26話 森での遭遇
王都へ行くことを決めて数日――
「シオン!街の外へ行こ!」
ある日、カノンがいい場所を聞いたからと街の外へ誘ってきた。
風が、葉を揺らし。
小さな川のせせらぎが、静かに響いていた。
(……ここ。いい場所だなぁ)
音が、濁っていない。
余計なものがない分、ひとつひとつがはっきりと届く。
「ね、来てよかったでしょ!」
カノンが、くるっと振り返って笑う。
「……うん」
私は、短く答え。
近くの岩に腰を下ろし、ギターを構え。
弦に指を置いた。
(……ここなら)
もっと、細かく音を作れる。
そう思い、私は弦を弾く――
ジャラン――♫
森に、音が広がっていく。
空気に溶けて。木々の間をすり抜けて。
遠くへ、遠くへ。
どこまでも。
そして、その音に――
「〜〜♪」
カノンの歌が重なる。
柔らかく。優しく。包み込むように。
ギターの音と歌声が、ひとつになっていく。
(……いい)
街で弾く時よりも、ずっと。響きが、違う。
風の音。水の音。自然の音と、重なっていく。
その時だった。
――ざわ。
(……?)
何か。空気が、揺れた様に感じた。
風でも、音でもない。気配のような……。
「……シオン?」
カノンも気づいたらしい。
歌が止まり、静寂が辺りを包んだ。
――その瞬間。
茂みの奥から、何かが飛び出した。
「わっ!?」
小さな影。 それは、白いふわふわした塊だった。
ふわり、と軽い動きで、音もほとんどなかった。
それはそのまま、カノンの前で止まった。
「……え?」
それは――
淡く光る、白い毛並みの――
小さな狐の魔物だった。
(……この森に魔物?)
以前、この森の事を調べた時、魔物の目撃情報なんて無かった筈だった。
私は、その狐を警戒して、視線を離さなかった。
その時――
尻尾が、ゆっくりと揺れているのに気づいた。
一定のリズムで。
まるで――
(……メトロノームみたい?)
だが、それだけじゃない。
カチ、カチ、と音が聞こえるわけじゃないのに。
(……見える)
揺れに合わせて、空気が“区切られている”。
音の拍子みたいに。
目には見えないはずのリズムが、そこに“ある”様に感じた。
そう、思っていた時――
ふわり、と。
尻尾が揺れた瞬間――空気が、わずかに震えた。
(……これ。……ただの動きじゃない?)
尻尾が刻んでいるのは、ただのリズムじゃなかった。
それは、よく知っているリズム。
(……これは。……私たちの?)
さっき演奏した曲のリズム合わせているのか。
その尻尾は、揺れていた。
「……かわいい!」
カノンは、その狐に目を輝かせていた。
「カノン!その子魔物だよ」
「えー。でも、なんかこの子……大丈夫な気がする!」
カノンはそう言い、その狐に近づいた。
狐の方は、じっとカノンを見つめ続けていた。
その様は――
(……惹かれてる?)
そう感じた。
「ねえ……さっきの聞いてたの?」
カノンが、そっと声をかける。
狐は、小さく首を傾げた。
そして――
「……♪」
かすかに。 音のような鳴き声を漏らした。
その鳴き声は、とても澄んだ音だった。
「わぁ……♪」
その澄んだような鳴き声を聴いた瞬間――
カノンは何かを感じたのか、自分も歌い始めた。
「…〜♪」
柔らかく、淡く――
そして、二人の風に溶けるような旋律が、静かに重なっていくと――
(……共鳴してる?)
その狐の鳴き声とカノンの《共鳴歌》。
その二つが合わさり、旋律が森に広がっていった。
その現象を呆然と見ていた時。
――ぞくり。
(……!……まだ、なんかいる!)
視線。
狐の時とは違う。重く、静かな圧を感じた。
私は、ゆっくりと振り返った。
森の奥。樹木によって日が差さない様な深いところ。
そこに――
黒に近い毛並みの大きな狼が、いた。
その狼は動かず。ただ、こちらをじっと観察しているようだった。
(……この気配。……前に感じたやつと同じ)
多分、最初にこの森で演奏した時……。
あの時、感じた違和感――
あれは、あの狼の気配だったのだ。
あの狼は、私達の音を、ずっと聴いていた。
だが、この狐とは違い。こちらへ近づいてこない。
(……近づいてこない。……でも、離れることもない)
試している。
何故かそう感じた私は、ギターを持ち直した。
「……シオン?」
「……もう一回、やる」
カノンを見る。
「……歌、いける?」
「うん!」
迷いはない。
今度はあの狼に向けて……。
弦に、指を置き。
そして――
弾く。
ジャラン――♫
今度は、明確に方向を持たせる。
拡散じゃない。
収束。
音を束ねて、一直線に送り出す。
森の奥――
あの狼へ。
そして、そこにカノンの歌が重なる。
今度は、優しさだけじゃない。
こちらへ呼ぶ様に。
(こっちへ…!)
「……!」
カノンの側では、狐の尻尾が嬉しそうに、その音に合わせ、大きく揺れていた。
そして狼は――
ゆっくりと、一歩、前に出て近づいてきた。
(……来る)
でも、敵意はない。
ただ、確かめている。
音を――私達を。
音が、重なり。空気が、震える。
森全体が――
一つの“楽器”みたいに鳴り始める。
その中心に。
私達と――
二つの存在。
やがて。
最後の音が、消え静寂が包む。
――その後。
狐が、ぴょん、と跳ねて。
カノンの足元に寄り添った。
「可愛い!触ってもいい?」
カノンがしゃがみ込み、嬉しそうに狐を撫で回した。
狐は逃げずに、むしろ自分から擦り寄ってきた。
完全に、カノンに懐いているようだった。
一方――
狼は、少し離れた場所で止まっていた。
だが――
先程まであった圧はなくなっていた。
(……認められた……のかな?)
そんな気配だった。
私は、小さく息を吐き、ギターを下ろした。
すると、カノンが笑いながら言った。
「ねえシオン!」
「……ん?」
「友達、増えたかも!」
(……確かにね)
私は、カノンのその言葉に苦笑いしながら思った。
足元では、狐が嬉しそうに鳴き。狼は、静かに佇む。
言葉はない。
でも――
分かる。
これは、偶然じゃない。
私達の音が、繋いだのだ。
私達と、この二体を。
私は……そう思った。
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