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魔錬精機  作者: 渡瀬 理央
祈りの国編

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8/59

月に祈る

 霧が完全に晴れた。キョウの視界には先程までの白い濃霧一面の世界から、どこか見覚えのある牧歌的な景色が広がっていた。足元にはくるぶし程の高さの青草。見上げる空は快晴。日本の季節に当てはめるならば関東の10月頃。暑くもなく快適な外気温。目の前には人の手によって植林されたであろう、等間隔で木々が生い茂っている。自然と人工によって作られた小高い丘。それが現在のキョウの立っている場所。衣服の丈が若干余っているような気がするが、気にとめるほどではないだろう。

 丘から見下ろす景色の中、遠くに建物の塊を肉眼で確認出来た。戸建てだけでなく集合住宅や灰色の煙を吐く工場のような建物もあることから、自分以外にも人がいることは間違いなさそうだ。

 辺りを一望したが高い山々は見えるが他に目立った建物群は見当たらない。ここに居続けたところで何か分かるわけでもない。麻雀プロに刷り込まれたリスクとリターンの押し引きを。育て続けた大局観を頼りにキョウは丘を降りた。

 

 日が傾き始めたころ、キョウは街を街と認識できる距離まで歩を進めていた。丘を降りたあとの道程はアスファルトの道路や信号、看板こそなかったが、土木整備の行き届いた石畳の街道を街へ向かって歩いてきただけだ。気になったことと言えば道中、体感、30分は街道を歩いたが人とすれ違うことが無かった。東京暮らしの長かったキョウにとって、これは新鮮な体験だった。

 街の中へ入ろうとするも、外周には石を積み上げるだけという原始的な作りではあるが、塀には違いあるまい。つまり、ここからは入るなと石の塀は語っている。キョウは低い塀を乗り越えることも考えたが、ここがキョウのいた日本、世界ではないとフリストからフェルンへの一件で確信している。無用なトラブルの火種は作らないほうが良い。

 外周を塀伝いに歩くと、程なくしてお目当てのものは見つかった。門こそなかったが街の入り口。門番と思われる背の高い2人の若者の姿もあった。若者達の格好は簡素な黒い法衣。日本であれば法衣を着て街を歩けば浮いてしまう。しかし、世界を見渡せば法衣など普段着ではないにせよ、制服と呼んでいる人々は大勢いることだろう。

 近づき、キョウは警戒心を持たせないように、明るい口調で話しかける。日本語が通じるかは不明であるがキョウは日本語以外の言語を習得していない。

 「こんばんは、街の中へ入ることは可能ですか?」

 背の高い門番2人はキョウを見下ろし、一瞥すると一人が業務的に答えた。

 「坊や、残念ながら門限はとうに過ぎているさ。免罪符は持っているかい?」

 日本語が通じることに喜びを感じた。しかし、キョウの入場は拒否された。門限と言うが辺りはまだ夕方。灯りが必要なほど陽は落ちていない。それに免罪符?いつの時代のことを言っているのか。思考するキョウにもう一人の門番が続ける。

 「見たところ君はゲストのようだけど、ルールはルールだ。門限に特例は無いし、然るに免罪符を持たない者の入場は許可出来ない」

 フェルンにも散々言われた。キョウのことを「ゲスト」と呼ぶ門番。また一つ解決しなくてはならない疑問が増えた。解決をするためには多くの情報が必要だ。情報を手に入れるためには沢山の人の話を聞き、自分で取捨選択しなくてはならない。キョウはやはり、街への入場をするべきだと考える。

 「門限のことは分かりました、質問ばかりで申し訳ないのですが免罪符はどこで入手可能でしょうか?」

 門番2人は肩をすくめる。法衣を着た若者とはミスマッチな態度だ。

 「欲しいなら今すぐにでも売ってあげるよ。1枚5万クロムでシャミル様は坊やの門限破りを許して下さる。塀の外は夜になると危険な獣達の縄張りだ。これで1夜の安全が買えるなら安いもんだとは思わないか?」

 「持ち合わせはありません」

 「それなら話は終わりだ。仕事の合間に今夜の安全を俺達が祈ってやってもいい」

 「なるほど、分かりました。最後に1つだけ、この街の人々の収入の中央値は?予想の範疇で構いません」

 門番は面倒だと隠しもしない表情で答えた。

 「ざっと月に30万クロムってところじゃないかね」

 「ありがとう」

 キョウは踵を返し、反転した。塀添いに歩きながらキョウは思考する。門番達とのやりとりを反芻する中で幾つか分かったことがある。恐らく「クロム」とは通貨。住人の収入についてキョウは尋ねたが、門番達が月収で答えたことから暦と労働は確実に存在する。シャミルというのは偶像か人物か象徴かはまだ断定は出来ない。免罪符に関しては門番が法衣を着ていたことから推測するに、中世末期にローマ・カトリック教会が発行していた「罪が許される高額な証明書」と同じで間違いはなさそうだ。

 

 どれくらい塀添いを歩いただろう。夜と言っても差し支えない程に陽は落ちていた。外周を直角に曲がると焚火を囲う人々が居た。キョウは心の底から安堵した。高額過ぎる免罪符は買えない。しかし、街の外の労働へ行く人々がいるのではないか。キョウはその予想を元に塀添いを歩き続けていた。再び、門番達のところへ1周してしまったら石畳の街道へ、小高い丘へ戻ることも考えていたキョウにとって、これは幸運だった。

 「今晩は冷えるので僕も焚火のご相伴に預かっても?」

 誰に向けた懇願ではなかったが焚火を囲う中の1人の老婆が穏やかな声で答えてくれた。

 「こんな夜中に坊や一人かい。どんな事情があったかは知らないがこっちへおいで」

 この世界は本当に分からないことだらけだ。だが、キョウはこの夜、この世界の優しさに触れた。

 

 

前回の2倍近く文字数を書いたようですが、本エピソードの執筆時間は前回の半分以下…

青写真の大切さを学びました。

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