傀儡
祈りの国の首都、政治の中心である大霊峰からの声明が発表されたのは3人が夕飯の支度をしている最中だった。スープを温める火を止め、TVと携帯電話、街頭放送に耳を傾ける。3つの情報源のそれぞれに矛盾は無く、統一見解としてシャムル教皇自ら発表した。
「調査の結果、餓狼団を装っていたのは国内テログループと判明。剣の国へ謝罪要求を撤回。逆に謝罪申し入れ、迅速な対応を評価し剣の国はこれを無償承諾。ここまでは私達の読み通り」
「トップ自ら頭を下げて国民の怒りと悲しみの矛先を他国から国内のテログループに向けさせた。うまいね。ここまでやれば当分は大霊峰に対して疑惑の矛先は向かない」
「だが、事実、大量の失業者は確実に増えた。そこで救いの手を差し伸べるのもまた、大霊峰だ。分かりやすいマッチポンプだ」
3人は情報集めの結果、自分達に出来ることは何もなし。と、結論付けた。極論、3人が無事でいればそれでいい。3人は当時、国盗りも革命も望んではいなかった。
大霊峰。美しい山々に囲まれたこの地は、元は修行僧の宿場として誕生した。敬虔な修行僧が数多く集まることから、やがて優秀な人物の意見交換を行うサロンとなり、国民の哀願もあり増改築を繰り返し、首都として聖定された。
「教皇様、ご高閲賜りました」
大司教の一人、クロック・ゼノキスはため息をつくシャムルに笑顔で労いの言葉を掛ける。32歳。大霊峰の中で生まれ、育ち。若くして大司教まで上り詰めたその才は誰もが認めるところだった。大司教以上の地位にのみ着ることを許される純白のローブが似合う伊達男の人気は国内外でも高く、国防隊である聖騎士団の総指揮官という立場から「御神刀」と呼ばれ、教皇であるシャムルを陰日向支える重鎮である。
「原稿ありがとうクロック、助かりました。少し休みます」
一方、浮かない顔で2人の侍女を従え放送室を出るのは教皇シャムル・クラフト。クロックより更に若く24歳。腰まで伸びた真っ直ぐな金髪。ゆったりとした作りの純白のローブでは隠し切れない全身の豊満さ。侍女達が遠近感を利用したくもなる小顔。誰もが羨む造形美の持ち主はクロックとは真逆の生まれで、田舎街のどこにでもいる少女だった。幼い頃に両親を事故で亡くしたことをきっかけに、孤児院と教会を兼任している施設へ入所した。両親を亡くした少女は深い悲しみを身をもって知ることとなり、東に悩める人が居れば話を何時間でも聞きに行き。西に罪を犯してしまった人が居れば一緒に懺悔した。少女の熱心な祈りと対話はやがて街中へ広がり、この街の犯罪率は祈りの国において首都である大霊峰を凌ぐ脅威の確率を見せた。そして街中の人々が口を揃えて言った。「聖女シャムル」と。
聖女は孤児院長の勧めもあり15の成人の日、大霊峰へ活動の場を移した。彼女自身、やることは今までと変わらない。人々の悩みを自身の悩みと捉え一緒に悩み、解決方法を考える。以前と違うことは首都、大霊峰という土地柄、政治という祈りと対極にあるものが自分の影のようについて回ることだった。
周りの司教達は変わらない彼女の振る舞いに嫉妬や羨望、呆れ等様々な感情を持ったが、シャムルに話を聞いて欲しいという国民は後を絶えないどころか増える一方だった。
彼女が17歳の時、既に80歳を超える教皇から大司教へ指名を受けた。自分は1人の修道女として活動を続けたいという理由から指名を拒否したシャムルだったが、同時に大司教へ指名された25歳のクロックの度重なる説得により、シャムルとクロックは大司教の平均年齢を15歳下げる偉業を成し遂げた。
それからは二人三脚で大霊峰の中心となり、政治はクロックが、祈りはシャムルが手腕を遺憾なく発揮した。周りの教皇を始めとした大司教達も2人の新星を支えることが喜びとなり国中に笑顔が溢れた。
そして更に時は流れる。教皇が次期教皇を指名した日から祈りの国の歯車は徐々に狂い始める。
指名を受けたのはクロックだった。大霊峰で政治を一手に担っていたので当然の指名である。クロック自身、責任の重さを承知した上で背負う覚悟も、こうなる未来も予想はしていた。シャムルを始め大霊峰の大多数はこの指名は妥当だと感じ、彼を支えようと新たな教皇の誕生を祝福した。
教皇の指名に異議を唱えたのは国民であった。政治は確かに国民の暮らしを豊かにしてきた。しかし、具体的に豊かさと政治を直結できる機会はどれほどだろうか。一方で主にシャムルの行ってきた祈りは国民に寄り添い、一緒に悩み、解決してきた実績がある。万能でないことは国民も分かっていたが「聞いてくれている。実際に行動してくれている」という信頼は政治にはない力となった。
いかに首都の決定とはいえ、民意を無視するわけにはいかず、投票の結果、教皇へ選ばれたのはシャムルだった。これにはシャムルも辞退することは許されなかった。
聖女は若き教皇となった。この日より彼女は心に仮面を被る。政治にも積極的に参加しなくてはならず、1番避けていた「武力」とも正面から向き合わなくてはならない。そんな時、常に自分を助けてくれたのはクロックだった。自ら教皇の避ける道の石を拾い。流れ弾は全て彼が彼女の代わりに受けた。
教皇に指名されてから3年。あと2年務めることで次期教皇の指名権を獲得できる。自分とクロック、そして祈りの国の器は決壊寸前であった。
今夜も彼女は月あかりの下。籠の中で1人。指折り数えている。自身の祈りが届くようにと。
「祈りの国」や「剣の国」には設定上それぞれ固有名詞があるのですが、ただでさえカタカナの多い本作。
物を覚えるのが苦手な私のために分かりやすい表記となっています。




