浮上
嶺上開花の発進には長い時間を要した。理由は圧倒的なスタッフの不足。それぞれの役割に良くて2人、悪ければ門外のことをせざるを得ない部署もあった。医師が高度計を見て何をしていいのか分からない。そんなことが続く中、なんとか発進準備が完了したのは太陽は傾き、空が赤く染まる頃だった。
「ま、そのうち慣れるさ」
艦長席に座らず、副艦長席を陣取るルークは、しがらみだらけの花の国から脱出出来ることを喜んでるようで、終始、上機嫌だった。オペレーターのライチが振り返り、ルークに報告を入れる。
「ルーク様、嶺上開花オールグリーンです」
「おいおい、俺じゃなくて艦長に言いたまえよ」
「艦長…?ルーク様が艦長だとばかり」
「俺の居場所は本来キラー・ペインだ。キョウも錬精機で前線に出てもらう必要がある。艦長ならあそこに居るじゃないか」
ルークが指さした先には、ホットパンツにタンクトップと相変わらず活発な恰好の少女がブリッジ内を所狭しと駆け回り、慣れない作業をこなすスタッフへ指示を飛ばしていた。
「妹は優秀だよ。贔屓目を差し引いてもライトスタッフだと思うね」
ライチはチコリに向き直り改めて声をかける。
「艦長、嶺上開花オールグリーンです」
チコリは自分に言われているとは気づかなかったが、回りを見回すとルークを含め、ブリッジ内の全員がチコリを見ると大きく頷いた。全員の意図を汲み取り、他のブリッジクルーを見渡せるよう、数段高いまだ大きく、座り心地の馴染まない艦長席にチコリは腰を落とした。ヘッドセットを耳に掛け、可動式アームの先にあるモニターを3枚引き寄せ、艦内状況を確認した暫定艦長チコリは艦内放送のスイッチ押す。
「嶺上開花、発進!!」
本来、整備班の40代男性。グロウが操縦席から復唱する。
「嶺上開花、発進。艦長、次の指示を」
「まずは低空、低速でも構いません。安定飛行が最命題です。不安のあるスタッフへ操縦をこちらへ、私が都度、フォローに入りますわ」
嶺上開花は不安定ながらもゆっくりと浮上し、少しづつ高度を上げ前進を始める。いくつかのタスクが艦長モニターに回される。それをチコリはひと睨みすると、タイピングのみで解決した。
「嶺上開花、安定高度とれました」
オペレーターに索敵、観測と本来3人分の多大なタスクを兼任することになったライチがチコリへ報告を入れる。 嶺上開花は安定高度に入り、徐々に前進速度を上げ、大霊峰を目指す。ブリッジクルーに弛緩した空気が流れ、地上が大分小さくなった時だった。
「艦長!ファースト・ガーデンから錬精機の発進熱源を確認!」
「来ましたわね。数は?」
「7機。全てビー・アゲハです」
「格納庫各員へ。露払いの為、錬精機を出します」
錬精機へ応急処置と補給を施した後、整備班は全員ブリッジへ上がった為、現在、格納庫には2人の操縦士しか居ない。バッド=バットはマドカとの戦闘による負傷からの修理が間に合わず、キョウ、サーヤの両名は予め見繕っていた状態の良いビー・アゲハの操縦室へ乗り込み、発進カタパルトへ乗せる。
「宜しくね、キョウ・エルビアン・ナナオさん」
「キョウで良いよ。左翼と正面は僕が見る。右翼を頼む」
「わぉ、じゃあお言葉に甘えて。右翼は私が抜かせない」
「キラー・ペインは間に合いそうか?」
「期待出来ないんじゃないかしら。ルーク様は何だかんだチコリ様へ甘いから」
操縦者同士は左右の2門あるカタパルト上で動画モニター越しに軽口を叩いた。
「兄上、砲撃手をマニュアル操作でそちらに回しても?」
「構わないが。キラー・ペインは出さなくて良いのかい?」
「今、緋色研究が出てきても対処出来ません。よって今回、キラー・ペインは使いません」
ルークは席を立ち、空席の砲撃手が本来座るはずの椅子へ座る。主砲は全面に固定させている為、副砲の砲門をゆっくりと後方へ回旋させ、発射準備へ入る。
「賢明だ。キラー・ペインの力のみだと思われるのも癪だからね。やってみるよ」
こちらへ向かうビー・アゲハへ標準を合わせ、狙いを定める。
「チコリ、悪いが発射命令は要らない。こちらのタイミングでやれると思った時に撃つよ」
狙撃手の顔になったルークはチコリの方も見ずに言う。チコリもこの顔になった時のルークの狙撃精度を知っているので何も言わない。
「敵錬精機、間もなくこちらの射程に入ります!」
「国士無双隊出撃!」
「サーヤ機C装備!どうぞ!」
「サーヤ機、行くわよ!」
「キョウ機、どうぞ!」
「出ます」
2機のビー・アゲハは発進カタパルトから射出されると、大きく弧を描き、向かってくる敵を正面から受け止めるよう、嶺上開花の後方へ回り込んだ。
「サーヤ、倒そうとしないでいい。嶺上開花の空域離脱が最優先だ」
キョウの説明より早く、サーヤは両肩に担いだランチャーを発射し、既に1機撃墜していた。
「そうなの?」
「御見それしました」
サーヤと別れ、それぞれの配置に着く。ルークからの射撃で更に2機の撃墜報告を受ける。
「ったく、こっちは慣れてない花の国製の錬精機だってのに」
キョウのビー・アゲハの装備は今回も苦手な射撃武装を外し、本来のビー・アゲハの主力である右手の大型の鋏と両足に仕込んだ毒針。精霊は低位、鎌鼬。普段と違うフィーリングを修正しながら右手の鋏で一機を両断する。続いて襲い来る敵錬精機へカウンター気味の蹴りを浴びせ、即効性の毒を流し込む。毒の効果は操縦から実行までの電気回路の鈍化。もたつく操縦を見逃さず、敵の羽を切断。地に落とした。ライチからサーヤが更に1機、撃墜したと報告が入る。
つまり、目の前に居る最後の1機。コイツを落とせば嶺上開花の安全は保障される。踏み込んで白兵戦へ持ち込めば決着は早いだろう。だが、キョウは敢えて時間を使い、機体を右へずらし、より安全なルートを選んだ。
「働かせるねぇ」
一閃。ルークの狙撃は正確に敵錬精機の動力部を打ち抜いた。
「射線は譲った。お前の距離だろ」
「あれ?もう終わったの?」
サーヤと合流、追撃が無いことをライチへ確認すると嶺上開花へ帰投した。格納庫へビー・アゲハを収容した後は操縦士としての仕事は終わりだ。しかし、例によってこの艦は致命的なまでに人手不足。自分達に出来ることは何でもする。ブリッジへ上がり、チコリからの指示を仰ぐ。
「ご苦労様。相手は威力偵察のようでしたね。キョウさんはこのままブリッジに残り、ライチの行っている索敵を。サーヤはジャルーと代わって。ジャルー。遅くなりましたが夕飯の支度を」
ジャルーと呼ばれた小太りの男性は、初めてのブリッジ作業から解放され、コック帽を被り本来の仕事へ戻った。嶺上開花は間もなく祈りの国の領空へ入る。ひとまずの安全が担保された。
チコリ暫定艦長は初登場時から決めていました。今後は暫定艦長と会計を兼任してもらう予定です。




