花を祈る
ルークとチコリが嶺上開花へ戻ると、見慣れない面々が作業に加わっていた。言うまでも無く、キョウが口説いた新たな国士無双隊の新規メンバーである。作業着姿のディッシュやエピロット工務店の面々は早くも現場作業に合流。格納庫と整備室を自分達が使いやすいよう整理整頓を終え、格納庫にはバッド=バット。キラー・ペイン。ビー・アゲハ5機に加え、エピロット工務店が持ち込んだ工業用錬精機が7機。整備室の脇には交換用パーツ、消耗品の山。血抜き、肉抜きを終えた龍の甲殻が積み上げられている。
「お前これ、剣の国の最新式じゃねぇか。どうやってこんなもん手に入れたんだ?」
「ジャンク屋の知り合いが流してくれたんです。レアですよね?」
「かっこいいなぁ。こいつをビー・アゲハに組み付けてもいいか?」
メカニックチームのディッシュ、エピロット工務店、花の国のグロウは早くも打ち解けていた。最初にエピロット工務店が親方を筆頭に見事な龍の解体を披露し、グロウはビー・アゲハのスペックを語り、ディッシュがバッド=バットのセッティングを説明しただけで3者はお互いを認め合い、メカ談義に華を咲かせる。ただし、問題もあった。整備班のリーダー不在である。各々の能力は申し分ない。だが、修理、補給に優先順位を付ける。得意分野も違うチームをまとめるにはリーダーの存在は必要不可欠。仲が良い事は結構だが、統率のとれた整備チームを作らなければならない。ディッシュとグロウは親方を推したが、肝心の親方は良い顔をしなかった。
「俺達はあくまで工務店だ。依頼を受けて動くことには自信がある。だがよ、これからキー坊がやろうとしていることはそうじゃねぇだろう?」
そう、嶺上開花の整備室に求められるのは臨機応変な能力である。そして、艦長の、操縦士のイメージ以上の仕上がりで錬精機を事前に用意しておくことが必要だ。これにはディッシュもグロウも反論出来ない。
「キー坊の専属メカニックであるディッシュが適任だと思うがね」
「お、俺?」
「あぁ。お前さんが見る錬精機は基本1機だ。俺達とグロウがしっかりメンテナンスさえしておけば後はお前の判断で全ての錬精機の状態を把握出来る。違うか?」
親方の思わぬ抜擢にディッシュは即答は出来ない。相手は現場経験豊富な熟練メカニック達だ。学生であるディッシュが彼等に指示を出す。そんな事が許されるのか?だが、ディッシュは総大将であるキョウの専属メカニックという自負も芽生えている。ディッシュの出来如何によってキョウは命を落とす。そんな事は当然、認められない。眼鏡の小太りの青年は今日、重い責任を両の肩にしっかりと背負う。
「…やります。やらせて下さい!」
「頼むぞ整備班長」
頭を下げるディッシュに、親方とグロウがディッシュの頭をグリグリと掴む。その様子を見て、ルークがディッシュに声を掛ける。
「班長。いきなりで済まないが追加だ。キラー・ペインの整備も班長である君に頼みたい」
「え?は?貴方は?」
「挨拶が遅れたね。ルークだ。花の国の第三王子をやってる。キョウが信頼を置くディッシュとは君だろう?キラー・ペインは繊細なんだ。君のようなメカニックに見てもらいたい」
「俺、まだここで何の仕事もしていませんが…?」
「キョウがいつも言っているよ。ディッシュはいつだって最高の錬精機を用意してくれてるってね。それだけで充分さ。キラー・ペインの出来に不満があればすぐに変える」
整備班長に加え、憧れの魔錬精機のメインメカニックにまで任命されたディッシュは理解が追い付かない。遠くでチコリが大声で叫ぶ。
「整備班長ー!艦長命令ですわー!キラー・ペインを宜しくお願いしまーす!」
ディッシュは不安半分、喜び半分といった表情で親方を見る。
「班長、いきなり見る機体が倍になっちまったな。まぁ頑張れや」
赴任初日から予想外の連続のディッシュだが、もう迷いは無かった。携帯電話の待ち受け、シャルルの画像を一度見ると、整備チームに号令を掛ける。
「修理から始めましょうか!今晩中に全て終わらせちゃいましょう!」
「はぁぁ!?この量だぞ!?」
整備室から悲鳴にも似た絶叫が響いた。
ルークとチコリがブリッジに上がるとそこにも初めて見る顔があった。ブラウンの長袖ワンピースに紺のカーディガンを羽織った老婆、エルビアンである。彼女はライチにレクチャーをしているようだった。
「高度なんてね、都度計測なんて必要ない。空と雲、太陽を見りゃ大体わかるだろ?自分の身体から血の下がる感覚を育てる事が大事だ。高度計見る暇があるなら索敵に回しな。そっちの方がよっぽど艦の為になる。いいかい?索敵が5秒遅れたら全員の寿命が50分縮む。覚えておきな」
「は、はい!オペレーターの方は…?」
「戦士に最後のエールを送れるのはライチしか居ないんだ。不安を与えず、ブリッジ全員の願いを込めて送り出す。それだけさ」
「エルビアンさん、こっちも見てもらえますか?」
操縦席から声を掛けたのはビー・アゲハの操縦士であるサーヤだ。今は錬精機の出撃予定が無いのでグロウに代わり、サーヤが操縦席で勉強中である。エルビアンは自宅から持ち込んだ杖をつきながらサーヤの座る椅子に手を掛け、モニターを見やる。
「あんた筋いいじゃないか。キョウより上手だよ。そうそう。艦を安定させるのは重力、抵抗に対しての出力比率だ。艦長の行きたい所を先に感じて誘導してやるのさ。次はシミュレーションで回避運動も入れてやってごらん。サーヤだったね。サーヤがどれだけ回避パターンを持つか。それがそのままこの艦の生存率だ。考えながらやってごらん」
「ねぇキョウ、私の方が上手いって」
喜ぶサーヤの隣に立つキョウもこれには何も言い返せない。戦場で急加速、急制動、急旋回に慣れ過ぎたキョウには嶺上開花の《大質量をゆっくりと動かす》ことは難しかった。ルークとチコリに気付き、エルビアンは挨拶に向かう。
「艦長に副艦長、年寄の余計なお節介で勝手に色々吹きこんじまった」
チコリがエルビアンの手をとる。
「近代錬精機の母、と呼ばれた実力の片鱗、見させて頂きましたわ」
ルークもエルビアンへ握手を求めた。
「副艦長は今日で降ろさせてもらう。エルビアンさん、あの椅子は貴方が相応しい」
キョウが推薦するまでなく、ルークはその席を自ら譲った。
「おばさま?艦長席でもいいですわよ?」
チコリが冗談めかして笑う。エルビアンもこれには困った顔をするしかない。
「お嬢ちゃん。私はあんな高いとこ登れないよ」
エルビアンも冗談で返し、チコリとエルビアン。嶺上開花の頭脳2人は再び握手を交わした。
気が付けば50話を超えました。




