23話 初めての街の外
その日――
私達は、いつもの場所へ集まっていた。
私はいつも通り練習の準備を始めた。だけど、カノンはいつもよりソワソワとしていた。
「ねえシオン」
カノンが、いつもより小さな声で言った。
「……ん?」
「外、行ってみない?」
一瞬、意味が分からなかった。
「……外って。……街の?」
「うん!」
こくこくと頷くカノン。
「ちょっとだけ!すぐ帰るから!」
「……もしかして、内緒?」
「そう!内緒!」
悪びれもなく笑う。
私は苦笑した。
(……まあ)
少しだけ、考えた。
街の外――
そういえば、今まで出たことはなかった。
(……どんなんだろう?)
まだ知らない音。
それがあるなら――
「……うん。行く」
「やった!」
私がそう答えると、カノンが小さく跳ねて喜んだ。
この街には三方向に門がある。
私達は、東側にある門から出ることにした。
門番の人には、薬草採取に行くと言ったら門は簡単に通れた。
そして、私達は街の門を抜ける。
その瞬間――
(……違う)
空気が、変わった。
音が、薄い。
いや――
(……広い)
街の中みたいに、反響しない。
音が、散っていく。
風が吹く。
サァァ……と、草が揺れる。
遠くで、鳥が鳴いた。
ピィ、と高い音。
でも、それはすぐに溶ける。
(……消えるのが、早い)
街の音は、重なる。
ここは――ほどける。
「ねえ、なんか静かだね!」
「……静かだけど、ある」
「え?」
「……音」
カノンは、きょとんとした。
でもすぐに、くすっと笑う。
「シオンっぽい!」
「……そう?」
森に入る。
木々が、光を遮る。
足音が、少しだけ柔らかくなる。
サク……サク……
葉の上を踏む音。風が、枝を揺らす。
ギシ……と、小さな軋み。どこかで、水の音がした。
(……あっち)
自然と、足が向く。
そこには、小さな川があった。
透明な水が、ゆっくりと流れている。
さらさらと。絶えず。
同じようで、違う音。
(……綺麗だ)
私はしゃがみ込んで、手をかざした。
水の音が――
(……見える)
線になっていた。
細く、揺れている。
途切れずに、流れている。
でも、同じじゃない。
少しずつ、形を変える。
(……いい)
一定じゃないから、飽きない。
だから――
心地良かった……。
「ねえシオン」
カノンが、隣に立つ。
「歌っていい?」
「……うん」
私は少し悩んだが問題ないと思い頷く。
カノンが、息を吸い。
そして――
「〜〜♪」
声が、落ちる。
川の音の上に。
そっと、触れるみたいに。
最初は、重ならない。
でも――
少しずつ、近づく。
水の流れと、声の揺れが。
重なる場所を、探すように。
(……合わせてる)
いや、違う。
(……混ざってる)
カノンの声が、川の音を引き寄せてた。
私の目にはそう見えた。
揺れが、揃う。
ばらばらだった波が――
ひとつに、なる。
風が吹き。木々が揺れる。
そして、葉の擦れる音が、加わる。
サァァ……
その音も――
歌に、溶ける。
(……広い)
音が、広がる。
でも、散らない。
繋がっている。
全部が、ひとつの“流れ”になっていた。
「……すごい」
思わず、そう呟いた。
するとカノンが、少し照れたように笑った。
「なんか……気持ちいいね」
「……うん」
それだけじゃないと思った。
(……使える)
音は、作るものだけじゃない。
そこに“あるもの”も、使えるし。
組み合わせれる。
全部、繋げれる。
そして、広げられる。
(……これなら)
もっと、遠くまで届く。
その時。
ふと――
(……?)
ちょっとした違和感だった。
音の外側。
ほんのわずかに、ズレた気配。
聴いているなにかがいる。
(……なにかいる)
視線を向けるが、そこには何もいない……。
風が揺れて、木々の影が、揺らめくだけだった。
だが――
―――――――――――――――――――――
森の奥、見えない場所で。
それは、じっとしていた。
動かず。ただ、聞いているだけ。
川の音、風の音。
そして――
二人の音を。
――――――――――――――――――――
「ねえシオン!」
「……ん?」
「また来ようね!」
「……うん」
私は頷く。
まだ知らない音が、ここにはある。
街の外。広がる世界。
そして――
(……さっきの)
あの気配。
正体は分からない。
でも、何故か――
(……嫌じゃない)
そう思った。
――――――――――――――――――
二人は、まだ知らない。
でも、音は――
確かに、繋がり始めていた。
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