グレート・ゴーンマス
祈りの国から空路で2時間。チコリとルークはグレート・ゴーンマスの最寄り空港へ到着した。ここの空港に用のある人間は商人が9割。ビジネススーツが溢れる中、タンクトップにホットパンツといつもの活発なチコリは年齢以上に浮いていたが、本人にその自覚は無い様だ。
「兄上と2人きりでお出かけなんて、いつ以来でしょう」
「思い出せないな」
「もう!去年の私の誕生日パーティーですわ。屋上でくれたプレゼント。今も私の寝室でお留守番をしています」
ルークにとっては「似合うだろう」くらいで送った猫のぬいぐるみは、チコリにとって今も宝物である。
グレート・ゴーンマスは剣の国と錬金の国による共同の経済自治区だ。元々、精霊戦争の後に敗戦国である夢の国の跡地で闇市として始まったこの地区は、勝戦国が敗戦国の土地を切り取る会議に時間を掛けている間だけは、誰の土地か分からない、税金もかからない。この僅かな時間と場所に目を付けた鼻の良い商人が世界中から大勢集まり、独自のコミュニティを形成した。当然、どの勝戦国もこの金のなる木を欲しがったが、商人達も税率の安すぎるこの土地を手放すものかと自衛団を設立し、対立。結果、国とはいかなかったが、自治権を獲得。経済自治区と正式に認められ、管理にはジルチの2大大国である剣と錬金の国が名乗りを上げ、犯罪の取り締まりや役所作業を分担している。
チコリとルークは相場より高すぎるバスを使い街に着くと、建築の効率を無視した街を地図を頼りに進む。元々、早い者勝ちで気に入った場所に露店を出すことから始まったこの土地は「街」としての機能を考えることなく、無尽蔵に拡大していった。慣れない者であれば、お目当ての商店に辿り着くことは不可能だろう。生き馬の目を抜く商人の世界では看板と店主が変わることも日常茶飯事で、1カ月前に刷新された地図ではまるで役に立たない。ネットも敢えて更新せず、街の入り口で買う有料の新聞。ここに毎日更新される地図のみがこの街の現在を正確に表している。
「新聞1部が280クロムとはふざけていますわ」
ぼやくチコリの言い分ももっともだが、必要経費だとルークから諭され、歩くこと15分。ようやく目的の商店「エレクトニック青果本店」へ到着した。店は3階立てで、1階には別の商店を店子として、3階は事務室兼、自室として運用している。2階へ登る螺旋階段の壁には「高価買取!」という言葉がこれでもかとキャッチーなフォントで並ぶ。エレクトニック青果店はこの街の古物商最大手である。商人相手の青果店として始めたこの店は、次第に扱う商品や形態を変え、現在のような「何でも屋」としてグレート・ゴーンマスのアイコンとして有名な店である。
2階の自動ドアを開け、「買取はこちら」の案内に従い、チコリとルークはこの街に来て初めて腰を下ろす。ほどなくしてやって来たのは、露出度の高いスーツに身を包んだ見目麗しい女性店員だった。鼻の下を伸ばした客ならば、コロっとやられてしまうだろう。抜け目の無い商魂である。当然、飲み物など出るわけがない。
「予約していたチコリですわ」
幸い、その手の色仕掛けは理解出来ない年齢のチコリは自前のノートPCを広げ、淡々と商談の準備を始める。先手を取ることに失敗した店員は意に介さず、チコリの見せるディスプレイを確認する。元々、こんな安い仕掛けが成立するならば、この街で生きてはいけない。
「今回お売り頂ける商品は空中移動型ブロックを25区画ですね?」
「ええ。サード・ガーデンとして運用していた中古品ですが。状態は悪くないと思いますわ」
「サード・ガーデンと言うことは、花の国の認定品ということですね」
「いえ。サード・ガーデンは花の国から離脱していますの」
「つまり、盗品の可能性もある」
「それは王女である私への侮蔑でしょうか。失礼ではなくて?」
「あくまで可能性の話です。我々が盗品を扱うなんてこと、あってはなりませんので」
ここで押し問答をしても答えは出ない。助け船を出したのはルークだった。
「花の国の第三王子、ルークだ。証明の為に一筆書こうか?」
「…分かりました。では、査定書をお持ちしますので暫くお待ち下さい」
席を立つ女性店員に変わって現れたのは、40代のパリッとしたスーツを着た爽やかな印象を誰もが持つであろう男性店員だった。
「お待たせしましたチコリ様。店主のマルセロです。こちらが査定書になります。金額に納得がいけばサインを」
マルセロから提出された査定書の金額は、チコリの予想を大きく上回る金額だった。
「ちょっと!この金額は納得出来るものではありませんわ」
「おや、私どもと致しましては最大限勉強させてもらった結果ですが」
「相場の無い商品だということは承知していますわ。ですが…」
「高すぎる…と?」
「ええ」
「この商品は店頭に並ぶことはありません。私どもの新しいビジネスにそのまま流用しようと。その為の投資と思って頂ければ。国士無双隊にとっても悪い話ではないかと思いますが?」
ルークの眉が動いたがまだ、口を挟まない。
「あなた、どこからそれを?」
「人の口に戸は立てられません。総大将のキョウ様の動きに、ビジネス界では既に注目し始めております。型遅れの学生が作成した錬精機で龍を討ったらしいですね」
「私達がこれからやろうとしていることもお見通しってことですね」
「国が動けば金が動く。喰い合っていた勢力が1つになる。我々はその残飯を美味しく頂くだけでございます」
具体的な言葉は出さないが、マルセロは今後起こるであろう花の国の情勢を正確に予想している。「加えて」とマルセロは続ける。
「あなた方、国士無双隊からは金の匂いがします。私はこの感を大事にしていましてね。是非、今後ともいい付き合いを続けたいと思っています。査定額には懇親料も含まれております」
「褒められている気がしませんわ」
チコリもリラックスしたのか軽口を叩き、肩を竦める。王女相手に僅かな時間で懐に入り込んだマルセロ。彼は商人にとって最も大事な要素、「信用」を早くも勝ち取った。そして話をルークも巻き込み、商談をまとめにかかる。
「ルーク様と致しましてはこの査定額に不満は?」
「35億クロムほど乗せてもらおうか」
「兄上!?」
チコリが驚愕するのも無理はない。今回の査定額は端数を除くと75億クロム。チコリの予想額は55億クロム。花の国対策に必要な金額は試算では60億クロム。ここで手を打っても充分、目標金額に届いている。ルークは平然とした様子で言い切る。
「君達に入国、出国手続き不要の移動店子を売るんだ。これがどれだけの利益を生むか。ソロバンを足で弾いたって俺の言い値は妥当だ」
「到底、納得出来る金額ではありませんね」
あまりにも法外な金額の吊り上げにマルセロも声のトーンを一段落とした。
「無論、これだけでこの金額は馬鹿げてる。俺達の次の目的地を言う。この情報料を上乗せしてくれ」
「花の国の首都、フラワーパレスでは?」
「そうとも限らないさ、俺は自由な王子だぜ?」
「総大将が許すとは思えません」
「アイツは飾りさ。国士無双隊はキョウを除き、全員花の国の国民だ。構成員くらい調査済だろうに」
「28億」
「NO」
「30億」
「NO」
「31.5億」
「NO]
「33億。これ以上は鼻血も出ません」
「YES。店主、金額を書き換えてくれ。チコリ、サインを]
マルセロの書き換えた金額、108億クロムを確認すると、チコリはサインを。ルークはマルセロと握手を交わした。
「貴方には参りました、回収するのに何年掛かるやら」
「俺じゃない。今回はチコリの言う通り動いただけだ」
チコリはペロリと舌を出した。
「ごめんね、マルセロさん。私達、必死なの」
「とんだ兄妹だ。こっちの世界に是非来て下さいよ」
商売ではよくある手法、「沈黙は金」よく喋る人間の脇に無口な人間を置き、肝心な金額を無口な人間に言わせることで説得力が増す。種明かしをすればシンプルだが、今回は相手が王女と王子。マルセロが出し抜かれたのも無理はない。
「国士無双隊の今後は?」
切り替えて肝心の情報料を回収に取り掛かる。
「そりゃお前、フラワーパレスだろう」
マルセロは目をまん丸と見開き、大きな声で笑った。
「こんな清々しい商談は久しぶりだ。今後とも御贔屓に!」
商談成立後にしか出ないお茶を3人で飲み、プライベートの連絡先の交換を終え、ルークとチコリは店を出た。店の入り口を歩く2人を2階から見下ろすマルセロは口角を上げる。
「国士無双隊、大きくなるよなぁ…」
グレート・ゴーンマスを代表する商売人、マルセロが初めて商談で完敗した相手は、花の国の小さな王女だった。
久しぶりにキョウ君の居ないお話でしたが、スラスラと書けました。みんなの個性を私が把握出来始めたからかもしれません。




