24話 雨の日の特訓
雨の日――
それは、誰にも見られにくい日。
そして何より――
(音が、紛れる)
聴かれづらい日だった。
窓の外では、しとしとと雨が降っている。
屋根を叩くその音は、一定のリズムを刻んでいた。
「……今日は、ちょうどいいね」
カノンが小さく笑う。
「……そうだね。……雑音が多い方がやりやすい」
私は机の上に指を軽く打ちつける。
――トン、トン、と。
単純なリズム。
だが、その中に意識を落とす。
(合わせる)
呼吸。
鼓動。
そして、内側の“流れ”。
それらを、ひとつのテンポに揃えていく。
「また、それやるの?」
「基礎は大事」
私は短く答える。
音を使った魔法は、まだ不安定だ。
だが――確実に、普通の詠唱よりもしっくりくる。
カノンもそれを理解しているのか、止めはしなかった。
「じゃあ私は……こっち試してみる」
そう言って、カノンは静かに息を吸う。
そして――
――ラ♪
短い音。
透き通るような声が、部屋に広がる。
次の瞬間。
ふわり、と。
淡い光が、彼女の手元に灯った。
「……できた」
「うん、安定してる」
私は素直にそう言った。
カノンの魔法は、揺れが少ない。
まるで最初から形を知っているかのように、自然に成立している。
「シオンの方がすごいよ。私、まだこの音しか安定しないし」
「……それで十分」
それは事実だ。
一音で魔法を成立させること自体、本来ならあり得ない。
(やっぱり……歌と相性がいい)
カノンの声は、魔力の流れとよく馴染んでいる。
それは技術というより、性質に近い。
「……カノン」
「ん?」
「……少しだけ……音を伸ばしてみて」
「こう?」
……ラァ〜~♪
柔らかく伸びる音。
その瞬間。
光が、わずかに強くなる。
「……今の、分かった?」
「うん……ちょっとだけ、強くなった」
「やっぱり」
私は小さく息を吐く。
確信が、また一つ積み上がる。
(音の“形”で、魔法の出力が変わる)
長さ。
高さ。
強さ。
それらが、そのまま魔法に影響している。
――まるで、演奏だ。
「これ……楽しいね」
カノンが、少しだけ嬉しそうに言った。
「……うん」
私も、自然と頷く。
魔法のはずなのに。
どこか懐かしい感覚。
音を作る喜びと、よく似ている。
だが――
「……でも、やりすぎはダメ」
「うん。わかってる」
カノンの表情も、引き締まる。
これは、まだ隠すべき力だ。
普通ではない。
知られれば――
面倒なことになるのは、間違いない。
(特に、教会は……)
雨音が、少しだけ強くなる。
その中で。
二人は、何度も音を重ねた。
小さな光。弱い火。
ほんのわずかな変化を、確かめるように。
繰り返し――繰り返し――
――二人は気づかない。
その精度が、少しずつ異常な域へ近づいていることに。
そして同じ頃――
教会。
「……報告です」
静かな部屋に、声が落ちる。
「例の二人ですが……特に目立った動きはありません」
書類をめくる音。
「魔力反応も、平均値の範囲内。危険性は低いかと」
机の向こうで、ヴァルディスはわずかに目を細めた。
「……そうか」
短い返答。
だが、その指先はわずかに止まる。
(妙だな)
理由はない。
だが――
“何か”が引っかかる。
その違和感の正体に、まだ名前はついていなかった。
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