第三王子と第五王女
チコリが待ち合わせの場所に指定したのは、キョウの住む街からほど近いあの小高い丘だった。一度は炎によって薙ぎ払われた丘の緑は、人の手と自然の力によって以前と変わらない様子を取り戻していた。
チコリから作戦に使う錬精機もみたいとの希望があったので、バッド=バットで丘に向かうキョウは新しい精霊契約後、初めての実機操縦で以前との違いに戸惑いを感じ、一挙手一投足を確かめるように丘へ向かう。
「ガワだけ同じでまるっきり別物じゃないか…これが中位精霊の力か」
キョウと精霊空のシェイクダウンは決して順風とは言えなかった。推進、制動。最も基本的なこの動作を以前は5段階で調節していたとしたら、今は20段階といった具合だ。アバウトな操縦だと一瞬で制御を失う。しかし、パワーもスピードも確実に上がっている。ディッシュの出した当たりのセッティングは本物で、キョウが正しい操縦をした時には、気持ちいいほどイメージ通りに飛び、曲がる。待ち合わせ時間までたっぷりとキョウはバッド=バットと語り合った。
丘の上にフィフス・ガーデンが着陸し、花の国の誘導によりバッド=バットを着艦させた後、チコリとの合流はスムーズに行うことが出来た。
「大分、お待たせしまって。ただ、時間は有効に使っていたようですね」
チコリはキョウの首に掛かるネックレス、バッド=バットの腰に携えたフルールを見て不敵に微笑む。
「そっちはどうなんだ?」
「色々と問題はありましたが、先日ファースト・ガーデンから作戦実行の許可が降りました。こちらへ」
チコリの案内でフィフス・ガーデン内にある以前使用した会議室に招き入れられる。前回は2人きりだったが、今日は先客が居た。キョウの入室に合わせて立ち上がる男性の見た目年齢はディッシュと同じくらい。キョウより身体は一回り大きく、清潔感のある中分けのショートカットはチコリと同じ茶色。瞳もチコリと同じ透き通ったグリーンで二人が血縁者だと容易に想像出来た。
「こちらが花の国の第三王子にして我が兄上、ルーク様ですわ」
「チコリ、様は要らないといつも言っているはずだよ」
ルークと紹介された男性はチコリを優しく諭すようにチコリの頭を撫でる。チコリは「兄上」と呟くと恍惚の表情で兄を見上げる。ルークはキョウを一瞥し、握手を求めた。
「初めまして、ルークでいい」
「初めましてルーク。キョウです。宜しく」
ルークに促され椅子に腰掛けるとチコリが3人分のお茶を用意してくれた。
「さて、龍の巣の破壊作戦の概要を説明しよう。少し長くなるがリラックスして聞いてくれ」
チコリは既に理解しているだろう。ルークはキョウに向けて説明を始める。
「まずは、君の思っている不安や疑問を先に聞いておこうか。作戦を聞いてしまっては降りることは許されない。今ならまだ選択出来る」
「降りるつもりは無い。説明を始めてくれ」
「可愛い見た目をして勇敢だね。こちらとしては話が早くて助かるが」
「僕の出す条件はたった一つ。花の国の魔錬精機を作戦に加える。これだけだ」
「勿論、そのつもりだ。その点は安心してくれ」
キョウとルークはお互いの作戦参加の最低条件をクリアにした。
「作戦本部には私のサード・ガーデンを使う。目標の龍の巣の位置はファースト・ガーデンから直線距離でおおよそ1500km。斥候の報告だと龍の巣の数は2。相手は4匹ってことになる。ここまではいいかな?」
「続けてくれ」
「戦闘空域に入ったら錬精機をサード・ガーデンの援護射撃と同時に30機出撃させる。ここに君を組み込む。僚機が必要なら用意しよう」
「バッド=バットについてこれる錬精機は?」
「ウチの錬精機は速いよ」
「3、いや1機でいい」
「サヴァンは小隊長の権限もあるからね、君に1機預ける。任せよう」
「兄上、私も出ますわ」
「そうだね、キョウ君。我が妹ながらチコリは腕も良い。君の下で使ってやってくれないか」
「誰だろうと構わないよ。ただし、安全の保障は出来ない」
「戦場ならそこは平等さ。巣を突いて龍が出てきたら戦闘開始。4匹同時に相手にするのは極力避けたいが、巣と巣の距離は5kmと無い。一方の縄張りだけを戦闘区域にするのは困難と思われる」
相手は縄張りに入ってきた瞬間、襲ってくる。限定された戦闘区域で2匹の龍を仕留める。これを2回繰り返すのがベスト。
「魔錬精機は?」
「サード・ガーデンの守備運用とする。錬精機達が帰る場所は私が守ろう」
ルークは誇らしく自分の胸に手を当てた。キョウは予想していたので驚きは無かった。
「最後に、何故ここまでシンプルな作戦が、なかなかファースト・ガーデンから許可されなかったのか説明させて欲しい。君も知っている通り花の国は自然と共に生きることを選んだ。自然は時として残酷だ。獣に襲われても天災に見舞われても我々は耐え続けた。そして1部の人間が選択を提案した。《我々に不利益を被る自然は自然と呼べず》。勝手なもんだね」
「ファースト・ガーデンの第一王子は兄上と同じく、自然と共に生き、自然と共に死ぬことを公言しています。問題は第二王子のリッパー様です。彼が今回の作戦を兄上に強要させています」
チコリは憤慨した様子で声を荒げる。
「士気は最低じゃないか」
初めて聞いた内情にキョウは落胆するしかない。士気は作戦の天秤を傾けるに充分な要素だ。
「私とチコリ以外はリッパー信者だ。そこは問題ない。私としては作戦参加が決まった時点で守りに専念しようと思っていた」
「チコリは僕の下につくようだが良いのか?」
「私も武装して出るつもりはありません。キョウさんのサポートと割り切っていますわ」
なるほど、この場に他の人間が居ないわけだ。
「キョウさんは作戦開始までフィフス・ガーデンで過ごす用意は出来ていますが。如何なさいますか?」
「仕事もあるからね、厚意だけ受け取っておくよ」
それを別れの挨拶とし、キョウはバッド=バットに乗り込み帰宅した。様々な思惑が絡み合いながら時間だけは待ってくれず平等に進む。
やっとルーク君の登場です。キョウ君は「正義」ディッシュ君は「友愛」ルーク君には「自由」を背負ってもらっていますが、早速、縛られた状態でのお披露目です。これからの彼の活躍に私も期待しています。




