ディッシュ・アルバロス
エピロット工務店でのひと悶着が明けた翌日も、キョウはバイクを走らせていた。「定食研究所」ディッシュの実家であり、街の住人に愛されている定食屋である。暖簾を潜り、油で滑る床に注意しながらカウンターに座るとディッシュの母、ムーメイがキョウに気付いた。
「あら、キョウちゃん。いらっしゃい」
「どうも。ご飯食べてからディッシュに会いにいこうと思って。ランチ定食まだいけます?」
「ごめんねぇ、ランチ定食もう終わっちゃったのよ。ディッシュならいつものとこじゃないかしら」
「残念。じゃあいつもの。C定食お願い出来ますか」
人気のランチ定食をダメ元で頼んでみたが売り切れならば仕方ない、それでもここの定食はどれも美味い。大盛のごはんにチャーシューエッグ。サラダにスープまで付いて750クロム。以前、ディッシュが驚愕したホテルのコーヒー一杯1500クロムの丁度半分の値段でこの満足度。
「ごちそうさまでした」
昼食を平らげ料金を支払い、店を後にする。店のすぐ後ろにはもはや何度来たかも分からない、ディッシュのガレージ。こちらも勝手知ったる様子で木製のテーブルに腰掛ける。ディッシュの姿は見えないが作業がひと段落つくと、ここへ来てココアを飲むのが彼の通例だ。ガレージを見渡すと以前来た時に比べ、随分大型の荷物が増えた。その中には運び込まれた龍の死体もあるだろう。
「よぅ、来てたのか」
作業着のツナギにレンチを持ったまま、眼鏡に長髪の青年は作業手袋を外さずにキョウの淹れたココアを飲んだ。
「あぁ。龍は届いた?」
「お前な。せめて事前に連絡するとか出来なかったわけ?でかすぎんだろ」
「サプライズだよ」
「そういうのはマドカさんにやってやれ。相手を選べよ」
軽口を叩きながらハイタッチ。約束を果たしてくれたキョウへディッシュなりの賞賛だ。
「んで?今度は何の用だ?」
「ディッシュ。今回はちょっと真面目な話だ。サヴァンの勅命でも親友としてでもどうでも良い。お前が欲しい」
「唐突だな。話せよ。時間はあるさ」
花の国からこの街に来て何度目かの説明をした。流石にキョウも慣れてきたのか、説明はスムーズだった。ディッシュは予想外の返答だった。
「えっとさ、お前とは色々あったよ。だけどさ。なんで俺?先生にエピロット工務店だろ?優秀過ぎるメカニックメンバーだろ?充分足りてるんじゃないか?」
「足りていない。エルビアンはお前が来てくれたら副艦長へ推薦するつもりだ。親方達だってメカニック専属ってわけにもいかない。ディッシュには僕専属のメカニックになって欲しい。空いた時間は錬精機ビルダーとして過ごしてもいいし、ブリッジクルーになってもいい」
「俺の今の気持ち、率直に言っていいか?キモイかもしれないけどいいか?」
「僕だって親友とか言っちゃたんだ。この会話はお互い墓まで持っていこう。約束だ」
「俺さ、これまでの人生で、誰かに欲しいなんて言われたことないからすっげー嬉しいよ。メカニックにとって操縦士からの最上の誉め言葉。専属メカニックになってくれなんて。これもすっげー嬉しい」
「更に褒め殺すとな。エルビアンとエピロット工務店は志願兵扱いなんだ。僕の熱意は変わらないとはいえ、お前だけはサヴァンの勅命を使ってでも連れて行くぞ」
「シャルルに訴えるぞ。お前の選んだサヴァンは職権乱用してるって」
「その前にシャムルさんをさっさと口説けよ。クロックあたりに持っていかれるぞ」
「うるせー。それならお前も愛しのマドカさんを連れてこい。説教してやる」
「その為にもお前が必要だ」
「そうか」
「そうなんだよ」
ディッシュは大きく伸び「これから忙しくなるなぁ」と呟くと携帯電話を取り出した。相手はシャムルだろう。キョウは無言でその場を離れた。暫くするとシャムルとの会話が終わったのか、ディッシュが近づく。
「出発は?」
「9日後だ」
「オーケイ。今からでも運べるものは運んじまおう。早速、エピロット工務店にお願いしよう」
「あぁ、親方達の仕事は早いし正確だ。あと、お前にしか出来ない事を頼みたい」
「は?これ以上何やらせるつもりだよ」
「最高の錬精機が欲しい」
キョウの申し出は散々世話になったバッド=バットへ対する侮辱とも取れた。それでもディッシュは冷静さを崩さず操縦士の意図を最大限に汲み取る。メカニックとしての非凡な優秀さを垣間見た。
「相手は赤い機体か?」
「あぁ、赤い機体は魔錬精機と遜色ない性能だ。魔錬精機と同等、それ以上の力が欲しい」
「へーへーやってやりますよ。その為の龍の甲殻だ。有効活用させてもらう。その代わり、こっちも条件を出す。俺のこれから作る錬精機の精霊は最低でも高位、もしくは最高位と契約しろ」
「お互い手厳しいな」
「最高ってのはそう簡単に手に入らないから最高なんだろ」
操縦士と錬精機ビルダー。妥協を許さない2人から生み出される龍の子。今はまだ、ディッシュの頭の中でスケッチ段階だ。
何度も書いたこの2人の会話はやはり楽しく、ついつい長くなってしまいます。
花の国編、中盤突入です。




