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魔錬精機  作者: 渡瀬 理央
祈りの国編

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花

55歳、一般入社から叩き上げで経営者まで上り詰めたラビット運輸の社長、軽部社長は落ち着いた声で話を進める。

 「七尾君、シーズン最終節お疲れ様。来シーズンに向けての話し合いを設けたいのだがスケジュール調整は出来そうかな」

 京は自分の心拍数が驚くほど跳ねていることを自覚した。去年までであれば東京と神奈川の往復が両者の負担になるという理由から書面で契約更新を交わすだけだった。チームの方針が変わった可能性はあるが、話し合いを求めると言う先方の意向で一番可能性が高いのは契約満了。つまりクビだ。

 「承知しました。スケジュールを確認し、チーム専用のアドレスへ本日中に送ります」

 「そうしてくれると助かるよ。お互いのスケジュールを調整するところから始めようか」

 「そうですね、ご用件は以上でしょうか」

 「ああ、お疲れのところ悪いね、厚木に来る日は七尾君の好きな豚漬けを用意して待ってるよ」

 「それはありがたいですね、私も妻も大好きなのできっと喜びます。では、失礼致します」

 「うん、愛妻家の七尾君らしいよ。お疲れ様」

 電話を切ると京は落胆している自分と、どこか納得している自分を感じた。勿論、クビが確定したわけではないが、8割方、その方向で間違いないだろう。8シーズン通してマイナスポイントで終わった年はないが、チーム優勝は無し。個人賞であるMVP,最多勝、4着回避率、最多登板賞。どれも未受賞のタイトルだ。タイトルが無いとはそれ即ち目立った活躍をしていないと同義だ。目立っていないプロ麻雀選手に何の価値もない。価値のないものにお金は払えない。もっと魅力的なダイヤの原石はいくらでも居る。

 スタジオから最寄り駅に徒歩5分で着き、慣れた様子で自宅まで電車に揺られる。対局が終わる22時の電車は都内とはいえ空いている。8年間続けてきた日課だ。時折、電車内から京をチラチラと見る20代の若者グループが気になったが、声を掛けられない限りは気づいていないふりをする。サインや握手を求められれば基本、応じるのが京のスタイルだ。アイドル雀士ではないのでファンからのアプローチで嫌な思いをしたことは皆無だ。10年前では考えられない光景だ。改めて京はRMリーガーとしての認知度の向上を実感した。

 最寄り駅に到着すると降車客もまばらだ。都内から電車で30分。自宅までは駅から5分。自宅の場所を選んだのはマドカだった。

 「京ちゃんこれから対局や研究会が増えていくし、RMリーグスタジオから電車で乗り換え無しが良いと思うの。あと、2人とも都心苦手だもんね。私はスーパーと本屋さん、あとは素敵なお花屋さんがあればそれで満足」

 事実、新居選びは大成功でRMリーガーに選ばれて8年。ご近所運にも恵まれて何不自由なく麻雀の研鑽と私生活を送れている。帰路の途中に水商売相手に深夜営業もこなす花屋があるのも京とマドカも気に入っていた。

 花屋「サイエンス」の前で立ち止まる。今日はシーズン最終日、おまけに来シーズンからRMリーガーで居られる保証も無い。今はマドカの笑顔がただ、ただ、見たかった。

 マドカの好きな花の種類は多すぎて全てを把握していないが好きな色は白だ。売っていた白い切り花は薔薇と菊以外、京には名前すらわからず、薔薇を買うのはシャイな京には恥ずかしさもあった。

 白い菊の切り花を購入し、自宅へむけて再度歩き出す。賃貸一戸建て2LDKの自宅前へ着いた時、京はちょっとした違和感を覚えた。普段は点いている玄関のポーチライトが消えている。深くは考えず、玄関のドアを回すも開かない。対局がある日はどんなに深夜になろうとも玄関の鍵はあいているのが我が家の暗黙のルールだ。ルールが曲がったということはイレギュラーな事態が起こっている。マドカの体調不良が真っ先に思い浮かんだ。慣れない手つきで急ぎ自宅の鍵を開けたが玄関はおろか、見渡す限り電気の点いている様子は無かった。違和感は不安と焦燥へ変わった。靴を乱暴に脱ぎ捨て短い廊下を抜けマドカの居るリビングへのドアを開けた。

 相変わらず部屋の電気は点いて居なかったが、マドカの後ろ姿は確認出来た。どうやらソファーで寝てしまったようだ。

 起こしては悪いと足音を下げ、マドカの正面へ回る。

 京は全身の血の気が引き、立ち眩みを覚えた。浮遊感があり、自分がまともに立てているかよく分からない。

 正面から捉えたマドカの表情は目を閉じており、口からは口泡が。あんなにも血色の良かった陶磁器のような肌は蒼。四肢はだらりと力なく、首には紅い一筋の線が走っていた。

 直観だが、京は確信した。マドカはもう生きていない。

 

書いていてとても辛くなりました。

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