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魔錬精機  作者: 渡瀬 理央
花の国編

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31/59

空中庭園

 キョウが大霊峰を訪れてから5日が経った。普段と変わらない労働だが1つだけ変化があった。

以前の契約では工学学校が復興するまで、との短期契約だったが正式に社員として雇用したいと親方からの打診があった。キョウは家族と相談してから返事をすると伝えたが、心の中で答えは既に出ていた。


 「それじゃあ行ってくる」

 「遅くなるんじゃないよ」

 先週と変わらない挨拶を交わし家を出る。基本的にやるべき事をやっていれば後は好きにしていい、というエルビアンの教育はキョウにとっても居心地のいいものだった。

 バイクに跨り目的地であるレッド・フィクションを目指す。今回はバスで最寄りの停留所から徒歩で行ける範囲ではないのでディッシュからバイクを借りた。祈りの国では敷地内であれば錬精機同様、免許などは必要ない。快晴の中、20年ぶりに運転するバイクは最初こそ運転に戸惑うこともあったが気持ちよかった。

 ナビに従いバイクは快調に石畳を進む。道中、休憩がてら無人の道の駅でトイレを済ませベンチに座り、家から持参したサンドウィッチを食べたくらいでそれ以外はノンストップで目的地を目指す。

 

 ナビの目的地までの距離が5kmを切り、石畳の舗装が整備不足なのか雑草が増えた。スピードを若干落としながらバイクを慎重に運転する。ふいに石畳が大きな影に包まれた。キョウは天気の変動かと思ったが濃い影は一定の範囲内で動き雨が降る様子は無い。

 「なんじゃこりゃ…」

 キョウは上空を眺めると思わず呟いた。空中には巨大な城が飛んでいた。城が空中を進むと同じように影も移動している。バイクより後方から、早いスピードで進んでいたため、気がつかなかったようだ。どういった原理で浮き、進んでいるのかわからないが音も無く空中を進む城は日本には無く、ただただ尊大で不気味な印象を与えた。相手が敵なのか味方なのかわからないが、いきなり襲ってくることもないだろう。キョウはそう判断し、バイクを目的地へ走らせた。


 目的地であるレッド・フィクションの駐車場にバイクを停める。人の手が入って久しくないのが一目で分かる。敷地内の雑草は伸び放題。ポストは錆ていて郵送物が差込口からはみ出していた。

 建物自体はそこまで大きいものではなく、平屋でキョウの家の集合住宅と同じくらいの大きさだった。

 膝まで伸びた雑草を踏みならし開きっぱなしの門を進み玄関と思えるドアに併設されたインターフォンを押すが返事は無かった。数秒、逡巡した後、失礼を承知でドアノブを回すと鍵は掛かっていなかった。

 「失礼します。どなたかいらっしゃいますか!?」

 キョウは声を張り、住人に尋ねるが返事はなかった。ドアを抜け玄関に靴は無く、来客用のスリッパや下駄箱もないことを確認してから土足で進む。玄関の目の前にある受付であろう対面式のテーブルも当然、無人だった。受付脇に設置してある埃の被った案内図によるとこの建物は研究室、会議室、実験室のみのシンプルな作りで他には事務所、職員更衣室、トイレ、休憩室があるがそこに用はないだろう。

 キョウは最初の目的地を研究室に決め短い廊下を進み入室する。ここにも鍵は掛かっておらず、入り口に3つ縦に並ぶ室内灯の電気スイッチを入れるが電気は通っていなかった。

 さほど広くない室内は4台のデスクが四角く向い合せに配置されており、1台離れて置いてあった。離れた1台の机の上には「研究室長」と白いプレートがあることからここは5人の研究者が活動していたことが分かった。それぞれの机にはノートPCが畳んで置いてあり内部バッテリーに期待して電源を入れるが残量不足なのか起動することはなく、それはどのPCでも一緒だった。コピー機もない室内は紙媒体の資料も皆無で机を幾つか開けたが文房具が数点あるだけだった。

 収穫無しと判断したキョウは研究室を出ると実験室を目指した。入り口から最も離れた実験室も鍵はかかっておらず、入室すると研究所同様、埃の匂いも強かったが、気にせずに進んだ。

 実験室は日本の手術室のような間取りだった。入り口左に別室のモニタールームがあり、正面には実験対象が座る椅子と寝た状態で実験をするであろうベッドが併設されており、椅子とベッドの脇には可動式キャスターの付いた心電図、生体情報モニタが2台。何本もの電極パッドと、緑、黄色、赤のケーブルが10本以上。纏められずにモニタから生えていた。線の先は床に広がり、拭き残した乾いた血痕が残っていた。一体、過去どんな実験が行われていたのか。以前、エルビアンからは人体実験が日常茶飯事だと聞いていたが、この椅子に座っていた赤目はどんな想いでいたのか。自ら実験に協力したならばいい。だが、強制されていたとすれば。今は居ない先人の赤目に胸を痛めた。

 鬱々とした気分で実験室の別室のモニタールームへ。吊り下げられたモニターは当然、稼働しておらず。横長の机には椅子が3脚並んでいるだけで何も乗っていなかった。机に手を着き、籠る陰鬱とした空気を肺に入れた時、コツコツと確かな人の足音が聞こえた。

 やましいことをしている自覚を持つキョウは隠れることも考えた。だが、誰であれ、ここに用のある人から情報を得られることの方が大きいとリスクリターンの押し引きを考え後者を選んだ。

 モニター室を出て実験室へ近づく足音へキョウも向かう。お互いの足音は聞こえているだろう。

 実験室から出たキョウと足音は長い廊下で歩みを止めた。足音の正体は少女と言っても差し支えのない外見をした人間だった。瞳の色は赤目ではなく、綺麗なグリーン。身長はキョウの方が少し高く、茶色のウェーブのかかった髪はボブカットで銀色のピアスが光る耳が見えるくらいで切り揃えられ、黒のタンクトップにデニム生地のホットパンツという活動的な印象を与えた。

 「誰?」

 5m程離れた距離で少女は警戒心を隠さず、訝し気にキョウに尋ねたがそれはお互い様だ。

 「怪しい者じゃない…って言いたいところだが、こんな廃墟では信じてもらえないよな。僕はキョウ。一応、祈りの国で現場作業員をしている。御覧の通り赤目だけどね」

 両手を挙げ、敵意は無いとジェスチャーを加えて挨拶する。少女はキョウを足元から頭まで値踏みをするように見回す。

 「一応、信じてあげる。私はチコリ。花の国から《フィフス・ガーデン》を任されてる。今日は《サード・ガーデン》からの依頼でここまで調査に来たの」

 チコリと名乗る少女の言葉はキョウにとって知らない言葉のオンパレードだった。

 「ここは空気が悪い。外で少し話さないか?」

 お互い、敵意が無いことが確認出来たので、キョウからの提案にチコリは乗った。

 「そうね、ここに長居したら肺が腐りそう」

 研究所を出て駐車場向かうと駐車場であった場所には、駐車場をはみ出し、雑草生い茂る荒野まで使い上空に佇んでいた城が鎮座していた。バイクは無事なようでキョウはホッと胸を撫でおろした。何かあればオーナーにこっぴどく怒られていただろう。

 城の大きさは研究所3つ分と同じくらいで、街と呼ぶには小さく、1つの集落がようやく収まる程度だろう。

 「さっき僕を追い越していくのを見た。改めて近くで見るとデカいな…」

 「他のガーデンに比べたら大分小さいほうだけど」

 チコリはなんてことなく言うが、これが彼女の言う《フィフス・ガーデン》で間違いないだろう。 

 「君はこれに乗ってここまで?」

 「そう。錬精機で来てもよかったけど、入国許可とか面倒があるから。その点、ガーデンは縛り無し。遊牧民の特権ね」

 キョウは彼女との言葉でいくつかの情報を収集する。あとでエルビアンかディッシュに聞いてジルチの常識と照らし合わせれば問題ないだろう。本題に入る。キョウは自分から開示した。

 「僕は御覧の通り赤目でね。ジルチに来る以前の知り合いの手掛かりが欲しくてここに来たんだ」

 「収穫は?」

 キョウは首を振って答えた。今度はチコリが目的を開示する番だとキョウは黙ってチコリに促す。

 「まぁそうよね、この研究所が最後に報告したのは2年も前。兄上は何のつもりで私をこんな辺鄙(へんぴ)な田舎まで派遣したのか」

 チコリはやれやれと理解に苦しむ様子だった。このままでは徒労に終わってしまうキョウは1歩踏み込む。

 「知っていたら教えて欲しいんだが緋色研究と言う言葉に聞き覚えは?」

 チコリは大きな目を更に大きくさせ驚いた様子だった。

 「どこでその名前を聞いたのです?」

 「それは言えない。僕にとって《核》になる部分だ。君を100%信じたわけじゃない。君もそうだろう?」

 「お子様と思っていましたが、なかなかどうして。いいでしょう。立ち話で済む話ではなさそうですね。話の続きはガーデン中でしましょうか」

 見た目が幼いのはお互い様だ。キョウは心の中に留めた。

 「ガーデンとやらに入る前に電話をさせて貰いたい。家族が心配するんでね」

 「どうぞ」

 キョウはチコリから離れ、盗み聞き出来ない距離をとり、ディッシュへ電話を掛けた。エルビアンでは余計な心配をかけてしまうかもしれないと思ってのチョイスだった。間もなくしてディッシュは電話に出た。

 「ディッシュ、聞きたい事が幾つかあるんだがジルチの一般常識で答えてくれないか」

 「任せろ。俺は一般常識の鉄人だ」

 「頼もしいな。今、研究所の出口で花の国のフィフス・ガーデンの主と話してる」

 「ブッ!お前マジか?」

 何かを吹き出す音が聞こえたがキョウは気にせず話を続ける。

 「率直に聞くが、ガーデンの中に入ることになった。危険性はあるか?」

 「そりゃ大丈夫だろ。俺達祈りの国の国民は大霊峰のシャルルへ祈る。一方で花の国は自然を愛し、自然と共に生きることを選んだ人間が集まる集団だ。魔錬精機も錬精機もあるが基本は無害ってのがジルチじゃ常識だ」

 「それを聞いて安心した」

 「ただよ」

 「何か引っ掛かることがあるなら早めに教えてくれ」

 「花の国ってのは遊牧民って都合上、謎が多いんだ。俺には教科書で習った知識程度しか持ち合わせていない」

 「そこは頑張れよ、一般常識の鉄人」

 「お前、バイク貸してやった恩を忘れたのか」

 「冗談だ、急に電話して済まない」

 キョウは電話を切るとチコリに待たせたと詫び2人でフィフス・ガーデンへ向かう。

 ガーデンの入り口で振り返りチコリは低い背を精一杯高く見せ言った。

 「ようこそ、《フィフス・ガーデン》へ。花の国が第5王女、チコリが歓迎致しますわ」

 タンクトップにホットパンツの快活な少女は誇り高く、自分の城を紹介した。

 

花の国編第二話。少し長くなりましたがいかがだったでしょうか?

新しい出会い。書いている私自身がワクワクしています。

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