それぞれの戦い
エルビアンの合図に最初に反応したのはライカだった。右手に持つスイッチボックスの中から1つのボタンを押す。街中に轟く爆発音。爆発音の発信源はシャムル達が滞在しているホテルの屋上だった。夕飯時の街中に緊急警報の役目を果たす教会の鐘の音が響き渡る。
「ライカ、爆弾の起動を確認。続いて大霊峰へ入電!」
「はいっ!」
ライカは左手に持つ携帯電話で大霊峰へ緊急入電を入れる。
「特殊任務中ライカ=ヴァレンシア。所属コード12091013」
返事は直ぐに来た。オペレーターの女性の声が対応した。
「こちら大霊峰、所属コード確認。要件を簡潔に」
「教皇様がご静養中のホテル屋上で爆発が起きた。国防隊の支援を求む」
「教皇様の現在の状況は?」
「行方不明だ。同じく任務中のニコ=マドリードが捜索に向かった」
「ライカ=ヴァレンシア。貴方の仰る条件では国防隊の出撃は致しかねます。近隣警察、教会関係者を向かわせます。状況変化の報告は密に。こちらからは以上です」
「…承知した」
ライカは電話を切る。エルビアンはライカに紅茶を差し出した。
「上出来だ。このくらいで国防隊を引っ張り出せるなんてこっちも思っちゃいない」
「次の入電は予定通りに?」
「そうだね。ライカ、作戦開始前に言ったことをもう一度言う。お前さんは最前線に出ない。だが、お前の頑張りが全員を生き残らせる」
「はい」
ライカはエルビアンの淹れた紅茶を一口飲み、深呼吸をした。時計を見ると次の作戦フェーズへ向かう頃合いだった。スイッチボックスの2つ目のボタンを押す。ホテル爆発の喧騒を切り裂くようにもう一度、爆発音が街を包む。今度の爆発音の発信源は、以前、偽の餓狼団が襲撃を仕掛けたディッシュの学び舎である工学学校だった。
「さぁて、どう出るクロック?」
エルビアンは地図を睨む。彼女は国防隊をこの街へ引き込む為に十重二十重の策を講じた。
ホテルの支配人へシャムルを向かわせの直談により屋上のみを爆発する。従業員、宿泊客、周辺施設への被害を出さない事、損害の賠償は国をもって果たすと書面を交わした。
次に工学学校復興中のキョウの勤務先へ連絡をとった。作戦決行日はテロ行為が再び行われるとライカを向かわせた。シャムルの侍女であること。特殊任務中であることが情報に信憑性を持たせた。
念のため、従業員であるキョウに最終確認をとらせ、作戦決行日前後3日は全ての業務は休業にすると親方の言質をとったことで第二フェーズの場所は決まった。
同時にエルビアンは偽の餓狼団の買収を進めた。前回のテロ行為で彼女はテロ集団が国家革命等の絶対の信念を持つ集団ではなく、祈りの国への過剰なフラストレーションを抱えている錬精機を使った武闘派集団と読み切っていた。
相手が暴力に訴えて来た時に備え買収にはニコを向かわせた。エルビアンの予想を下回る金額で買収は成功した。こちらの出した条件は工学学校の敷地内のみ破壊行為を認めること。一般市民に被害を出さないこと。戦闘行為は国防隊のみとする。
相手の出した条件は、錬精機の消耗品類は全てエルビアン持ちとする。国防隊1機撃墜毎に300万クロムの追加オプション。
エルビアンは条件を飲んだ。偽の餓狼団。「暁の帝国」と名乗った彼等へは作戦開始の合図は工学学校の体育館が爆発した瞬間だとだけ伝えた。
「ライカ、そろそろ工学学校に錬精機が出る。確認後、再度大霊峰へ入電だ。頼むよ」
「タイミングは?」
「タイミングはお前に任せる。最適を必死に探せ」
ライカは工学学校で一番高い位置に仕掛けた監視カメラのモニターを凝視する。大霊峰への入電は早すぎても遅すぎても駄目だ。クロックに余計な疑念を持たせる。彼へ思考の余白は持たせてはいけない。
暁の帝国の錬精機が工学学校の整備ガレージから飛び出す。数は15機。国防隊全錬精機20機相手を想定としたギリギリの機体数だった。
暁の帝国の操る錬精機は2足歩行の熊の甲殻をベースにした錬精機、《グリズリー・ベア》は耐久力と近接膂力に特化した、民間工業用でも人気の錬精機だ。ただし、今回の作戦において精霊との契約に成功した個体は1機も無い。ただの破壊行為に力を貸す精霊は稀だ。操縦者の技量も素人に毛が生えた程度だが、今回の作戦に彼等の戦力の質は関係なかった。
グリズリー・ベアの1機が両手に持ったMGで無差別に乱射を始める。形を変え、あるいは崩れる建物群。
「弾は全部スポンサー持ちだ。派手にいこう」
隊長のビアンキは構えたARをレモネード色で塗装されたビルを打ち抜く。
ライカはモニターを凝視していた。暁の帝国が出撃してから5分。無差別乱射を始めてから2分経った。携帯電話を取り出し、コールボタンに手を掛ける。
「特殊任務中ライカ=ヴァレンシア。所属コード12091013」
最初と対応したオペレータは違うが女性の声で返事があった。
「こちら大霊峰、所属コード確認。要件を簡潔に」
「先程のホテル屋上爆破に加え、別地域で錬精機による無差別攻撃を確認した。なお、教皇様及び特殊任務中ニコ=マドリードと連絡は取れない。至急、国防隊の出撃を要請する」
「国防司令官の指示を仰ぎます。電話はそのままでお待ち下さい」
「教皇様の命に関る事例だ!!これはテロ行為だぞ!!大至急、出撃させろ!!」
「国防司令官の指示を仰ぎます。電話はそのままでお待ち下さい」
「…」
「国防司令官は国防隊の出撃を許可。これよりテログループの鎮圧へ向かいます」
ライカは乱暴に電話を切った。深くため息を吐く。
「司令官。国防隊の出撃を確認。成功しました」
「良くやった。お前じゃないと出来ない大仕事だ。本当に良くやった」
「まだ、何も成し遂げてはいません」
「その通りだ。私達のやれることを続けよう」
ライカはディッシュへ無線を入れスイッチボックスの3つ目のボタンを押した。爆発音は無い。しかし、何かは確実に作動した。ライカは乾いた喉を潤し、エルビアンに問う。
「練習走行は全て成功していました。司令官の言う《運が必要》な初めてのフェーズですね」
「ディッシュは2次元の操縦に限定すればキョウより腕は良い。今日は背中に女神もついてる。あとは運が欲しい。ここだけは私でも読めない」
いつも飄々と笑顔を絶やさないエルビアンだが、この瞬間だけは口角こそ上がっているが瞳は笑っていなかった。
祈りの国編、山場突入です。書いていてとても楽しいです。ライカとニコのフルネームは考えていなかったのでリーガエスパニョーラのチーム名から。




