邂逅
国営放送から一夜明けた昼。エルビアンとキョウは日常を取り戻した。「私達に出来ることなんざ何もないよ。せいぜい、情報量の多さを心の中で優越感に変えるんだね」エルビアンは今の祈りの国に落胆こそすれ変化を求めることはしなかった。元、とはいえ大霊峰に勤めていた彼女だ。何か思うところもあるかもしれない。
一方、キョウやディッシュに変化は起きた。キョウは短期間契約とはいえ職を得た。今回のテロ事件で起きた損害の修繕、修復である。錬精機操縦の経験者という条件だけだったので、電話で総操縦時間は10分にも満たないと正直に申告し、確認したとろ猫の手も借りたい状態だったらしく即採用。ゲストであることも相談したがIDさえ確かならと二つ返事で快諾。翌日から早速、就業開始と相成った。
ディッシュの方はと言うと、工学学校は半壊。当然休学となり、自宅の室内ガレージにバッド=バットを運び込み、前回の運用データを元に改良案をエルビアンに日夜相談し、予算の許す限りメンテナンスとカスタマイズを並行して行っていた。
それから1週間が過ぎた。キョウは毎日の労働の感想を夕飯時にエルビアンに語り「今日は親方に2回も褒められた」「あだ名が赤目からキー坊になった」「事務員の女性に電話番号を聞かれた」などと他愛もない会話を二人で楽しむ。エルビアンも趣味の読書に割く時間が増え、足しげく図書館へ通った。図書館までの距離が散歩には丁度良く、健康維持にも一役買っているようだ。
そんな日常の中、ディッシュはバッド=バットのパーツ探しのため街外れのジャンク屋へ訪れていた。
「おじさーんちょっと裏の山、見させてもらうよー」事務所へ声を掛けると中から了解の意を込め手を振る店主。幼少期よりここはディッシュにとって遊び場であり学校であった。
自分の背丈の2倍ほどある鉄の山がおおよそ20。先日の事件によって新たな入荷品があると読んだディッシュの読みは当たっていた。真新しい鉄の山をディッシュは登る。たっぷりと1時間吟味した結果、手入れが必要とはいえ定価の5分の1という破格でいくつかのパーツを手に入れた。店主にいつも通り自宅へ配達してもらうよう頼み、上機嫌に鼻歌を歌いながら夕暮れの道をバイクで自宅へ向かう。
時間もあるし先生にアイディアを聞いてもらうか、それとも勤労少年に冷やかしついでに差し入れでも持っていってやるか。
信号待ちをしていると路肩でボンネットを開ける女性3人組が目に入った。一般人よりもメカニックに自信のあるディッシュはお人よしの性格も相まってバイクに乗ったまま声をかけた。
「こんばんわーお姉さん達お困りですかー?」
女性3人組の1人が振り返り「急に車が停まってしまってどうしたものかと…」まぁそうだろうとディッシュもバイクを路肩に停める。
「俺でよければ見るけど?」
「助かりますが、よろしいのでしょうか」
スーツ姿の女性3人組は広報担当でも決まっているのかと疑いたくなるほど、1人の女性しか先程から話に参加してこない。残った2人は一歩下がり俯き目も合わせない。警戒されているのかもしれないし、単純に人と話すのが苦手なのかもしれない。ディッシュは女性と話すことが目的ではなかったのでボンネットを覗く。
「こんな新型の高級車そうそう壊れるもんじゃないと思うけど…あーお姉さんこれ、ここ。ラジエーターホース。見える?ひび割れちゃってるよ。冷却水漏れ。この感じで新型だし劣化ってより衝撃っぽいなぁ」
「一瞬…」
「ここ、見える?」
ディッシュは指をさし、空いた手で胸ポケットからライトを取り出し、照らす。
「はい、見えました。裂けてます」
「悪路走ってたの?」
「はい、今日は1日、先日の事件の跡地を」
「それが原因だね。応急処置なら5分で終わるし、俺の家まで自走出来るならパーツはあるよ。修理工場へ持ち込むのも良いと思うけど。今日はもう閉まってる上に事件の影響で結構待つと思う」
「連れと相談するのでこのままお待ち頂く事は可能でしょうか?」
「勿論。俺はどっちでも構わない。メカで困っている人がいたから声をかけた、金なんか要らない。あ、でも最新の高級車の中身を見たかったってのはちょっとある」
広報担当の女性は残る2人と少し離れ相談を始めた。ディッシュに盗み聞きする趣味は無いので携帯電話をいじる振りをして女性達と距離を置いた。程なくして広報担当が戻ってきた。
「お待たせしました。申し遅れました、私はライカと申します。相談の結果、あなたのご厚意に甘えても宜しいでしょうか」
「オーケーオーケー。ライカさん。俺はディッシュ。工学学校の学生だけど、今は学校の都合で休学中。んじゃとっとと応急処置して家で交換しちゃおう」
言うが早いがディッシュはどこから取り出したのか、耐熱テープで裂けたホースを補修した。
「ほい、応急処置修了。家まで3分くらい。セルは回るよね?エアコン点けないで俺に着いてきて」
「は、はい」
あまりの早業にライカはあっけに取られたが、連れと乗り込みエンジンを始動させる。
「ゆっくり行くからねー」
ディッシュの先導で2台はゆっくりと発進。はぐれることはなく、ディッシュの自宅のガレージへ無事入庫することが出来た。
「お疲れ様!怖かったよね。でも、もう安心して。俺がホース交換している間にメシでも食っていく?俺の家、この裏の定食屋。安いし旨いよ。オススメ」
ドアへ近寄り、車の屋根に手をかけ運転席のライカに新しい提案を持ち掛ける。明るいガレージの中3人組はディッシュに視線を集める。その視線を浴びた瞬間、ディッシュは腰を抜かし尻餅を着いた。
「あえぇぇぇぇ!?なんでシャムル様あえぇぇ!?」
シャムルとライカ。そしてもう一人の侍女、ニコは車を降りる。TVでよく観る純白のローブ姿でないスーツ姿の3人組。夕暮れの暗さも手伝ってディッシュは今の今まで気が付かなかった。
「ありがとうディッシュ。自己紹介は必要なさそうね。夕飯もディッシュのオススメを頂こうかしら」
シャムルは尻餅を着くディッシュに笑顔で手を差し伸べた。
「オイルで汚れています!デブだけど自分で立てます!」
「私達を救ってくれたのはこの手です」
シャムルはディッシュのオイルまみれの手を握り引き起こした。ライカとニコもディッシュに礼を述べた後、事情を説明した。
「事件の後、現地調査で教皇、大司祭を中心に手分けして国中を回っていたところ車のトラブルに見舞われてしまった。幸い、次のシャムル様が絶対に出席しなければならない催事まで1カ月。長年、休みなく働かれておられるので、いい機会だから休養ととってみては、と私とニコで提案していたところなんだ」
「お腹が空きました」ライカとニコはそれぞれの事情を説明してくれた。ディッシュは事態は理解したが、慣れ親しんだガレージにTVでしか観たことのない教皇と侍女達が居る。先ほどの勢いはどこへやら。何を話していいか分からず、俯き顔を赤くすることしか出来なかった。
「さぁディッシュ、夕飯は一緒に食べましょう。ディッシュ1人に修理させて私達だけ食事?そんなこと、お月様が許しても教皇様が許しません」
教皇ジョークにディッシュは「ハハッ」と乾いた笑いで返すことしか出来なかった。
頭上では整備中のバッド=バットが4人を見下ろし、ニヒルに笑っているようにもみえた。
ディッシュ君がメインの回です。キョウ君とは違った優しさと強さを彼は持っています。
ライカとニコはカメラメーカーの「ライカ」と「ニコ(ン)」から。他にも「キ(ャ)ノン」なんて案もありましたが2人でも多いくらいだなと。双子や姉妹といった設定は今のところ有りません。シャムルにとって「居心地のいい2人だった」というのが選出理由と思われます。




