疑惑
「操縦系統は車や重機と一緒だな。今は真っすぐ走ればそれでいい」
操縦席のキョウは足元のフットペダルをキックダウン。勢いのままに踏み抜いた。
「バッド=バット。出ます!」
キョウの掛け声にバッド=バットが呼応するように整備室の屋根を突き破り上空へ垂直飛翔する。
空中で一回転した姿は蝙蝠そのもの。人型の2つ目、カラスマスク型の口、大きな黒い翼を広げる人型の錬精機は中世の吸血鬼を彷彿とさせた。
「キョウ!目立たず、騒がずはどうしたんだ馬鹿野郎!」
後部座席なんてないバッド=バットの僅かな余剰スペースに小太りの身体を器用に畳んだディッシュが叫ぶ。
「大丈夫、砂塵の精霊がコイツの姿を上手く隠してくれているはずだ」
事実、レーダー類はアラートを鳴らしていない。バッド=バットは砂煙に身を包み整備室を踏み潰し、着地した。地面を蹴り出し、走り出す。
「ディッシュ、こいつは飛ぶのと走るのどっちが速い!?」
「何で飛べる前提で話進めてるんだよ!砂煙が消えないうちに先生の家にタッチ・ダウンだろうが!」
「翼は飾りか!?いくら砂煙のレーダー妨害があっても肉眼では捕らえられる。武器のないコイツで白兵戦は無謀だ」
「じゃあ飛んでみやがれ!設計理論値で短時間の飛行は可能だ!」
「オーケー。ここだけ通せば流局だ。喋るなよ。舌噛むぞ。」
「また、麻雀か!帰ったらルールくらい説明しやがれ!」
「あぁ、ハマるぞ。ハマっちまうぞ。だが、もう喋るな。僕も操縦に集中する」
キョウは餓狼団が制圧した工学学校跡へ全力疾走、一番広く、長い道路を滑走路代わりに使い、頭から突っ込み錐揉み状態でバレルロールを決めた。低位とは言え、風の精霊の加護、キョウの想像力、ディッシュの確かな計算。全てが噛み合った瞬間、バッド=バットは離陸し、2本足走法を遥かに超える速度で駆け抜けた。
「隊長、未確認機を肉眼で確認。飛行タイプ!疾い!」
制圧後、哨戒中の餓狼団の隊員、ジルーは隊長機へ通信を入れる。
「聖騎士団か?こっちの仕事はもう終わりだ。敵対行動が無ければ放っておけ」
隊長のビアンキは隊員全員へ無線を飛ばす。
「引き上げよう」
餓狼団は錬精機の隊列を作り制圧地点を走り去る。
走り去る餓狼団を地面に捉え、上空100メートル付近を全力飛行するバッド=バット。進行方向がカチ合えばハチの巣にされていたかもしれない。
「俺達を見逃した?」
「まだ分からない。なんせゴールはエルビアンだ。そこへ着くまで油断はするなよ」
上空から見下ろす昨日まで平和だった街は所々、黒煙を上げていた。今はエルビアンの無事を願い、バッド=バットの機体性能を信じ、フットペダルを更に強く蹴り込んだ。
バスで1時間ほど掛かった往路と違い、復路は10分と掛からなかった。着陸スペースを確保出来ず、街の石塀の外へバッド=バットから降り二人が走った時間の方が長かった程だ。
「エルビアン!無事か!」「先生!!」
形は変わっていない集合住宅。見た目は住居ブロックに被害は無い。ただ、無事でいる保証もまた、無かった。キョウとディッシュは勢いよく玄関を開ける。
「2人共、何慌ててるんだい。慌てるのは工学学校が襲われたのを聞いたこっちだよ」
エルビアンは食卓で紅茶を飲んでいた。無事を確認した2人は胸を撫でおろす。
「ディッシュ。状況を説明しな。こっちは電波系統は全滅だ。国営放送だけじゃ心もとない」
エルビアンは二人を席に着かせ状況把握を最優先とした。
「妙だね…」
一通り説明を受けたエルビアンは顎に手を置き首を捻る。
「ディッシュ、あんたが見たのは間違いなく餓狼団なんだね?」
「あのトレードマークは有名過ぎます。見間違いはあり得ません」
「有名過ぎるトレードマークがフェイクの可能性は?」
ジルチに生きる人間ならば餓狼団の知名度は抜群だ。恐怖の対象である狼のトレードマーク。
「その可能性は否定出来ません…」
「私の考えを伝える前に国営放送の内容を要約する。餓狼団が宣戦布告も無しに祈りの国へ侵攻作戦を開始した。狙いはこの国の軍事設備、それに準ずる設備。祈りの国は国防隊である聖騎士団をもって迎撃。魔錬精機ル・セレーネも戦線に加わって迎撃に成功。人的被害、設備被害共に最小で餓狼団へ抗議を求めている」
「宣戦布告も無く軍事行動は国際条約を無視している、あり得ない!」
ディッシュは現状を把握した上で吠える。キョウは静観と思考を選んでいた。論点を展開させる為に初めて口を挟む。
「餓狼団がフェイク。ただの国内テロを装った自作自演だった場合、どうなる?」
「テロ行動がこれで終了なら人的被害は最小だ。破壊された設備に関わっていた大量の無職が出来上がって終わりさ」
「その場合、国内で1番得するのは誰だ?」
「教会だ。免罪符を売り捌き、教会に有利な職へ斡旋し、教会の為の労働力に成り下がる」
「教会のトップは?」
「大霊峰、シャムル様だ」
「確定とは言えない。ただ、調べる価値はあると思う」
3人は頷いた。進む方向は固まった。
「次の国内放送までまだ、時間はある。その間にディッシュは風呂でも入んな」
「キョウ、お前はこっちだ」
エルビアンはキョウを連れて自室へ招き入れた。初めて入るエルビアンの自室は本棚に囲まれ他には机とベッドがあるだけだった。
「錬精機を操縦したんだって?」
「工学学校の整備室からここまで真っすぐに飛んできただけだよ」
「精霊契約は?」
「起動フェーズでその場でした。系統は風。低位精霊、砂塵とだ」
エルビアンは自身の肩を抱き、震える自身を抑えつけた。
「自分が何したか分かってんのかい?シミュレーションも無しに精霊契約、単独飛行。それこそ餓狼団のトップガンの連中だって何人出来るやら」
「あんたの無事を確認するのが第一優先だった」
エルビアンははキョウを抱きしめた。
「いいかい、キョウ。お願いだからよく聞いておくれ。私はもう先は短い。順番は間違えちゃいけない。もっと自分を大切にしておくれよ」
「エルビアン、多分、貴方の無事を第一選択にしなかったら精霊もバッド=バットも力を貸してくれなかった。そんな気がする」
キョウは続ける。
「もう、大切な人が自分の前から消えるのは嫌なんだ。守れる力がそこにあるのなら僕は何度だって全部使うよ」
キョウはエルビアンの頬を両手で優しく包む。
「エルビアン。改めて、無事で良かった。僕たちは全員、生きている」
エルビアンの目尻から涙が伝う。
「全く、とんでもない孝行息子を持ったもんだよ」
二人はもう一度、抱擁を交わした。
エルビアンの分析力、キョウ君の意思力、ディッシュ君の客観視。上手くミックス出来た回になったかなぁと思っています。




