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魔錬精機  作者: 渡瀬 理央
花の国編

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伏龍鳳雛は語り合う。

 金と人が充分に集まったと判断した国士無双隊は、いよいよ花の国の一本化を目指して本格的に動きだす。まずは、リッパー王子が錬精機を使った武力アピールをした時に妨害しやすいよう、嶺上開花(りんしゃんかいほう)を花の国と祈りの国の国境線からほど近い。現在は人も住んでない花の国の集落跡地へ移動させた。遊牧民らしく、元集落は井戸と数基の簡易的な粘土造りの家屋があるだけ。家の中も藁を敷き詰めた、良く言えばシンプルな作りだった。

「水があるのはありがたいですね、このままでも問題ないとは思いますが、念のため煮沸して使いましょう」

 調理担当のジャルーにとって調理に使える水がたっぷりとあることはありがたいことだろう。一方、チコリはエルビアンを誘い、一番大きな粘土造りの家屋へ赴いていた。チコリはいつものタンクトップにホットパンツ。エルビアンもいつもの茶色の長袖のワンピース。今日のカーディガンの色は黄色だった。

「集落長の家のようですわね」

「国士無双隊の本部にでも使うかい?」

 チコリは残されたいくつかの調度品を手にとり、石と粘土で作った机に座った。

「いいとこ、野戦病院ですわね」

 電気もガスも水道も無いここでは無線の送受信さえ困難だろう。チコリは「おばさま、座って」と、前置きをし、エルビアンも黙って腰を下ろした。

「今回の買収作戦、どう思いますか?忌憚(きたん)なき意見を」

「そうさねぇ。今回とか言う前に、私なら全員連れて行かずにルークだけは花の国に情報源として残した。情報が入って来るのが遅い。精度も不透明だ」

「それではキラー・ペインもここには居ません。キョウさんの希望を違うことになりますわ」

「キラー・ペインは持ってくる。お嬢ちゃんだってアクセス出来るだろ?大事なのは《キラー・ペインが手元にあること》それだけさ」

「それでも兄上をあの国に残すだなんてこと、私には出来ません」

「その甘さが全員を殺すことになってもかい?」

 チコリの背筋に冷たいものが走る。エルビアンは普段通り、笑顔を崩さない。

「作戦を考える立場になった以上、誰よりも冷静に戦況を把握しな。周りを熱くさせて、自分だけは仲間の輪の1歩外から鳥の目で戦況を見るんだ。少なくとも、私が若い頃は祈りの国で1番冷徹に働いていた自負はある」

「…辛くはなかったのですか?」

「家に帰れば爺さんが居たからねぇ」

「羨ましい話ですわ。私には家族と呼べる人は兄上だけですので」

 花の国の暗黙の了解。ルークとチコリは正室でも側室でもない、町娘の落とし子。親の顔を見たこともない。その為、幼少期は上の兄達と一緒に遊ぶことは許されず、成長してからも最前線に出ることを異母兄弟に強要されることは多かった。だが、ルークは戦果を挙げ続け、魔錬精機の操縦席を確保し、チコリは交渉役として数々の商談、密談を纏めて来た。結果として、王族からは忌み嫌われ、民衆からは支持を集める異端の兄妹が誕生した。

 チコリは俯き、肩を震わせポロポロと涙を流した。

「私には、兄上の居ない世界は無理です…」

「悪かった。艦長とはいえ13の女の子にする話じゃなかったね」

 エルビアンはチコリを抱き寄せた。頭を撫で、取り出したハンカチで涙を拭く。チコリが泣き止むのを待つとエルビアンは、1つ落ち着き、切り出す。

「お嬢ちゃん。情報の削り合いはやめないかい?」

「ええ。今後の事を考えると、私もそろそろと思っていたところですの」

 エルビアンの腕の中でチコリは涙声で答える。目線が合わないことだからこそ出来る本音の話し合い。

「なんでキョウって神輿を担いだんだい?」

「キョウさんに関してはレッド・フィクションで出会ったのは3割偶然。ですが、彼の目的とキラー・ペインの保護。その親和性は無くすには惜しいものでした。後にサヴァンになってくれたのも僥倖でした」

「緋色研究だね?」

「ええ、彼等の度重なる邪魔が無ければ、兄上の戦果は倍では効きません。それはフェン王子やリッパー王子の発言権を超えるほどに」

「最初はキョウを利用したかったでいい。今は?」

「私の短い人生で《1番楽しい1日》が毎日更新されていますわ。それはキョウさんだけじゃない。みんなが居るからです」

「女の子1人を毎日笑顔に出来るなら、ウチの息子は大したもんだ」

「ねぇおばさま?少し寒いわ」

 外の気温は快適そのもの。チコリの不思議な発言の真意をエルビアンは察した。

「艦長席に座っていない時くらい、たっぷり甘えな」

 エルビアンは自分の着ていた黄色のカーディガンをチコリに着せた。第一ボタンだけを留め、少し袖の長いそれはチコリが今まで着たどのドレスより似合うマントのようだ。エルビアンの腕から出ると、その場でクルリと1回転して見せた。

「おばさま、似合う?」

「そいつは爺さんの手縫いだよ、大事にするならくれてやる。他にも沢山あるからね」

 裁縫家の夫と整備士の妻。周りからは冷やかされることも多かったが、二人は幸せだった。

「おばさま。私、もう泣きません。この黄色のマントに誓いますわ」

「マントじゃなくてカーディガンだよ」

 エルビアンはもう1度、チコリを抱き寄せた。子供が居なかった親と親を知らない子。今までの時間を取り戻すようにチコリはエルビアンの無償の愛情を享受する。その幸せな時間を唐突に終わらせたのはチコリの携帯電話の呼び出し音だった。

「何ですって!?急ぎ、ブリーフィングルームに集合を」

 電話を切るとチコリはマントを翻し、嶺上開花へ向かった。

「どうしたんだい?」

 速足のチコリの黄色い背中に、エルビアンは問い掛ける。

「リッパー王子が動きました。またしても龍の巣を潰しにいくようですわ。今度は花の国の航路と全く関係ない場所です。前回、ウチの大将が大活躍したのがよっぽど気に食わなかったようです」

「いいかいお嬢ちゃん」

 言いかけたエルビアンを遮り、振り返る笑みは、13の少女とは思えぬ頼もしい艦長の顔だった。

「誰よりも冷酷な態度で臨みますわ」

 爺さん。子供の成長は早いねぇ。エルビアンは心の中で呟き、チコリに遅れてブリーフィングルームへ到着した。

マネーゲーム編、キックオフです。

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