カノンが目を輝かせる。
私はルナを見つめた。
「……もう一度、お願い」
再びギターを鳴らす。
今度はルナの様子を注意深く観察した。
ルナの尻尾が、ゆっくりと左右に揺れる。
それに合わせるように、毛並みが淡く輝いた。
音が変化する。
やはり、間違いない。
「ルナが音を整えている……?」
カノンの言葉に、私は首を振る。
「……たぶん、それだけじゃない」
昨日の広場では、私たちの演奏が大勢の人に届いていた。
ルナの能力が音を整えるだけなら、あれほど遠くまで響いた理由が説明できない。
音を整えることと、遠くまで届けること。
その両方が、ルナの能力なのだろうか。
私は短い旋律を繰り返しながら、変化を確かめていった。
音を強く弾けば、響きもはっきりする。
反対に、弱く弾いても、音の輪郭は崩れない。
さらにカノンが歌声を重ねると、ギターの音と歌声が不思議なほど自然に調和した。
「すごい……!」
カノンは感動したように胸の前で手を握った。
「ルナがいると、シオンの音も私の歌も、もっときれいになるんだね!」
「……うん」
これは、単なる音量の増幅ではない。
音そのものの響き方に干渉している。
私はルナの頭をそっと撫でた。
「……すごい能力」
「きゅっ!」
ルナは嬉しそうに鳴いた。
その尻尾が、今度は少しだけ速く揺れる。
私とカノンは顔を見合わせた。
「ねえ、シオン。これなら、もっとたくさんの人に私たちの歌を届けられるね!」
「……そうだね」
音楽を届けるための力。
そう考えると、ルナの能力は私たちにとって大きな助けになる。
ただし、まだ分からないことも多い。
どこまで音を届かせられるのか。
どれほど長く能力を使えるのか。
そして、ルナ自身に負担はないのか。
これから少しずつ確かめていく必要がある。
「……無理はしないでね」
私が声をかけると、ルナは小さく鳴いて、私の手に頭を擦りつけた。
その仕草に、自然と口元が緩んだ。
私たちの演奏は、まだ始まったばかりだ。
そして、音楽を広げるための可能性も――まだまだ残されている。
一方、その頃。
教会本部の一室では、ひとりの男がヴァルディスの前に立っていた。
「報告いたします」
「聞こう」
ヴァルディスは机の上に置かれた書類から目を上げた。
「昨日の広場での演奏についてですが、特異な現象を確認しました」
「特異な現象?」
「はい。演奏中、監視対象シオンの従魔である白い狐が発光しました。その直後、周囲に響く音に変化が生じています」
ヴァルディスは静かに目を細めた。
「具体的には?」
「音が遠くまで届いていたにもかかわらず、聞き取りにくくなることがありませんでした。むしろ、複数の音が重なっても、それぞれが明瞭に聞こえていました」
「……音に干渉する能力か」
「その可能性が高いと考えます」
男は淡々と続けた。
「また、演奏中の狐は一定のリズムに合わせて尻尾を揺らしていました。発光も演奏と連動していたように見えます」
「演奏に反応して能力を発動させたのか。それとも、演奏そのものが発動条件なのか……」
ヴァルディスは顎に手を当てた。
これまでの報告から、シオンとカノンが連れている従魔には、通常の魔物とは異なる特徴があることは分かっていた。
しかし、今回の報告は、それをさらに裏付けるものだった。
「ほかに気づいたことは?」
「演奏中、狼型の従魔が周囲を警戒していました。人混みの中にいた私の存在にも、ある程度気づいていた可能性があります」
「……あの狼か」
ヴァルディスは小さく息を吐いた。
白い狐は音に干渉する能力を持ち、狼は異常な反応速度と警戒心を備えている。
そして、その二匹を従える子供たちは、まだ幼い。
「引き続き監視を続けろ。ただし、こちらから接触する必要はない」
「承知しました」
男が一礼する。
その背中に、ヴァルディスは言葉を付け加えた。
「特に、あの狐の能力については注意深く観察しろ。音に関係する能力なら、演奏以外の場面でも何らかの反応を示す可能性がある」
「かしこまりました」
男は部屋を退出した。
ひとり残されたヴァルディスは、しばらく黙っていた。
「音を整え、遠くまで届ける……か」
その能力が、ただ人々を楽しませるためだけのものなら問題はない。
だが、魔法や魔物の能力には、まだ知られていない使い道がある。
それがどのような可能性を秘めているのか。
ヴァルディスは、まだ判断を下せずにいた。
ただひとつ確かなのは――。
シオンたちの演奏が、単なる子供の遊びではなくなりつつあるということだった。
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