14.呼んできてくれませんか
「じゃ、行ってくるよ」
クラウスはいつも通りにセレナに声をかけ、狩りに出かけていった。過去を話してくれてから、微笑んでくれることが多くなった気がする。
肩にのっていたノワールがじたばたしながら頭の上によじ登った。
「もう」
呟いてから、意識を集中させる。
「スティーリア」
クラウスのものよりも小さいが、氷柱が生成され、狙った方向に飛んでいく。
気のせい、ではない。ノワールと契約してから、魔法が簡単に使えるようになった。
ノワールが何かしてくれているのか───分からないが、魔法を使えるのはセレナにとって大きな進歩だった。
夕方まで魔法の練習を続けてから、小屋の中に戻った。鍋を温めながら、セレナは首を傾げる。───普段なら、クラウスが帰ってくる時間だ。
きっと、魔獣の処理に手間取っているのだと自分に言い聞かせ、セレナは焦げないよう鍋の中身を混ぜ続けた。
月が昇る頃になっても、クラウスは帰ってこなかった。
何かあったのでは、とそんな考えばかりが頭をかすめる。
不安に耐えきれず、セレナは立ち上がった。
皿に盛りつけた料理の匂いをすんすんと嗅いでいたノワールをつかみ、「ふぎょ!」という悲鳴をあげさせてから、小屋の外に出る。
ちょっと前まではできなかったが、ノワールがいる今なら───
「フィンスターニス!」
セレナの右手から黒い靄が放たれる。
かなり薄くなっているが、ぎりぎり分かる。
闇魔法が示すクラウスのあとを意識でたどり───
「いた!」
結界の外だ。戦っている、のだろうか。それにしては動きがない。
「───ッ!」
クラウスには結界から出るなと言われている。でも───じっと待っていることなどできるはずもない。
ノワールを肩にのせて、セレナは走った。
結界を越えて、走って。
セレナの視界にとび込んできたのは木に寄りかかってぴくりとも動かないクラウスと、クラウスに飛びかかろうとしている巨大な獅子だった。
何を考える間もなくセレナはとびだしていた。
クラウスを突き飛ばして、獅子の攻撃範囲から逃れる。セレナの右腕が燃えるように熱くなり、爪がかすめたのだと分かった。
そのまま、もっとも得意な魔法を───
「スティーリア!」
かつてない大きさの氷柱が突き刺さり、獅子は苦悶の声を上げ、逃げていった。
クラウスにかけより、抱き起こす。───どうやら、気絶しているようだ。大きな怪我も見当たらない。
自分の右腕を見ると、かすめただけだと思ったのだが、結構深い傷があった。腕を伝って血がぽたぽたと地面に落ちる。
セレナはふらりと立ち上がると、クラウスをなかばひきずるようにして歩きだした。
どうにかクラウスを小屋まで運び込むと、セレナはぺたりと座り込んだ。
視界はぼやけ、ゆらゆらと揺れている。
───人間は、どれくらい血を失うと死んでしまうのだったか。
ぼんやりとそんなことを考え、消えかけの意識を活性化させようとする。
心配そうにすりよってくるノワールに途切れ途切れに囁いた。
「・・・こないだの・・・ハイレンさんを、呼んでき、て・・・」
聞こえたか不安だったが、ノワールは「にゃっ!」と鳴くと、開いたままのドアから外へ出て行った。
それを確認し、セレナの意識を繋いでいた糸はぷつりと切れた。




