晩餐会
4人はディッシュを先頭に母屋兼定食屋「定食研究所」へ着いた。1階が店舗で2階が住居になっている。
変装は必要だろう、とガレージを漁ったのだが、出てきたものは溶接用の鉄仮面、薬剤を使用する時に使う保護ゴーグルとアバンギャルドなコーディネートになってしまうため、ニコの普段使いしている丸眼鏡をシャムルに渡し、ディッシュが長髪をまとめる時に使う作業用帽子を3人に被ってもらうことにした。「私が不便なのですが」とニコはいささか不満気であった。
店の暖簾を潜ると夕飯時を過ぎた店内でもカウンター席は全て埋まり、4人、6人掛けのテーブルがそれぞれ空いているだけだった。
「た、ただいまー」
努めて冷静に、ディッシュはなるべく普段と変わらないよう賑わう店内を掻き分け、一番奥の4人掛けのテーブルを足早に目指した。しっかり声は裏返っていた。
返事をしたのは母のマルタ。父であるオレガノは客席と離れた厨房で調理中らしく顔すら見せなかった。
「ディッシュ!帰ったんだね。ってお連れさんとは珍しい」
良かった、気づいてない。でも母さん、声が大きい。あとは、着席さえしてしまえば他の客からこの席は目立たない。
「あーうん、ジャンク屋の帰り道にこの人達の車壊れっちゃたの見つけて。ガレージでこれから修理予定。それまでメシでもと思って」
「殊勲だねぇ」
息子の善行に母も悪い気がしなかったのだろう。店内の忙しさもありこれ以上の追及は無かった。
「何か…すいません…」提案したのは確かにティッシュだ。しかし、それは相手がOL3人組だと思い込んでいた時のディッシュである。まさか教皇様が休暇初日に肉体労働者集まる定食屋でディナーとは夢にも思うまい。
「活気があって私は好きよ。ねぇライカもそうでしょう?」
「セキュリティに不安はありますが」
ニコは既にテーブルに備え付けられたメニュー表に夢中だった。よっぽど腹が減っているのだろう。
それぞれが好きな物を好きなだけ注文し、ほどなくしてテーブルに4人分の定食、デザートや飲み物が行き届いた。
「いただきましょう」シャムルの合図で場違いの晩餐会は始まった。
「美味、美味」と繰り返し箸を止めないニコ。
「大霊峰とは違った味付けですがこれはこれで…」ライカは笑うとエクボが出来る。
「美味しいは人を幸せにしますね。確信しました!」オンとオフのシャムルはハッキリと違う。うっかりと普段のような態度で接してしまいそうになるがディッシュは自重した。
「お口に合うようで何よりです…」ディッシュは大好物の揚げ物を1口食べたが、味は正直わからなかった。
「こいつはサービス。息子と仲良くしてくれてありがとね」不意にマルタがテーブルに置いたのはカットフルーツの盛り合わせだった。
「ディッシュ、後で話がある」マルタに耳打ちされたディッシュはしっかりとバレていることを悟った。これを伝える為のサービス品に違いない。
「女将さん!俺には!?」「アンタはツケを払ってからだよ!」「姉ちゃん達こっち来い、おじさんおごっちゃる!」「私かい?ただ酒なら大歓迎さ」流石の客捌きである。
テーブルに飲み物と幾つかのフルーツしか残らなかった頃、ライカが切り出す。
「シャムル様、今晩から休暇ですが何か希望はありますか?」
「そうね、この街をもっと知りたくなりました。ねぇディッシュ。明日からこの街を案内してくれる?」
「は?」
思わず敬語も忘れて声が出た。ニコにしっかりと足を踏まれた。
「いや、あのシャムル様?自分で言うのもアレですが、この街にはテーマパークもショッピングモールもありません。海も遠いし山は普段、お住まいでしょうし」
「でも、ご飯は美味しいし街のみなさんはとっても元気。元気の源、知りたくなりました」
無邪気に笑うシャムルだが、彼女はまだ知らない。早過ぎる門限を過ぎた後の残酷な搾取を。焚火の心強さを。
「俺…いや、私で宜しければ」
ガレージに戻り、車を修理しホテルへ向かう3人を見送った後、ディッシュは放心状態のままメッセージをエルビアンに送った。携帯電話を持っていないキョウを恨んだ。友人の少ないディッシュが頼れるのはエルビアンとキョウだけだった。
「たすてけ」文字すらまともに打てていなかった。
Mリーグを見ながら文章を打つのがこんなに難しいとは。




