灰かぶりの教皇
小高い丘を降り、二人が街の入り口に着いたのは午後6時を迎えていた。この街の門が閉まる時間は午後6時ジャスト。2人は門番を遠目に見る。
「シャルル、申し訳ない。時間に余裕を持っていたつもりだったけど。完全に俺のミスだ」
「それはお互い様よ。事情を話せば分かってくれると思うの」
シャムルは黒いローブを着た門番2人に近づき事情を話す。
「時間を超えてしまった事は謝罪致します。ですが、私達は罪を犯したわけではありません。街に入れて下さい」
「お嬢さん、そうはいかねぇ、それを許したら俺達は案山子に職を奪われちまう。門限破りは立派な犯罪だぜ?」
「この国の法で門限なんてものは決まっていないはずですが」
「国では…な。この街の条例でこれは立派な条例違反だ」
条例は街のオリジナルの法律だ。祈りの国では街長が街民の意見をまとめ新しい条例を祈りの国の首都、大霊峰へ提出する。その後、大霊峰で許可が降りるとその街では条例が適応される。確かにこの街では午後18時に門が閉まるという条例は可決、実行されている。分があるのは門番達の方だった。ディッシュは門番達この後、どんな行動に出るか噂程度だが知っている。門限破りに駄々をこね続けると教会衛兵が出てくる。業務妨害として、教会取り調べへ連行。一晩、脅迫にも似た取り調べを受け、調査費用として法外な値段を吹っかけてくるらしい。
「シャルル、もうやめよう。これ以上はいけない」
ディッシュはシャムルの手を引き、バイクへ向かう。門番達はディッシュの行動に賢明だ、と呟いたきり、目も合わすことなく煙草に火をつけた。
「ディッシュ、この街ではこんなことがまかり通っているの?」
「事情は話す。ただし、門番達から離れた場所で説明する」
言葉少なくバイクのエンジンを掛け、ディッシュは焚火跡を目指す。前日、夜を明かした者達の使い捨てられた物資は、この街にとって共用財産のような感覚で使いまわすのが通例となっていた。
まだ、陽の落ち切っていない石塀の外には既に3人の先客が居た。バイクを停め、釈然としないシャルルを従え、ディッシュは先客達に軽く会釈をし、火おこしを手伝う。先客達もまた、暗黙の了解でディッシュとシャムルを輪の中へ入れた。ここに集まる者達は助け合うことで一晩は明かせるということを知っている。火は獣を遠ざけ、お互いの身を寄せ合えば寒さで野垂れ死ぬことは無い。
「ディッシュ、説明を要求するわ」
焚火の火が安定した頃、シャムルは改めて問う。ディッシュとしては「決まりだから」と言ってしまえばそれで終わりの話だが、シャムルの立場を考え、その一言で済ますわけにはいかなかった。
「説明はする。する前にシャルルは免罪符って知ってる?」
「聞いたこともないわ」
「あらゆる罪が免罪、つまり許される。そんな札が5万クロム。教会発行で販売されている」
「そんな馬鹿な話…罪をお金で解決なんて出来るわけがない。罪は償うことで犯してしまった人が反省、成長出来る。それが人の可能性よ」
「シャルル、言いたいことは解る。だがこの街では教皇交代から1年で免罪符と門限制度が条例として聖定された」
「私のミスだわ…こんなふざけた条例、認めるわけにはいかない」
「でも、シャルルは知らなかった」
「知らなかったで済まされる問題ではないわ!多忙を言い訳にクロックを始め他の大司教に全て任せていた私の責任よ!」
シャムルは両手で顔を覆う。ディッシュはシャムルの頭に手を置き、撫でた。
「シャルル、確かに俺達は誰一人、こんな条例納得しちゃいない。でもシャルルは知らなかったんだ」
「知らなかったではないわ、知ろうとしなかったのよ。政治が苦手だからと逃げ続けた。その間、どれほどの街が、人が苦しんでいるか」
「大霊峰で何が起きているか俺は知らない。俺達国民は痛みに対して鈍感なんだ。死にはしない。そんなことだけを思っている無責任の集まりだ。自覚はある」
「止めて、聞きたくない」
「何の条例が出来ても、頭のいい人達の考えは解らんね。それで話は終わりだ。そんなことよりも定期テストや錬精機の設計図の進捗の方が気になってる。お互い期待なんてしちゃいない」
「お願い、止めて」
「結果、この街の教会と大霊峰に金が集まる。何に使われてるか、発表されたところで誰も信じやしない。他の街も似たようなもんだ。これがシャルルの言っていた元気の街の実態だ」
言い終えた瞬間、ディッシュの背中に刃が突き付けられた。
「これ以上、彼女を苦しめるようなことを喋るな。殺すぞ」
「ニコさんか。俺はシャルルの知りたかった街の実態を説明していただけだ」
「それが遺言か?」
音も無くディッシュの背後に表れたニコは刃を背中中央から心臓に狙いを定めた。ディッシュは殺意の純度というものを初めて体験した。
「ニコ、大丈夫。私は大丈夫だから。もう少しディッシュと話が必要です」
「次は忠告無しで殺す」
ニコは言い残し、闇と同化するように消えた。ディッシュは冷や汗なのか脂汗なのか分からないものをを拭きながらシャムルに問い掛ける。
「シャルル、残念ながらこれがこの街のリアルだ。収穫はあったかい?」
「急ぎ大霊峰に帰ねばなりません。明日には発ちます」
「今まで政治が苦手だと言っていた人が急に介入出来るとは思えないが」
「それでも、やらねばなりません」
「最悪、消されるぞ」
「ならばそれも天の意思でしょう」
「自暴自棄になってはいけない、ここには俺も、ライカさんもニコさんも。それ以外にも頼りになる仲間もいる。考えよう」
「頼りになる仲間…ですか?」
「あぁ、エルビアン先生、俺の師匠だ。魔錬精機ル・セレーネのメンテナンスをしていたからシャルルも知っているかもしれない。その息子のキョウって奴も居る。ゲストだが俺の作った錬精機の設計限界を超える精度で操縦してみせた」
「エルビアン?辞職したとは聞いていましたが、あのエルビアンがこの街に?彼女は聡明で何より、この国の未来を案じていました」
「シャルル、君は1人じゃない。1人で背負うには重すぎる荷物だ」
「ディッシュ、あなたが背負うものでもないわ」
「政治も金にも興味は無い。それは変わらない。ただ、俺は好意の無い人間にプレゼントなんて渡さない」
シャムルは自分の手首に嵌められたブレスレットに目を落とす。鈍く輝くブレスレットを一撫ですると、凛とした表情で決意表明にもとれる宣言をする。
「明日、エルビアンの元へ案内をお願いします」
本エピソードも難産でした。3回程全て納得がいかず書き直し。4,5回目の書き直しはPCに向かうのが怖くなってしまいました。PCから離れ、考えた結果「納得する、迎合してもらえるよりも、自分が面白いと思う話を発表するべきだ」と考え、このようなお話になりました。




