2話 始まりの楽器屋
朝、目を覚ました瞬間――すぐに分かった。
(やっぱり…夢なんかじゃなかった……)
昨日は夢であれば覚めてくれと思いながら眠ったが、目が覚めても変わらなかった。
見慣れない天井。
小さな体。
そして、ギターが無いこの世界。
(……本当に、異世界なんだ)
ため息をひとつ吐いて、布団から起き上がった
。
「シオン、起きたなら手伝いな」
母の声が外から飛んできた。
「……今いく」
まだ慣れない声で返事をして、外に出る。
朝の空気は冷たくて、少しだけ気持ちよかった。
井戸まで水を汲みに行く。
桶を持ち上げようとしたその時――
ふわり、と水が浮いていた。
「……え?」
思わず声が漏れる。
近くにいた男の人が、手をかざしていた。
水はまるで見えない器に入っているみたいに、そのまま持ち上がっていた。
「ん?どうした?」
「……それ」
「水魔法だよ。便利だろ?」
その人は当たり前みたいに笑った。
(魔法……)
前世の世界では、空想のモノだった魔法がここにはあった。
(やっぱり……ここは、そういう世界なんだ)
黙って桶を差し出すと、水はするりと中に収まった。
「……ありがとう」
「おう」
それ以上の会話はない。
でも、それで十分だった。
朝の手伝いを終えたあと、私は一人で街へ出た。
石畳の道を歩きながら、私は並ぶ店たちを見て周った。
その中に――その店はあった。
(……あれは)
木でできた看板。
描かれているのは、弦の張られた楽器。
(楽器屋……!)
自然と、足がそっちに向いていた。
扉を開けると、乾いた木の匂いが鼻をくすぐる。
店の中には、いくつものバイオリンのような形状の楽器が並んでいた。
(見たことない楽器だ……)
その時……
「いらっしゃい」
店の奥から声がした。
出てきたのは、店主であろう年老いた男性だった。その後ろからは、同じくらいの年の女性も顔を出していた。
「珍しいな、子供がこんなところに」
「……楽器、見てもいいですか」
「構わんよ」
許可をもらって、私は店の中を見て回る。
店に置いてあったのはどれも同じ楽器の様だった。
(弦の数が少ない……それに、フレットもない……?)
それは構造がシンプルすぎた。
私は、試しに一つを手に取ってみた。
(構造が単純すぎる……)
そっと弦を弾く。
――ポン、と軽い音。
「……」
悪くはない。
でも。
(足りない……)
押さえる位置を探すために指を動かした。
だが――
(安定しない)
音程が曖昧になり、思った通りの音が出なかった。
「どうだ、その"エルン"は?」
私が、この楽器……エルンについて考えていると、店主が声をかけてきた。
「……音域が足りない」
「……ほう?」
「あと……音程が、固定できない」
私は言葉少なく応えた。
「固定……ねぇ……」
店主は腕を組み。
私は、エルンのネック部分に指を置いて。
「……ここに、目印をつける」
「目印?」
「押さえる位置を……決めるための」
私がそう言うと店主の目が細くなった。
正直怖い…………。
「坊主」
「……坊主じゃない。私……女だよ」
そう言うと店主は目を見開いた。
「そ、そうかそれはすまんかったのう……」
「いい……別に……」
そういうと、店主は奥さんに頭を叩かれていた。
私ってそんなに女の子に見えないのだろうか……。
「……こほん!それはそうと……。今のは、お前が考えたのか?」
「……うん」
私が考えたものじゃないけど、説明するのが面倒だから頷いた。
「……作れる?」
「目印自体は付けれるが……」
店主はエルンを見ながら言う。
「基準はどうする? 適当じゃ意味がないだろ?」
「……それは」
一瞬、言葉が止まる。
でも。
私の頭の中には、もうある。
形状も、音も。
「私が……決められる」
小さく、呟く。
「音の並び……分かるから」
店主の目が、わずかに変わる。
「このままじゃ……弾けないから」
それだけだった。
しばらくの沈黙。
やがて――
「……面白い」
店主が、ふっと笑った。
「お前、名前は?」
「……シオン」
「そうか。ワシはガルドだ」
そう言うと、ガルドさんは奥へと引っ込み、一本の木材を持って戻ってきた。
「やってみるか?」
「……いいの?」
「ただし」
ガルドさんはにやり、と笑って。
「簡単にはいかんぞ?」
私は、その問いに小さく頷いた。
チャンスだと、そう思った。
足りないなら。
無いなら。
作ればいい。
エルンを見つめる。
そして、その向こうに――
まだ存在しない楽器の形を思い描く。
前世で手にしてたギターの姿を。
「……やる」
私は小さな声で応えた。
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