緋色研究
ル・セレーネと赤い機体は中空に飛び上がり、絡み合う2頭の龍のように上昇した。
すれ違いざまに電磁槍の刺突を二度、三度と繰り返すが赤い機体の小太刀は正確に槍の先端を弾きかすり傷さえ許さなかった。ならばと尾を4本同時に展開、極細熱線での攻撃に切り替えるも赤い機体は防御行動すらとらず、極細熱線は赤い機体に届く前に消滅した。
空中で膠着状態へ入った2機は攻撃行動は起こさず、クロックは外部スピーカーで赤い機体へ揺さぶりを掛ける。
「その赤い機体、ル・セレーネの模造品かい?」
赤い機体の操縦者は若い女性の声で応えた。
「似てるよね。でも残念。甲殻は同じ龍だけど中身は別物」
「精霊契約は?」
「済んでるよ。何の精霊と契約したかは内緒」
「君の名前と所属は?」
「それも内緒。女はミステリアスの方がいいでしょ?」
「女性は正直な方が好みだよ。君はケチだな」
「心外。じゃあ、ひとつだけ教えてあげる。私の所属はね《緋色研究》」
「緋色研究?聞いたこともないな」
「覚えておく必要ないよ、あなたここで死ぬんだから」
言い終わると同時に接近する赤い機体は右袈裟斬りと左胴薙ぎを同時に行う。
(速い。魔錬精機に遜色ないスピード!)槍での防御が間に合わないと判断したクロックはバックステップと純白の翼を一吹きさせ距離を取る。赤い機体も紅蓮の翼を使い前進、ル・セレーネと違い、尾は姿勢制御として機能しているようで、その差か腕の差か。クロックはまだ気づいていないがル・セレーネよりも機動性、俊敏性では赤い機体の方が優れていた。
クロックが距離を取り、モニターを使い索敵、センサーは背後を示した。
「これで詰めろだね」
赤い機体は小太刀を振るい純白の翼を切り刻んだ。満月である今晩は月の精霊の加護を最大限に受けている。にもかかわらず、小太刀の斬撃によりル・セレーネの翼は2枚失った。
(スピードは相手が上か。それだけじゃない、パワーもある)クロックは2枚の翼を失いながらも相手を蛇のように観察していた。これはクロックの最も得意としている分野。大霊峰で生まれ育った彼は物心ついた頃から《誰が味方で誰が敵か》観察し続けていた。結果、敵味方問わず、クロックは相手の弱点を見抜く能力に特化した。
クロックは空中戦は不利と判断し、地面に降りる。そして後詰めの5機の国防隊を呼び寄せた。赤い機体は中距離武装を持たず、小太刀2本に頼った戦術は集団戦が苦手と読んだ。
「増援?もっと呼んでも構わないけど」
スピーカー越しに挑発する赤い機体。残念ながら舌戦ならクロックの方が一枚上手だ。
「そうか。必要なら遠慮なくそうさせてもらう。これで充分だと思うがね」
祈祷白虎はル・セレーネを囲むような陣形を作り赤い機体へ一斉掃射を始める。舞い上がる砂煙と石畳。赤い機体は4枚の翼をはためかせ飛翔、小太刀の柄同士を合わせブーメランのように投擲した。
「こっちに飛び道具が無いって?舐めないで欲しいわ」
元々、魔錬精機の装甲を抜く威力を持ったブーメランによる斬撃。祈祷白虎5体の胴を切り裂き赤い機体の手元に寸分違わず戻って来た。
「充分だと言ったろう?」
今度はクロックが赤い機体の眼前に現れた。5体の国防隊は囮。クロックは赤い機体が増援に使った時間をそのまま使って赤い機体に肉薄していた。
渾身の力を込めた電磁槍を赤い機体の中心部へ突く。完全に避け切れず。紅蓮の翼に突き刺さった電磁槍の先端から電撃を流し込む。いくら地面があるとは言え、ダメージは必至だ。だが、赤い機体は何事もなかったように距離をとる。
「やるね、槍のお兄さん。ご褒美に教えてあげる。この機体、紅孔雀の精霊は最高位の1つ光。悪いけど電撃は効かない」
あり得ない。クロックは過去の記憶を遡っても精霊光と契約できた操縦者を1人も知らない。このジルチには数多の精霊が確かに存在するが、契約出来ない精霊が何種類か存在する。魔錬精機にはそれぞれ高位精霊との契約が交わされているが、最高位精霊と契約が済んでいる魔錬精機は1機しか居ない。
動揺するクロックを見切ったのか紅孔雀は小太刀でル・セレーネの足を薙ぐ。
尻餅をついたル・セレーネの眼前に刃の先端がギラりと光る。クロックは息を飲む。勝負はついた。
「双方!戦闘を中止しなさい!」
静まり返った戦場に1機のバイクが突っ込んで来る。紅孔雀とル・セレーネと1mほど距離を置いてバイクはエンジンを止めずに停車した。バイクに積んだスピーカーから尚も話かけ続ける。
「赤い機体の操縦者、申し訳ありませんが私はこの魔錬精機の操縦者と話さねばならないことがあります。武器を収めて頂いても宜しいでしょうか」
紅孔雀は刃を収めない。返事もしない。シャムルは説得を続ける。
「30分、いいえ15分だけでも構いません。クロックと話がしたいのです」
数秒の沈黙。先に沈黙を破ったのは紅孔雀の操縦者だった。
「私は今晩、ここには居なかった。それを約束してくれるなら」
「守りましょう」
「今晩はここで封じ手ね。バイバイ槍のお兄さん」
紅孔雀は翼を広げると満月の中へ消えるように飛んだ。
ディッシュとシャムルはバイクを降り、ル・セレーネに近づく。操縦席を開けたクロックは汗ひとつかいていなかった。
「これは教皇様、ご無事で何より」
「クロック、話があります。車に乗って下さい」
「御意」
ニコが遅れてやってくると助手席に乗り込む。追従する形でディッシュはシャムルの乗せたバイクを走らせる。祈りの国で1番長い夜はまだ、終わらない。
「詰めろ」は将棋用語で「次の1手で正しい受け方をしないと詰み」という受けを強要する1手です。




