33話 更に広がる音達
その日も、いつものように音を重ねていた。
ジャラン――♫
裏庭に響く音。そこに、カノンの歌が重なる。
気づけば、今日も数人が足を止めていた。
(……また。……増えてる)
最近は、もう珍しくない光景だ。
――その時。
「おい」
低い声が、かかった。
私達が振り向くと――
そこにいたのは、ガルドさんだった。
腕を組み、少しだけ難しい顔をして立っている。
「……ガルドさん」
「こんにちは!」
カノンが手を振った。
ガルドさんは少しだけ目を細めて、こちらを見る。
「……人がかなり集まっているな」
「えへへ……」
ガルドさんの言葉にカノンが少し照れる。
ガルドさんは、少しだけ息を吐いて――
「頼みがある」
そう言った。
(……頼み?)
私は、静かにガルドさんを見る。
「……何?」
「今度広場で、皆の前で演奏してくれないか?」
「……?」
一瞬、間が空いた。
「……広場?」
「そうだ。街の中央に大きな広場があるだろ?そこで演奏してくれないか?」
カノンの目が、ぱっと輝く。
「えっ、いいの!?やりたい!」
(……即答)
私はカノンの返事に苦笑しながら、少しだけ考える。
広場――
大勢の人――
集まる注目――
(……すごく目立つよね)
間違いなく、今よりも認識される。
ガルドさんは、そんな私を見て言った。
「まぁ、おまえさんが考えてる事も分かる。だが、これはこの街に必要な事だ」
ガルドさんが、腕を組みながら空を見た。
「最近な、街の活気が少ない」
「……活気?」
「あぁ、商人も客足が鈍いってぼやいてるしな」
ガルドさんは私達を見た。
「だが、お前らの音を聞いてる連中は――」
一拍。
「凄く楽しそうな顔をしてるんだ」
(……!)
「だからだ」
「?」
「広場でやれば、街全体に広がる。それは、街の活性に繋がるんじゃないかと」
その言葉に、カノンがぐっと身を乗り出した。
「やろうよシオン!絶対楽しいよ!」
(……楽しい、か)
それは、間違いない。
でも――
(……見られる)
今より、もっと。
教会やあの視線。増えている“何か”が。
それでも――
(だけど、止める理由にはならないかな)
私は、小さく息を吐いた。
「……わかった。やる」
「よし」
ガルドさんが、短く頷く。
「決まりだな」
そして、少しだけ表情を緩めた。
「準備はすべてこっちでやる。お前たちは演奏に集中してくれ」
「ありがとう!」
カノンが嬉しそうに言う。
ガルドさんは、くるりと背を向けて――
「ああ、それと」
振り返らずに、言った。
「変なのも来るかもしれん」
(……やっぱり、ガルドさんも気づいている)
「だが――それでもやる価値はある筈だ」
そう言い残して、去っていった。
しばらくの静寂。
そして――
「ねえシオン!広場だよ!?すごくない!?」
カノンが弾けるように言う。
「……そうだね」
私は短く返す。
「……♪」
「……」
足元ではルナが、楽しそうに鳴いた。
ヴェルクは、静かに目を細め遠くを見ていた。
その先には――
(……またいる)
また、あの視線だ。
姿が見えない監視者……。
でも――
私はギターを持ち直した。
(……やることは決まってる)
弾く。重ねる。届ける。
ただ、それだけだ。
――でも。
今度は、その音は。
街の中心へと、向かう。
ガルドさんから依頼されてから1週間後――
街の広場は、いつもより賑わっていた。
ガヤガヤ……
「今日は楽しみだな」
「噂の音がほんとに聴けるんだろ?」
人が、集まっている。
中心には――簡単な即席の舞台。
「よし、準備できたぞ」
ガルドさんが、こちらを振り返る。
「無理はすんなよ。だが――期待してる」
「……ん」
「任せて!」
カノンが元気よく答える。
私たちは、用意された舞台に上がった。
そして、私がゆっくりとギターを構えると観客はざわめいた。
「……なんだあれ」
「見たことないぞ……」
「エルン……じゃないよな?」
視線が、一斉に集まる。
(……だよね)
黒い木の胴。 細く伸びるネック。 張られた、六本の弦。
ギターは、この世界には存在しなかった物。
その新しいフォルムの楽器に、人々のざわめきが、少しずつ大きくなる。
「弦の数が違うぞ」
「持ち方も変じゃないか?」
「どうやって音出すんだ……?」
興味。疑問。不安。
いろんな感情が、混ざっていく。
それが、時間が経つほど人が増えて、大きくなっていく。
(……多い)
でも――
(……うん、問題ない)
息を整える。
「いくよ。カノン」
「うん!」
ジャラン――♫
音が、広場に広がる。
その瞬間。ざわめきが止まった。
「……これが」
「すご……」
空気が変わる。音が、人を掴む。
そこに――
「〜〜♪」
カノンの歌が重なる。
やわらかく。まっすぐに。
音と声が重なり、広場全体を包み込む。
(……いい)
人々の感情が、流れ込んでくる。
驚き。期待。高揚。
それが、私達の音をさらに押し上げる。
――その時。
ルナが、小さく顔を上げた。
「……?」
カノンの足元で、ぴくりと耳が動く。
そして――
ふわり、と。
白い毛並みが、淡く光り始めた。
(……!?)
次の瞬間。
ルナの尻尾が、ゆっくりと揺れる。
――一定のリズムで。
まるで、メトロノームのように。
トン……トン……トン……
音に、合わせるように。
いや――
(……合わせてるんじゃない)
導いている。
空気の“流れ”を。
音の“揺れ”を。
整えている。
すると――
「……あれ?」
「なんだ……音が……」
観客の誰かが、呟いた。
響きが、変わる。
さっきよりも――
(……届く)
――その瞬間。
誰かが、ぽつりと涙を流した。
「……すごい」
本人も気づいていないように、感動で涙が頬を伝っていた。
別の場所では、誰かが笑っていた。ただ、溢れるように。
「……楽しい」
小さな声。
ざわめきとは違う。もっと静かで――深い“揺れ”。
胸の奥に、直接触れるような感覚。
それが、広場全体に広がっていく。
(……!……皆の心に、響いてる)
バラバラだったものが、一つに“重なっていく”。
音に引かれて。
遠くまで。 深くまで。
音が、伸びていく。
そして、カノンの歌も――
「〜〜〜♪」
より澄んで、より強く。
感情が、乗る。
広場の空気が、一つになる。
(……これが)
ルナの力なのだろう。
月響狐――
音に共鳴し、増幅し、整える存在。
その力によって、今まで以上に私たちの音が、広範囲に拡散されていた。
そして、その時――
ヴェルクが、静かに目を細めた。
(……いるな)
視線。
あの気配。
でも――
(……今はいい)
音を、優先する。
ジャラン――♫
指を走らせ、旋律を重ねる。
ルナのリズム。 カノンの歌。
すべてが噛み合う。
広場は、完全に私たちの音に支配されていた。
そして――
最後の一音が、静かに消える。
――静寂。
ほんの一瞬の、空白。
次の瞬間。
「すげぇ……!」
「なんだ今の……!」
「もう一回!!」
歓声は、しばらく鳴り止まなかった。
拍手――
声――
笑顔――
広場全体が、熱を帯びている。
(……こんなにも!)
それは、前世では願っていても一度も経験出来なかった事だった。
その熱に、達成感を味わいながら、私は小さく息を吐いた。
カノンは、まだ楽しそうに手を振っている。
「ありがとうー!」
ルナも、それに応えるように尻尾を揺らした。
ヴェルクは――
ただ静かに、周囲を見ている。
おそらく、それは――
あの視線。
さっきよりも、はっきりと感じる。
人混みの中。でも、違う。
“溶けてる”。
完全に気配を殺しているのに――
それでも、消えきらない。
(……かなり近いと思うのに、見つけられない)
森で感じたもの。 教会での違和感。
全部、繋がる。
でも。
(……関係ない)
今は、まだ。
私は、ギターに視線を落とした。
この音。 この感覚。
さっき、確かに届いた。
遠くまで。 深くまで。
人の中に。
(……広がる)
それが、分かる。
だから――
顔を上げる。
「……カノン。もう一曲いくよ」
「うん!」
カノンが、迷いなく頷く。
ジャラン――♫
再び鳴る音。
歓声の中で。視線の中で。見えない“何か”に見られながら。
それでも。
音は、止まらない。
――この日。
街の中心で響いた音は。
ただの“演奏”では終わらなかった。
人を集め。心を動かし。
そして、確実に“何か”を動かし始めていた。
――人の心だけじゃない。
見えない場所で。
静かに、だが確実に。
世界の流れが、わずかに変わり始めていた。
読んでくださりありがとうございますm(_ _)m
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